話題のロング・トレイルを知りたいなら、聖地「ジョン・ミューア・トレイル」に行くべし!

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最近、日本でも少しずつ認知され、人気が高まっている「ロングトレイル」。この"聖地"とも言えるのが、アメリカの「ジョン・ミューア・トレイル」。このトレイルを通して、ロングトレイルの魅力を紹介します。

縦走と何が違う? ロングトレイル

近年「ロングトレイル」という言葉がよく聞かれるようになり、日本各地にも「ロングトレイル」が整備されはじめています。信越トレイル、中央分水嶺トレイル、みちのく潮風トレイルなどの名前を、聞いたことがあると思います。

日本では昔から稜線をつないで歩く「縦走」という登山のスタイルが定着していますが、ロングトレイルと「縦走」とは何が違うのでしょうか? 簡潔に説明すると、ロングトレイルとは縦走の概念をさら広げたものです。稜線歩きだけに限らず、海岸線を歩くルート、古道をつなぐルート、歴史ある巡礼路など、さまざまな「歩く」ルートがロングトレイルに当てはめることができます。

縦走の概念を外すことで、訪れるフィールドも無限大に広がり、歩く楽しみの本質を捉える「ロングトレイル」が日本でも徐々に浸透し、地域経済の活性化と自然保護の観点から注目を集め、整備が進みつつあるのが今の状況です。

世界各所に目を向ければ、ツール・ド・モンブラン(フランス)、アンナプルナ・サーキット(ネパール)、ミルフォード・トラック(ニュージーランド)、インカ・トレイル(ペルー)など、一生に一度は自分の足で歩いてみたい魅力あるトレイルが山ほどあります。

今回はそんなロングトレイルの中で、世界的に特に人気の高いアメリカの「ジョン・ミューア・トレイル」をご紹介していきたいと思います。

ジョン・ミューア・トレイルのハイライトでもあるサウザンド・アイランド・レイクを望むトレイル

 

全長340km、全部歩くと通常3~4週間ほど!? 

自然保護の父とも呼ばれるジョン・ミューアの功績を讃えて作られた全長340kmのトレイルが、ジョン・ミューア・トレイルです。アメリカ西部のヨセミテ国立公園から米国本土最高峰のMt.ホイットニー(4,418m)まで、シエラネバダ山脈を南北に縦断するように整備されています。

ジョン・ミュア・トレイルのルート図(概要)。ヨセミテ国立公園⇔ホイットニー山まで南北に340km続く長大なトレイルだ!

周辺には4,000mを越える峠や荒涼とした花崗岩の山などの荒々しい風景に加え、対照的に優しい風景をみせる森や湖、沢の流れなど、シエラネバダでしか味わえない風景が広がります。このトレイルを一気に走破(スルーハイク)するには通常3~4週間ほどの日数を要します。

広大なライアル渓谷を行く。荒涼とした風景が続く箇所だ

 

一方で、森や湖、沢の流れなどの優しい風景も多い。トレイルはいくつものクリークを横切る

トレイル上には山小屋などの宿泊施設は一切ないため、テントや寝袋、食料などを担いで歩かなければなりません。飲料水は補給することができますが、川からくみ上げたものを煮沸またはフィルターで濾過する必要があります。食料についてはレンジャーステーションなどに予め先送りすることも可能ですが、基本的には持って歩きます。スルーハイクするトレッカーが担ぐ荷物の重さは平均で軽く30kgを越えるため、十分な体力が必要となるでしょう。

そのため、トレッカーの軽量化に対する考え方はシビアで、例えばスプーンの柄の部分をあらかじめ短く切ってしまうなどの工夫をしながら、ジョン・ミューア・トレイルのスルーハイクにチャレンジしています。

なお、全ての荷物を担いで歩くことが基本ですが、ガイド付きのツアーではミュール(ラバ・雄のロバと雌のウマの交雑種の家畜)に運搬してもらうこともできるので、体力に自身のない人は、こうした方法もアリでしょう。

パックトリップでは荷物はロバが運んでくれる

また「一気に歩きたいけど体力も心配だし、時間もない」そう考える人も多いので、四国八十八か所めぐりのようにセクションごとに期間をわけて踏破するトレッカーもたくさんいます。そこで今回は、私が3年前(2014年)に3泊4日で歩いたセクションをご紹介したいと思います。

本コースは、アメリカの原生自然の美しさが凝縮されている4日間と言えるでしょう。

3泊4日で歩いたセクション。マンモスレイクスからトゥオルミーメドウズへと進むルートだ(コース図は概要)

 

いざ出発!3泊4日で満喫するジョン・ミューア・トレイル

セクションコースの出発点は、ヨセミテ国立公園の東側に位置するマンモスレイクスという街。1日目は西側に、シエラネバタ山脈の山々を望みながらトラバース気味のルートを進み、徐々に標高をあげていくルートです。

森林限界を超えると一気に視界が開け、340kmあるトレイル上の中でも屈指の景観を誇るサウザンド・アイランド・レイクが目の前に現れます。その名の通り、湖にいくつもの小島が浮かび、独特の景観を作り出しています。背後にはバナー・ピーク(3,943m)がそびえ、これぞ「ジョン・ミューア・トレイル」といえる景色が広がります。

湖面に投影するバナーピーク。これぞ「ジョン・ミューア・トレイル」といえる景色だ!

