「もっと山に登りたい」という思いが沸き上がってきたことを、よく覚えています
大学山岳部で登山を始めたのですか。
高校までサッカーをやっていました。ゴールキーパーでした。大学に入って、なにか別のスポーツをやろうと考えたとき、いくつかの部が頭のなかにあったんですね。山岳部もなんとなくありました。アメリカのレッドロックスだと思いますが、そこでクライミングをしている写真を見たことがあり、クライミングをやってみたいなあと思っていました。けれど、クライミングがどんなものなのか、実際のことは、なにもわかっていませんでしたね。
それに、小さなころから自然が好きでした。とくに昆虫採集に夢中になっていましたね。今日もこうやって、野外でインタビューを受けることができて、気持ちいいです。いまちょうど風が吹いてきましたが、そんなことを感じられるのは、幸せなことだと思います。
山岳部に入ったきっかけは、些細なことでした。新入部員勧誘のビラ配りがあり、それを受け取って部室に説明を聞きにいったのが始まりです。クライミングをやってみたかったし、自然が好きだし、だから入ってみようと。
大学1年のゴールデンウィークに穂高の岳沢へ行きました。僕にとっての初めての合宿で、前穂高岳に登りました。体力に自信はあったんですが、キツかったですね。汗だくになって登りました。山頂に着いたら、年配の方々も登ってきていて、ちょっとショックを受けました。みんな、結構山に登れるんだって思いましたね(笑)。僕ももっと登りたいとも、思いました。
晴れた穏やかな日で、山頂からの景色がとてもよかったです。360度の眺めが広がり、春の雪山が眩しかったです。その後、日本でもヨーロッパアルプスやヒマラヤでも、たくさんの景色を眺めてきましたが、この時の眺めは忘れられません。あのとき山頂に立って景色を眺めながら、心のなかからじわじわと、「もっと山に登りたい」という思いが沸き上がってきたことを、よく覚えています。
そこからもうずっと、「山」ですね。
大学4年生のときに「K2最年少登頂」、27歳で「ピオレドール」と、早くから大きなタイトルがつきましたね。
タイトルはあったけれど、それをねらって登っていたわけではなく、偶然のことでした。登ったら、あとからついてきたような感覚です。
キャシャール南ピラーを初登攀して、ピオレドールを受賞しました。これは、馬目弘仁さんと花谷泰弘さんと3人で登ったものです。年長は馬目さんで、リーダーは花谷さんでした。僕が年少でした。馬目さんとはその後ももう一度ネパールヒマラヤに遠征に行くのですが、彼と一緒のチームのときはいつも、「リーダーはいても、チーム全員が平等。おなじ一票をもっているんだ。言いたいことはいつでも言い合おう」ということになっています。しかし、この時は僕の経験は圧倒的に少なかったですね。学ぶことばかりでした。僕にとっては、キャシャールを登ってピオレドールを受賞したことよりもなによりも、馬目さん達から学んだことの方が、ずっと大切で貴重です。
たとえば支点の取り方です。クライマーにとって支点は命を預けるものなので、いかにうまく支点を構築できるかは、重要なことです。
馬目さんがリードしていき、僕がビレイポイントに辿りつき、馬目さんの作った支点を見ると、とても勉強になります。僕だったら、どうやって支点を作っていたのだろうか。どこに支点を見いだせたのだろうか。そう考えると、目の前の馬目さんの支点は、いつも学ぶことが多く、キャシャール登攀中も、ひとつひとつの支点を、僕は忘れてはならないと、必死で記憶していました。無事山頂に立ち、下降するときも、支点のことで頭がいっぱいです。懸垂下降していくので、このときこそ、支点がすべてですし。ベースキャンプに戻ってから、気になった支点構築について、日記帳に図解入りでメモしました。いつかあんな場面が来たとき、僕も同じようにできるかわかりませんが、少しずつでも実践していきたいと思っています。すぐに、馬目さんのようなレベルまで追いつけるわけではありませんが、こういう経験ひとつひとつを経て、確実に「引き出し」は多くなったと思います。
馬目さんは強いクライマーなんです。たとえ状況が悪くなっても、ずっと安定して強いパフォーマンスをみせてくれます。そしてそれは、精神的に強い表れなんだなあと思います。強いけれど、穏やかな口調で、優しい先輩です。山に入ると、厳しいときもあるんですが、いつも彼のオーラを感じます。
それに自然に対して慈しみがあります。ある岩場にハヤブサが営巣をはじめたため、クライマーが登ると、ハヤブサの生態に影響が出ると、警鐘をならし、クライミング雑誌に記事を書いたことがありました。自分が登ることばかりに夢中になっていると、ほかのことがみえなくなってしまいがちです。けれど、僕たちは自然のなかで登っているのだし、僕自身自然が好きです。その自然を大切にしながら、クライミングを続けていくためには、馬目さんのような視点が大切ですね。
僕にとって馬目さんは、「こんなクライマーになりたい」と思わせてくれる人です。