クマと遭遇! どう対処する? 新刊『人を襲うクマ』が教えてくれること

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登山中に熊に遭遇した経験のある登山者はどれだけいるだろうか? その瞬間、我々は何ができるのだろう。『人を襲うクマ』の著者の羽根田治氏が取材を通して見た被害の実態は、我々の理解をかなり超えた世界だった。

 

近年、熊が人を襲うニュースが絶えない。最近でも、秋田県で人や家畜や農作物が連続して熊に襲われるニュースが話題となったばかりだ。

登山者にとっては、熊は他人事ではないどころか非常に身近な存在だ。登山予定の山域で登山者が襲われたニュースを聞けば、熊鈴などの対策を十分に行うのは当然の行動だ。しかし、その対策だけで果たして有効だろうか?

小社から発行されている『人を襲うクマ』を読むと、熊への対策について考えざるを得なくなるかもしれない。

著:羽根田治、発行: 山と溪谷社
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本書は、『ドキュメント単独行遭難』(山と溪谷社)など、山岳遭難に関する著書を多数執筆している羽根田治氏が、熊に襲われた登山者のルポと、猟師や熊の生態の権威の方と共に熊の生態や対処法について解説する内容となっている。

羽根田氏は本書を執筆するキッカケをこう述べる。

「何年か前に書いた本の中で山岳遭難史をまとめる章があったのですが、そこで日高の事件を知ったのですが・・・、これはすごい事件だなと。それからずっと興味を持ち続けていました」

“日高の事件”とは、1970年に北海道・日高山脈のカムイエクウチカウシ山で、福岡大のワンダーフォーゲル同好会のメンバー5人が熊に執拗に付け狙われて、最終的に3人が命を落とすという凄惨な事件のこと。その一部始終については、ぜひ本書で確認してもらいたいが、そこに出てくる熊は一般的に我々が聞いている熊とはかなり違う感想を持つ。

さらに近年起きている熊の襲撃事故のルポへと読み進めていくと、その思いは色濃くなる。6例を挙げているルポでは実際に襲われた人や、そのときに現場にいた人たちからの証言をまとめているが、「臆病でおとなしい」という熊像とは随分違うという感想を持つ。

羽根田氏は、クマ対策について、こう説明する。

「よく、熊に会ったときの対処法について、本やインターネットでいろいろ説明されているじゃないですか。自分でも、過去に『野外毒本』という本の中でも書いているので情報としては知っています。でもこれらの情報は、ある程度距離が離れているときに遭ったケース、熊との距離が50mとか100mとかある場合の対処方法です。ところが取材で聞いた事例は、ほぼ出会い頭の遭遇でした。ハッと気づいたら熊が襲い掛かってきたという話がほとんどだったわけです。とてもではないですが、『熊にあったら、静かに後ずさり』なんて悠長なことをやっているヒマもなく襲われているんですよ」

そして羽根田氏は、こう続ける。

「熊の目を見たら興奮するから目を見てはいけないという人もいた。防護姿勢を取った人もいれば、抵抗した人もいた。実際に本にも書いたことですがクマ対策に正解はないんだなぁ、と。状況はそれぞれ違うし、熊の個性だって違う。原則として『こうしたほうがいい』というものはあるけれど、必ずしもそれが通用するとは限らない。助かったのは運というのが大きいのかなぁ、という気がしました」

羽根田氏も登山者の一人。趣味でも仕事としても、山に入る機会は多い。遭難の事例を数多く調査していることもあり、自身の登山スタイルは「人一倍、臆病で慎重だと思う」とのことだが、今回、熊の事例を追いかけたことで山の怖さを改めて知ったという。

「遭難っていうのは、当人にヒューマンエラーがあることがほとんどで、ある意味では防ぎようがある場合が多いんです。ただ熊の場合は、そうはいかない。被害者にしたら理不尽このうえない。例えば鈴をつけても、休憩していて鈴が鳴っていないときに襲われるかもしれない。1~2例ですが、鈴の音に引きつけられる熊もいるというものまである。奥多摩の川苔山の事例では、天気の良い日曜日で人がたくさん入っていて、登山者が頂上直下で襲われたそうですが・・・、こんな時にこんな場所で襲われては、もうどんなに準備して・注意しても防げない、と思ってしまう」

クマ対策は、「熊鈴、ラジオ、熊スプレー」などが一般的だ。取材を通して、羽根田氏自身は「最も有効なのは熊スプレーなのだと思う」と考えている。ただ一方で、熊スプレーも、常に噴射できるようにしておかなければならない難しさがある。出会い頭となれば、それこそ“早打ちガンマン”のようにスプレーに手をかけて噴射する必要があるが、どれだけの人がそんな機敏な動きができるだろうか。

「知り合いのガイドさんなどは、練習しているそうですよ。熊を見たときに、すぐにスプレーを噴射できるように」と、羽根田氏は苦笑いしながら説明するが、そんな心構えは持っておく必要なのかもしれない。

駆除して個体数を減らす以外は、決定的なクマ対策が見つからないというのは身も蓋もない話だが、熊鈴などの一般的な対策は無意味ではないし、絶対に必要だろう。そして何よりも、熊に対する正しい知識を持っておくことは大切だ。そのためにも、本書にある内容で熊に遭遇したときの追体験をしておくことは、もしものときに役立つのではないだろうか。

本書を発刊した後、羽根田氏は取材した方(熊に襲われた方)に、こんな言葉をもらったそうだ。

「自分が経験した昔の話が世に出ることを見ると、あの時に自分が熊に立ち向かった意味があったのではないかと思う」

本書の内容を糧にして、熊に対する心構えへの一助としてほしい。

 

プロフィール

羽根田 治

1961年、さいたま市出身、那須塩原市在住。フリーライター。山岳遭難や登山技術に関する記事を、山岳雑誌や書籍などで発表する一方、沖縄、自然、人物などをテーマに執筆を続けている。主な著書にドキュメント遭難シリーズ、『ロープワーク・ハンドブック』『野外毒本』『パイヌカジ 小さな鳩間島の豊かな暮らし』『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』(共著)『人を襲うクマ 遭遇事例とその生態』『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』などがある。近著に『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか 山岳遭難の「今」と対処の仕方』(平凡社新書)など。2013年より長野県の山岳遭難防止アドバイザーを務め、講演活動も行なっている。日本山岳会会員。

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