古くは、甲斐駒ヶ岳の前座として、前山(めえやま)の名があった。その他、お鉢岳の異名もあった。豊かに発達した氷河地形から名づけられたものと思う。仙丈の字にしても、千畳敷からきたものであろう。やはりカールを意味するのではないか。確かに『甲斐国志』も、明治20年出版の『新撰甲斐国地誌略』のいずれも、千丈ヶ岳と記載されている。
このカールは、高山植物の宝庫である。夏季、藪沢源流部、大仙丈沢、小仙丈沢などに大きなお花畑を見ることができる。
交通の便がよく、伊那側、甲州側ともに、登山基地となる北沢峠まで、それぞれ村営バスで入ることができる。その上、回遊コースを設定できるのも人気の1つであろう。
北沢峠から藪沢を上がり、馬ノ背から頂上へ。帰りは小仙丈ヶ岳を回って北沢峠に降りてくる(登り4時間で山頂、下り3時間弱で北沢峠)。あるいは、頂上から馬鹿尾根をたどり、野呂川の両俣小屋を経て北沢橋に降り、バスで元に戻ることもできる。
また、甲斐駒ヶ岳とセットで8の字形に歩くことも可能である。さらに、周辺部に山小屋が多くあることも登山を容易にしているので、近年、登山者が多くなっている。
山頂からの眺望はよく、南の方は遠く塩見岳、東は大菩薩連嶺から富士山、近くに白峰三山、北には早川尾根、八ヶ岳、奥秩父の峰々、間近に堂々たる甲斐駒ヶ岳、鋸岳を見る。はるかかなたに峰を連ねるのは、北アルプスの山並みである。伊那谷を隔てて西には中央アルプスが、横一線に並んでいる。
登山者として早期に登ったのは、明治42年(1909)、日本山岳会創立発起人のひとり、河田黙であった。頂上に前岳三柱大神、明岳大神、国常立尊(くにのとこたちのみこと)、国狭槌尊(くにのさづちのみこと)と3基の石碑のあったことを記録している。そのほか東芝山岳部が同僚の遭難者の供養のために建てた方位盤などがあったというが、それらのいずれも今はその面影すら残っていない。
積雪期に挑んだのは、京都三高山岳部の一行であった。大正14年3月19日、山梨県設北沢小屋から一気に小仙丈ヶ岳を経て頂上に立った。
そのときのガイド、竹沢長衛は、昭和5年に北沢に長衛小屋を建てた。そのかたわらにある彼のレリーフが、今でも登山者を見守っている。
■10年09月18日(土)
関東発・3日間
アルパインツアー
■10年09月20日(月)
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毎日新聞旅行
■10年09月24日(金)
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■10年10月22日(金)
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■10年10月24日(日)
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■10年10月24日(日)
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