笠ヶ岳
高山盆地から仰ぐ北アルプスの延々と続く山並みの中で、ひときわ均衡のとれた美しさを見せるのが笠ヶ岳である。北アルプスのどこから眺めても一見してそれと分かる山で、昔は迦多賀岳、肩岳と呼ばれ、また大(おさ)ヶ岳ともいわれていた。北アルプスのほとんどの山が県境の山であるが、笠ヶ岳は全く飛騨の山で、名実ともに岐阜県内の最高峰である。
見るからに雄偉な印象を受けずにはいられないところから、はやくより信仰の山となった。長和3年(1674)、円空上人がこの山を開山し、その後、天明2年(1782)に南裔(なんねい)上人が阿弥陀、薬師、不動、大日の四尊の奉納を行った。さらに41年後の文政6年(1823)には、播隆(ばんりゆう)上人が28人の村人とともに、また翌年には一行66名を伴って笠谷から登っている。これは日本山岳史上の壮挙とされている(『濃飛風上記』より)。
近代登山史のさきがけは、明治27年(1893)8月、ウエストン一行の穴毛谷からの登頂である。ついで大正3年(1913)8月、小島烏水一行が双六谷を遡り、稜線通しに抜戸岳を経て笠ヶ岳に登り、穴毛谷を下ったという記録もある。
この笠ヶ岳は樅沢岳から南西に派生し、弓折岳、抜戸岳と続く笠ヶ岳支脈の主峰であり、その支脈東面の蒲田谷と西面の双六谷を分画している。そしてこの支脈の東面と西面は地形的に著しく相違し、非対称地形をなしているのが特徴である。笠ヶ岳の場合、東面は切り立った岩壁を巡らせ、蒲田川に向かって穴毛谷、クリヤ谷を落とし、西面は樹林に覆われた長大な北西尾根や南西尾根を走らせている。その間に刻み込まれているのが笠谷、下佐谷、さらに小倉谷、打込谷などの渓谷で、いずれも高原川に合流している。
笠ヶ岳への登山ルートは東面、西面に求められるが、戦前は西面の下佐谷や笠谷、さらには小倉谷や打込谷をつめる登路が考えられたが、今は登山道としてはほとんど廃道に近い。現在の一般登山道としては、主に東面の蒲田谷側のクリヤ谷ルートと新笠新道(新穂高温泉から8時間)がある。なお、穴毛谷は東面壁登攀のためのルートとして利用される。
笠ヶ岳周辺の山のよさは、山域全体の静寂さと眺望のすばらしさにある。特に蒲田谷を挟んで、この山稜のどこからでも眺められる槍・穂高連峰の大パノラマは圧巻である。
また、笠ヶ岳周辺の山稜は、春から夏にかけては豊富な残雪と咲き競う高山植物、秋は錦繍の彩りなど、四季折々の変化に包まれ、静かで味わいのある山登りが楽しめるフィールドとなっている。
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