「高山植物の女王」コマクサ、荒涼とした場所に咲く孤高の花

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高山に可憐に咲くコマクサは、「高山植物の女王」と称され、人気の高い花だ。可憐な姿の一方で、その生き方は力強い。コマクサの秘密について、自然・植物写真家の高橋修さんが説明する。

 

「高山植物の女王」と称される、小さくも美しい高山植物。漢字では駒草。駒とは馬のことで、花が細く馬のようだ、ということで名付けられた。だが、蕾のほうが馬面に見える。ちょっと変わった構造をした花だが、ケシ科である。

コマクサの蕾。より馬面に見える

コマクサは、寒さ、強風、乾燥など、環境の厳しい高山帯でも特に厳しく、ほかの高山植物が生えることができないような稜線の砂礫地を好んで生える、孤高の花である。

この環境に耐えられるよう、地上部は小さくても、地下に茎や根を長く伸ばしている。草丈10㎝程度の小さなコマクサからは想像がつかないが、地下では1m以上に伸びていることもあるようだ。

コマクサが砂礫地の斜面を好むには理由がある。砂礫地の斜面は雪や氷、雨、風によって地表がよく動き、植物にとって非常に住みにくい環境。有機物は少なく、雨水はすぐに流れ、蒸発し乾燥しやすく、紫外線も風も強く、冬には厳寒にさらされる。こんな厳しい環境なのだが、背が低いコマクサにとってよいことがひとつある。ほかの植物が生えることができないので、植物との競争が少なく、太陽光線をたっぷり受けることができることだ。

独特な草色をした葉は、細かく分かれている。高山帯には霧が多い。細かく切れた葉には霧が付きやすく、高山帯で貴重な水を得るひとつのチャンスになっているようだ。根が広がっているということは、たくさんの水分を得られるということ。こうして、地上部が小さいコマクサも、いろいろな形で乾燥に対応している。

コマクサの根は、不安定な砂礫地の地下に長く広がっている。このため、コマクサの地上部の近くの砂礫地を踏むだけで、コマクサの長い地下部分が切れ、枯れてしまいかねない。野生のコマクサにはむやみに近寄らないようにしよう。

ロシアのカムチャッカ半島でもコマクサを見た。カムチャッカ半島は火山の半島だ。火山噴火による砂礫地が多く、そんな火山の山麓に見渡す限り、コマクサとリシリヒナゲシの仲間のチシマヒナゲシだけが生えていた。このような荒涼とした場所がコマクサの本来の生育地ではないだろうか。日本の高山帯は、コマクサにはちょっと狭すぎるのかもしれない。

コマクサの群落。写真のように砂礫地に孤高に花を咲かせる

北アルプスの白馬岳や八ヶ岳、東北の秋田駒ヶ岳、北海道の大雪山などが大きな自生地だ。手軽に見るなら、山頂近い部分まで車で上がることができる乗鞍岳がよい。

コマクサの花色は淡い紅色。この微妙で優しい色がすばらしい。北海道産のコマクサはやや花色が濃い傾向。花色が妙に赤い園芸品種のコマクサをたくさん植えている山もあるが、やはりコマクサは野生のものが一番。

野生のコマクサは、生息地の長い歴史と、自然環境の生き証人なのだ。そこには深い意味があり、まだまだ未知の事実もたくさんあるだろう。自然を守るということは、自然の歴史と、環境を守るということだ。コマクサを大事にしよう。

 

プロフィール

髙橋 修

自然・植物写真家。子どものころに『アーサーランサム全集(ツバメ号とアマゾン号など)』(岩波書店)を読んで自然観察に興味を持つ。中学入学のお祝いにニコンの双眼鏡を買ってもらい、野鳥観察にのめりこむ。大学卒業後は山岳専門旅行会社、海専門旅行会社を経て、フリーカメラマンとして活動。山岳写真から、植物写真に目覚め、植物写真家の木原浩氏に師事。植物だけでなく、世界史・文化・お土産・おいしいものまで幅広い知識を持つ。

⇒髙橋修さんのブログ『サラノキの森』

髙橋 修の「山に生きる花・植物たち」

山には美しい花が咲き、珍しい植物がたくさん生息しています。植物写真家の髙橋修さんが、気になった山の植物たちを、楽しいエピソードと共に紹介していきます。

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