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HOME > 特集:映画「アイガー北壁」を10倍楽しく見る方法
 映画をもっと深く、楽しく見るには、アイガーだけではなく、三大北壁や登山・登攀周辺の話題を知っておいたほうが良いだろう。そこでこのページでは、それらの豆知識を紹介しよう。
■なぜ「北壁」? そして「三大北壁」って?
▲三大北壁の位置。地形図、航空写真などで確認してみよう

▲マッターホルンの山容。旅行ガイドブックなどで、一度は見たことある山容だ
 「そこに山があるから」と言ったのは、有名な登山家ジョージ・マロリーだが、どうして人は命がけでアイガー北壁のような場所に登るのか?
 ヨーロッパでは古くから登山が行なわれていたが、1786年にアルプスの最高峰モン・ブランが初登頂されたことで、純粋に“山を登る”という行為そのものを目的に登山を行う「アルピニズム」の思想が誕生したのがそもそもの始まり。
 19世紀に入ると「アルプス初登頂時代」を迎え、それまで人が立ったことがない処女峰の頂を登山家たちは次々と踏破するようになる。
 初登頂が果たされると、登山家たちの興味は、より険しい別の山陵、別の壁から頂を目指すことへと変わっていった。言うなれば「バリエーションルート開拓の時代」である。そして、頂上に至るさまざまな山陵、岩壁が開拓されていく中で、ほとんどの山の場合、最後に残される課題が「北壁」からのルートだったのだ。
 ほかのルートに比べ、北壁は急峻であり、落石の危険がつきまとい、日が当たらないため寒気も厳しく、登攀は困難を極めた。そんな北壁の中でも、より雄大で、より美しく、群を抜いた険しさを持つがゆえに、多くの登山家たちを魅了したのが「アルプス三大北壁」、すなわちマッターホルン北壁、グランドジョラス北壁、アイガー北壁という3つの巨大な壁である(地図参照)。
 三大北壁の登攀史は、そのまま欧米の登山家たちの苦闘と栄光の歴史となる。その歴史を紐解くと、ハインリッヒ・ハラー、ヘルマン・ブール、リカルド・カシン、ガストン・レビュファ、ワルター・ボナッティなど、その後舞台をヒマラヤへ移して活躍する偉大なアルピニストたちが足跡を残している。三大北壁の登攀は、まさに一流の登山家の証だったのである。
■「登山」と「登攀」って、どう違う?
▲映画の中で描かれているクライマーたち。一般的な「登山」とはちょっと違う
 映画『アイガー北壁』で4人の登山家たちが行なっている行為は、「登山」ではなく「登攀(とうはん)」という言葉が正しい。とはいえ、一般の人にはその違いが分からないのではないだろうか。
 「登山」とは、広い意味で「山を登る」行為を指す場合が多い。英語で言えば「mountaineering」となり、登攀をはじめ、登山道を歩いて頂上をめざす山登り(あえて英語にすれば「mountain walking」)、山の中を歩く「trekking」などを含んでいると考えていい。
 一方、「登攀」とは、「険しい岩壁などを、手足を使って、攀じ登る」行為のこと。英語で言えば「climbing」であり、登攀をする人を「climber」と呼ぶ。
 登攀をさらに細分化すれば、
  • フリークライミング・・・安全を確保する最小限の道具で、岩を登る行為自体を楽しむクライミング
  • エイドクライミング(人工登攀)・・・アブミなどの登攀のための道具を使うクライミング
  • アルパインクライミング・・・ロープなどの道具やさまざまな登攀技術を駆使して、岩や氷をよじ登り、困難なルートからピークをめざすクライミング
などがある。『アイガー北壁』のクライミングは、登攀の中でも「アルパインクライミング」に分類される。
 『アイガー北壁』のアンディやトニーのようなアルパインクライマーたちは、過酷な自然に晒されながら、困難を極める壁や山稜を、ときには何日もかけて登ることになる。たったひとつの判断が、生死を左右することもある。つまり「アルパインクライミング」は、もっとも難易度の高い登山スタイルだということができる。
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