特別インタビュー 『グレートトラバース』田中陽希、次なる挑戦を語る(前編) 

NHK BSの番組『グレートトラバース』として、そのチャレンジが全国的に大きな話題を呼んだ「日本百名山ひと筆書き」「日本二百名山ひと筆書き」。
アドベンチャーレーサーとしてチームイーストウイドに所属し、世界大会に挑み続ける田中陽希さんは、再び少しの間レースから離れ、新たな旅に出る決意をした。
2018年正月から1年以上をかけて「日本三百名山全山ひと筆書き」に挑む。次は一体どんな旅になるのか・・・。心に秘めた想いと、イーストウインドにおける2017年度の活動について語ってもらった。

写真:コテツ(小暮哲也) 文:千葉弓子(GRANNOTE

 

編集部 2018年、「日本三百名山全山ひと筆書き」に挑戦するとうかがいました。まず旅の全容について教えてください。

田中陽希 1月1日に鹿児島県屋久島を出発し、北海道の利尻山まで、300座をひと筆書きで、一年以上の期間をかけて踏破しようと考えています。三百名山には、これまで登った200座も含まれますが、今回、新たに登る100座だけでなく、200座も再訪し、全300座を歩きとおします。

編集部: 今回のルートの特徴は?

田中: 百名山は比較的アクセスのよいところにあり、二百名山は少し奥、三百名山はさらに奥にあるというイメージ。全体として縦走が増えると思います。

編集部: なぜ3つめのチャレンジをしようと考えたのですか?

田中: 2つのチャレンジでは旅を完結させることばかりに気を取られ、その日の行程や翌日の登山、天候を考えるうちに、あと数キロ歩けば見られる景色もあきらめてしまう自分がいたんです。山をちゃんと登ること、旅を完結させることばかりに気を取られてしまい、せっかく自分が望んで歩いているのに、見たいと思っているものも見ないで行き過ぎていました。何かを犠牲にしている部分があるのではないか、そう感じていたのです。

編集部: そこで、これまで登った山に新たな100座を加えようと。

田中: はい。2つの挑戦を終えた後、よく「三百名山の100座はいつやるのですか」と聞かれましたが、正直、残りの100座だけを登ることに対してあまり魅力を感じられませんでした。なんだか、無意識にシリーズ化しているようで、それは違うなと。
自然は常に変動していて、僕らはその中で生きているわけですから、四季折々の自然を見続けていきたい。これまでの挑戦では、雨の日に登った山がいくつもありましたし、また来ようと思った山もたくさんありました。振り返ると、やり残したことが多いのです。登山の楽しみ方は人それぞれですが、自分はひとつの山に一度登ったら終わりではなく、何度も登ってみたい。四季折々の日本の山を肌で感じたいと思っています。
300座と言っていますが、実際には301座です。深田クラブが1984年に「日本二百名山」として選定した新潟県の荒沢岳という山があり、それは日本山岳会が選定した「日本三百名山」には入っていないので、その山を含めると301座になります。

編集部: 山以外の場所もまわるのでしょうか。

田中: そうですね。初めて行く佐渡島で観光名物のたらい舟に乗ったり、佐賀でムツゴロウを捕る潟スキーを試したりしたいと思っています。

 

厳冬期をどう越えるか

編集部: いちばんの課題は何ですか?

田中: やはり雪山の対応です。まずは冬季の北海道・大雪山系や日高山脈。また、スタート直後、1~3月に登る西日本の大山蒜山などの雪山ですね。日本アルプスは夏を狙って入ります。前回は春、その前は秋だったので、違う景色が見られることが楽しみです。

編集部: 北海道エリアは期間も長くなるのでは?

田中: できれば年内に上陸したいのですが、状況によっては翌年の1~3月に上陸ということになるでしょう。道東や南であれば麓は雪が少ないですが、山頂となると雪が多いですから、ピストンで登ることは難しくなるかもしれません。
利尻山はとくに厳しい山ですから、もしかしたら雪解けを待たねばならないかもしれません。
麓の宿に1~2ヶ月停滞する資金はありませんが、幸いにも北海道富良野市に実家があるので、そこで待機して雪の状況を見ながら、夕張岳芦別岳まで登りに行くという方法も視野に入れています。

 

ポジティブな判断として、下山や停滞の可能性も

編集部: 危険も大きくなりそうですが。

田中: 二百名山では、いろいろな経験をしました。知らないエリアもありましたし、道がないと思っていた場所にうっすら道があったり、あると思っていたところになかったり。百名山と二百名山を通して、春から秋までの山はだいぶ経験しましたが、冬山はまったく別世界。以前登った山でも初見と思って臨みます。
装備が増える分、移動速度も落ちます。時間的にはコースタイムの2倍になるのか3倍になるのか、やってみなければわかりません。ラッセルの可能性や途中の小屋で停滞することも考えられます。夏ならピストンしたり通り抜けられたりする山でも、1泊2日や2泊3日かかることもあると思います。

編集部: 特別なトレーニングはしましたか?