このサウザンド・アイランド・レイクのほとりにテントを張り、「これぞ究極の贅沢」という夜を過ごす、これが1日目の行程です。なお、この絶景のキャンプサイトは2連泊し、翌日は、絶景のサウザンド・アイランド・レイクを起点に周辺のハイキングをのんびりと楽しむことにします。

絶景のキャンプサイトで過ごすテント泊の魅力

原生自然のど真ん中、澄みわたる空の下で、自然を身近に感じるテント泊は格別です。お湯を沸かし、コーヒーを飲んでいるだけでも、自然の中に溶け込んでゆく感覚を体感できます。

個人的な意見ですが――、テント泊の良いところは、外に出ている時間が長くなることです。ロッジや山小屋は快適ですが、快適過ぎてつい室内にこもりがちです。一方のテント泊は、寝るとき以外はたいてい外で過ごします。夜にちょっと外に出ると、満点の星空が広がっているなどの嬉しいサプライズもあり、快適に代えがたい体験を出来るでしょう。

ただし、シエラネバダでのキャンピングで忘れてはいけないのが野生動物、特に熊の存在には気をつけなければなりません。周辺には多くのブラックベアが生息しているため、食料はもちろん、匂いのするものはテントの中に入れることは御法度となります。歯磨き粉も、匂いがあるのでNGとなります。

かつては就寝前にスタッフバックに食料を詰め込んで、「カウンターバランス」という方法で木の枝に吊していましたが、今では「ベアキャニスター」(地元のアウトドアショップやビジターセンターでレンタル可)呼ばれるコンテナに入れて、テントから離れた場所に置いておきます。

これがクマ対策のベア・キャニスター。食料はこのコンテナに保存しておく

コンテナは嵩張るのが難点ですが、その安全性はお墨付きで、現地ガイドの話では熊が数時間、格闘しても食料は無事だったそうです。さすがの熊もそのうち諦めるのでしょう。

なお、ガイド付きの付きのトレッキングでは、キャンプ地の周りにミュール(ラバ)がいることで、そもそも熊が近寄らないそうです。

 

3日目:2つの峠を超え、歩いてヨセミテ国立公園に入る

3日目は3,000m級の峠を2つ超え、ヨセミテ国立公園に入ります。トレイル上からはシエラネバタ山脈の大パノラマが広がり、2つ目の峠、ドノヒュー・パス(3,360m)からはヨセミテ最高峰のMt.ライエル(3,997m)と僅かに残る懸垂氷河を望むことができます。

標高3,360mを越えたドヒューパス付近。透きとおるような青空は、ここでしか見られない空の色だそうだ。
「シエラ・ブルー」と呼ぶそうで、絵の具の色「シエラ・ブルーは、この空の色が由来らしい

ドヒューパスを目指すトレイルが延々と続く

この辺りは、ヨセミテ側から歩く人にとってはこれから3週間にもおよぶロングトレイルがスタートしたばかり――、Mt.ホイットニー側から歩いた人は300km近くを歩いてゴールを目前にしているり――、期待と不安が入り交じった表情や、喜びと達成感に満ちあふれた表情が入り交じる場所となります。

困難にチャレンジしながらも大自然を謳歌しているスルーハイカー達との交流は、このトレイルを歩く魅力のひとつだとつくづく感じた場所でした。

最終日の4日目はライアル溪谷沿いを樹林帯に向けて歩き、車道と交差するトゥオルミーメドウズに到着。実際のジョン・ミューア・トレイルはヨセミテ渓谷まで続きますが、ここが3泊4日を歩いた私にとってのゴール地点となりました。

 

Leave nothing but foot prints ~残すものは足跡だけ~

アメリカの自然保護の基本的な考え方に"Leave nothing but foot prints."という言葉があります。日本語にすると「自然の中に残すものは足跡だけ」。

原生自然を可能な限りそのまま残し、トレイルという最小限の整備のみで、シンプルに作られた道標以外に人口建造物を見ることはほとんどありません。

宿泊ももちろんテント泊です。自然を保護する目的と同時に、歩く私たちも文明世界から離れた大自然に身をおき、至福の時間を過ごすことができるのです。

ヨセミテ最高峰Mt.ライアルとその残存氷河を望む

今回、紹介した3泊4日のジョン・ミューア・トレイルのトレッキングは、日本発着であれば8日間で楽しむことができます。1日の行程は6時間から9時間なので、ある程度の体力は必要ですが、岩場や鎖場などの危険個所は一切なく、特別な登山技術や装備を必要としません。それがロングトレイルの魅力です。

そして、ただ歩くだけでなく、その国や地域の歴史・文化・人々にも触れることができ、旅をより一層深いものにさせてくれのがロングトレイルです。ロングトレイルを通して、世界に触れてみる旅をしてみることを、オススメしたいと思います。

なお、今回紹介したジョン・ミュア・トレイルはもちろん、世界のロングトレイルを、もっと知りたい・歩いてみたい、という方向けに7月19日~21日に東京・名古屋・大阪で、ロングトレイル説明会を開催します。
ロングトレイルハイカーの斉藤正史さんをゲストスピーカーに迎えて、世界のロングトレイルを紹介するので、ぜひ覗いてみてください。

 

プロフィール

アルパインツアーサービス株式会社

マッターホルン北壁の日本人初登攀を成し遂げた芳野満彦(アルパインツアー元会長)が、1969年に日本で初めてヨーロッパ・アルプスへのハイキング・ツアーを実施して以来、約半世紀にわたり、世界中の山岳辺境地の山旅を企画、実施してきた。「トレッキング」という言葉を日本に定着させた、世界の山旅のパイオニア的存在。

⇒アルパインツアーサービス

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