荒天の北海道斜里岳でスリムザックの力を知る グラナイトギア/ヴァーゲイト[ヴァーテックス]
今月のPICK UP グラナイトギア/ヴァーゲイト [ヴァーテックス]
荒天の斜里岳で四苦八苦
あれだけ注意していたのに……。岩場でスリップした僕は、そのまま滝に向かって滑り落ちた。両足が水中に没する。だが不幸中の幸いとでもいうべきか、足がすぐに水底に着く場所だった。
今回、僕は新しいブーツをはいていたが、それはトレラン用ともいうべき華奢なタイプ。このような場所には向いていなかったのだ。じつはその前にも、普段なら起こさないようなスリップを、僕は何度も繰り返していた。
斜里岳山頂へ向かう道には「旧道」と「新道」があるが、僕は一ノ沢沿いの旧道を歩いていた。以前もこのルートを歩いたことがあり、羽衣の滝や万丈の滝を眺め、水、岩、緑が織りなす美しさを改めて味わおうと思っていたのだ。
だが、この日の斜里岳は麓から中腹こそ快晴だが、標高が高い場所は時間とともに風雨が強くなりつつあった。まだまだ沢が増水するほどではないとはいえ、登山道上の岩は濡れ、少々滑りやすくなりつつある。とはいえ、いつものブーツならばまったく問題なく歩ける程度なのだが。
ブーツを脱いで水を流し出すと、僕は山頂へ登るのをあきらめようと考えた。じつはだいぶ前から頭の片隅に浮かび始めていたことだった。予想以上の天候悪化、そしてやたらと滑るブーツ。ツラいばかりで面白くもなく、山頂に行ったところで眺望を楽しめるはずもない。この状況で無理に登る必要はないのだ。
そういえば! 僕は急いでバックパックを下ろした。先ほどスリップしたときに、岩に擦れた感覚があったからだ。さまざまな場所についてしまった、茶色い泥水。だが雨水で汚れを落としてみると、ほとんど生地に傷みはない。このグラナイトギアの「ヴァーゲイト」は超軽量を目指したウルトラライト的なバックパック。だが薄くて柔らかい生地なのに、思ったよりも丈夫なようだ。おお、よかった。
その代わり、内部はしっとりと湿っていた。表面についた雨や滝の水はしっかりと撥水されていたが、湿り気の原因は登山口付近の蒸し暑さでかいた汗が、背中側から徐々に浸透した結果のようだった。いずれにせよ、今回は内部のドライバッグで大事な荷物は防水しておいたので、大きな問題はない。
山頂には登らずに下山することにした僕だが、それ以降も旧道を登り続けた。この滝が連続して滑りやすい旧道を下り返すのは、かなり危険だろう。こういう状況下では、登りよりも下りにトラブルが待ち構えている。無駄足にはなるが、より上部の上二股まで登ってから、樹林帯を歩く新道を使って下山したほうが安全だと思われた。
スリムなザックが生むメリット
僕は上二股まで登りつめると、いさぎよく新道を使って下山し始めた。無念さは残るが、仕方ない。細い登山道の両脇には樹木が生い茂り、少し進むと風雨が吹きつけるハイマツ帯に変わった。
新道でもぬかるんだ登山道は滑りやすかった。しかし少しすると、こういう道でたびたび生じるストレスを感じないことに気付いた。つまり、樹木やハイマツに体が引っかかって難儀することがまったくないのだ。正確にいえば、体というよりはバックパックを引っかける不自由さがないのである。
容量26Lのヴァーゲイトの特徴は、その縦に長いスリムな姿。サイドが体の脇からはみ出さないばかりか、前後の厚みも少ない。一般的な形状であれば小型バックパックでも樹林帯で邪魔になることは珍しくないが、このバックパックはサイドポケットに1Lのボトルを入れても、横から外側に突き出す部分がほとんどないのである。
細長い形状のために、パッキング時に奥へ入れたモノを取り出しにくいというデメリットもないわけではないが、「引っかからない」という利点は今回のような樹林帯のみならず、岩場でも有効だ。
背の高いハイマツで囲まれた熊見峠で一休みする。まともに休む気になれなかった沢沿いの旧道、そして風雨にさらされてきた新道のなかで、少しはほっとできる貴重な空間であった。
僕はボトルから水を飲み、満足するとバックパックの中に収納した。ヴァーゲイトは出し入れ口を丸めてバックルで留めるトップロールクロージャーという方法を使っており、雨蓋は省略されている。その分だけ上から降る雨には弱くなるが、収納のすばやさや軽量性に富んでいる。ストラップなども細いものを採用し、その結果、重量480グラムを実現している。
快適さは工夫次第のウルトラライトパック
休憩後にまた歩き始めた。すると間もなく気付いた。なにかが背中に当たっているではないか。先ほどボトルを内部に収納するとき、適当にブチ込んだのがいけなかったのだろう。軽量さを目指したヴァーゲイトは、背面パッドやクッション材は一切廃している。僕はそれを補うために薄手の防寒着などを背中側に位置する部分に入れておいたのだが、雨の中で急いでボトルを収納したためにずれてしまったのだ。
立ち止まってパッキングをし直し、再出発。わずかな調整だけで背負い心地は確実によくなった。ある意味では簡素な作りのバックパックだが、どんなものでも使い方次第というわけだ。パッキングに自信がない人は、自分で背中にウレタンマットなどを入れて使ってもよいだろう。
標高をどんどん下げていくと、旧道と新道の分岐だった下二股にやっと到着した。周囲には明るさが増し、登山口にある清岳荘が視界に入るころには青空も見えはじめる。小屋の前からはオホーツク海の青い海原も眺められるほどで、山頂に近い場所の悪天候が信じられない。
だが下りてきたのは正解だろう。なにしろ、ぐっしょりと濡れたブーツ内部の気持ち悪さといったら……。とはいえ、ひょろっと細長くて華奢な姿からは想像できないほど、ヴァーゲイドがストレスなく背負えると分かったことは、今回の大きな収穫であった。
プロフィール
高橋庄太郎の山MONO語り
山岳・アウトドアライター、高橋庄太郎さんが、最新山道具を使ってレポートする連載。さまざまな角度からアウトドアグッズを確認し、その使用感と特徴を余すことなくレポート!
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