ワサビ平で集合、周囲の足元への視線が冷たい・・・
アルバイトに行くといっても、山小屋までは自分の足で登ることになる。挟間さんの場合、初めてのスタッフということで「現地集合」ではなく、登山口のわさび平での集合だった。そこで挟間さんは、他スタッフからの違和感を持った視線で迎えられた。その理由は挾間さんの格好だ。服装こそ前年の富士山で用意した格好だったが、問題は足元――。普通のスニーカーで現れたからだ。
「周囲からは『その靴で行くの?』と聞かれましたが、なんでそんなこと聞くんだろうって思いました」と、挾間さんは質問の意味が理解できなかった。
しかし、その質問の意味はすぐに理解できた。双六小屋は、わさび平から徒歩7時間。登山道もバリエーションに富んでいて、樹林帯を越え、雪渓を渡り、稜線を越えなければならない。
「途中から『聞いてないよ~』って思いました。双六岳があんなに遠いなんて全然、知りませんでした(笑)」と、ヘトヘトになりながらも双六小屋へ到着したのだった。
▲休憩中のひとこま。晴れた日は皆でテラスで団欒
トイレ掃除の洗礼も何のその、山の上の生活を満喫
山小屋での生活にカルチャーショックを覚える人もいるというが、挾間さんの場合はどうだったのだろうか。
「電気がないとか、風呂は3日に一度とか、携帯はDocomoとau以外は繋がらないとかは聞いていたので、別にカルチャーショックは受けませんでした。部屋もみんな一緒というのも、全然気になりませんでした」と、環境適応能力の高さを発揮。山小屋での生活はすぐに慣れたという。
それでも、山小屋アルバイト経験者の誰もが洗礼を受ける「トイレ掃除」は、さすがにショックを受けたという。
「やっぱり最初は強烈でした。『なんで、“穴”から外すの?』って一人で怒って叫んでいました」というが、それも最初の2~3回。汚れが手に付いても「あとで洗えば落ちる」と割り切ってできるほど、慣れてしまったという。
もちろん、こう割り切れるよになったのは、他のスタッフが同じように嫌な素振りも見せずに仕事している姿を見ていたこともある。「長期の男性は、年に数回ですが、中のモノを汲み取る作業もあるので、私なんて全然、苦労のうちに入らないと思うんです」と振り返る。それでも「トイレはキレイに使うように心がけるようになった」とのことだ。
▲スタッフみんなで記念撮影。双六小屋の夏季のスタッフは約20名だ
山小屋での仕事は朝の早起き以外はとても楽しくできたという。お客さんとの交流、一緒に働く仲間との語らい――。憧れだった山の上の生活はとても楽しく過ごせた。
そんな仕事の中で、最もショックを受けたことがある。それは遭難事故だ。双六小屋は診療所が併設されていることもあり、けが人や遭難者が受付を訪れることもある。ある日、挾間さんが受付にいると「滑落しました」と頭から血を流した人が来てときたときがあった。そのときは、血の気が引いて絶句し、夢にも出るほどショックを受けたという。また、遭難者の家族からの電話を取り次いだりと、山の事故に間接的にでも遭遇することは心を重くする出来事だった。
「やっぱり、安全あっての登山だと感じました」と、山の楽しさと同様に、厳しさも十分に味わった。