田中: 初春に、雪山経験の豊富な仲間と谷川岳に行きました。雪洞を掘る際の斜面の見極めや道具の使い方、雪崩のピットチェックなどを習いました。前日に雪が降ったので、ラッセルの練習にもなりました。ホワイトアウトしたのです。視界が10mほどになり、GPSを持たないと進めないような状況になりました。自分がいま登っているのか下っているのかわからなくなって、平衡感覚を失うような感覚は久しぶりでした。
当初は2泊3日の予定でしたが、予想よりも雪が多く、予定を変更して1泊2日で下山しました。雪山ではこうしたことが多くあるでしょう。でも下山や停滞も決してネガティブなことではなく、生きるためのポジティブな判断だととらえていきます。

 

装備選びもよりシビアに

編集部: 技術的な課題は?

田中: アイゼンワークでしょうか。百名山でも残雪期の山は歩きましたが、厳冬期となると場所によってワカンがいいのか、あるいはアイゼンを使うべきなのか、実際に試しながら探り、経験値を上げていくことになると思います。
傾斜が緩ければワカンが使えますが、傾斜がきつくなると食い込みません。谷川のトレーニングでは途中の天神ザンゲ岩までワカンで進み、そこから先は傾斜がきつくなったのでアイゼンに替えました。

編集部: 状況によっての見極めが重要なわけですね。

田中: これまでの2つの挑戦では、体力的にもスケジュール的にもちょっと無理をすれば行けてしまえるところがありましたが、雪山ではそうはいきません。登ってみて7合目や8合目でガスがかかり、天候待ちで動けなくなって下山ということもあるでしょう。

編集部: 雪山が加わることで装備やウェアなども変わりそうですが。

田中: ウェアは、2つの挑戦ではC3fitの七分丈タイツを愛用していました。次は「エレメントエア」を使用する予定です。こうしたサポートタイツの着用はパフォーマンスアップだけでなく体力温存にもつながり、リスクを軽減させる意味もあります。
一般の方からサポートタイツについて質問を受ける時、「自分は厳しい登山をしていないからそこまでのスペックは必要ない」といわれることがあるのですが、そうではなくて、100名山の挑戦やアドベンチャーレースなどの厳しい環境でもしっかりと体を安定させてくれるということは、一般的な登山であれば尚さらそれが実感できると思うんです。どんな場合でも、下山するまでは体力温存が不可欠です。体がいっぱいいっぱいになってしまうと、その分、ケガや判断ミスのリスクも高まります。

編集部: 装備はいかがですか?

田中: テントを持っていく予定です。そうはいっても、雪山では一晩で2m積もることもありますから、安心して寝ていたら、ドサッと潰れて窒息ということもあり得ます。雪洞を掘る場合でも、入り口がふさがれて出られなくなることがありますから、何度も起きて雪かきをする必要があります。
避難小屋がある山もありますが、冬季小屋でも雪があまりに多い場合は閉まっていたり、埋まっていたりすることがあるんです。そういうリスクを考えると、テントは必須だと考えています。

編集部: 日本の雪山は厳しいといわれていますが。

田中: 日本を縦走していると、雪山でも初冬と春山では状況が異なりますし、湿度が多いので雪が重たい。その分、体が濡れやすくなります。夏山でも体が濡れると低体温の恐れがありますが、厳冬期に体が濡れると凍傷のリスクが一気に高まりますので注意が必要です。

編集部: スキーを履く予定は?

田中: 履かないつもりでいます。下山で滑ると自力じゃなくなりますから(笑)。でも、北海道では40~50km林道を歩かなければならないところもあるので、もしかしたらそういう場所ではスキーを使う可能性もあります。

編集部: 明治大学時代はクロスカントリー部の主将を務めておられましたから、スキーを履いたらかなり速そうですね。

※インタビュー初出:ワンダーフォーゲル2017年6月号

⇒後編につづく

 

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田中陽希さんのアドベンチャーレースの師匠であり、所属チーム、イーストウインドのキャプテンである田中正人さんとともに書き下ろした新刊。アドベンチャーレースという過酷な世界に挑み続けてきたこれまでの人生を、余すところなく書き綴った話題作。日本百名山への挑戦への思いや舞台裏も紹介されている。全国の書店、オンライン書店で好評発売中! 電子書籍あり。

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教えてくれた人

田中 陽希(Yoki Tanaka)

1983年、埼玉県生まれ、北海道育ち。学生時代はクロスカントリースキー競技に取り組み、「全日本学生スキー選手権」などで入賞。2007年よりチームイーストウインドに所属する。陸上と海上を人力のみで進む『日本百名山ひと筆書き』『日本2百名山ひと筆書き』を達成。イーストウインドの次期キャプテンとして期待される。