7月8日公開の映画『アルピニスト』。門田ギハードさんが語る、マーク・アンドレ・ルクレールのすごさとは

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米アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を獲得した映画『フリーソロ』以来の壮大なスケールと迫力に満ちた驚くべきアルピニストのドキュメンタリー映画『アルピニスト』が、7月8日に全国で公開された。公開に先立つ6月29日に行われたプレミア試写会にアイスクライミング日本代表の門田ギハードさんが登壇し、映画の感想を語った。

「尋常じゃない」。トップクライマーも驚くマークの登攀

門田さんは2019年のアイスクライミングW杯ファイナリストにして、2020年には年間世界ランキングで日本最高位(13位)を更新。そんな日本屈指のアイスクライマーは本作について「クライミングを題材にした映画は今までたくさんあったと思います。どれも"前人未到のルートに挑戦する”とか、“難攻不落のルートに挑む”など一流のクライマーがチャレンジする物語が中心で、胸が熱くなる物語だと思います。今回の作品は、主人公のマーク・アンドレ・ルクレールの日常を描いています。彼は、冒険が日常にある。日常の冒険の度合いを高めていって最後にパタゴニアなど難しいルートに挑みます。彼にとっては『前人未到のルートに挑んだ』など仰々しいものではありません。それがただただ彼の日常。そういうふうに描かれています。一人のクライマーとして見ると、正直うらやましいなと思いました」と率直な思いを吐露。「彼が見ていた世界観は、僕らではぜんぜん分からない景色」と述べた。

映画に登場する多くの有名登山家らが「尋常ではない」「天才だ」と口々にコメントする、本作主人公のマーク。自身もハンノキ滝冬季単独登攀などの記録をもつ門田さんは、一人で登ることの意義について「ソロをやること自体、スタイルになります。私も今までソロで登ったことがあります。一人で登るという行為は、“一人でなければいけない”というクライマーももちろんいます。そのルートに一人で向かい合いたいから、という理由がある方もいます。私が登ったときは、そのルートを登りたかったけど、どうしても相方がいませんでした。“相方がいないからやめる”というくらいなら一人で登る。それは登るための一手段であって、目的ではありませんでした。だからソロと言っても、やる人によって捉え方・価値観が変わります」と話した。
また、「彼は純粋に、一人で山を楽しみたかったのでは。一人で登って成果をアピールしたいとかそういうことではなく、純粋に山に向き合って楽しむ。楽しむためには一人がいいと彼は考えたのでは」と推測。さらに、アレックス・オノルドと比較して「オノルドは1000mの断崖絶壁をロープなしで登りました。そのとき彼は、登るために何回も何回もリハーサルして、何回も手と足を確認して登っている。マークの場合はリハーサルなし、命綱なしで登ってしまう。しかも、乾いた岩ではなくて、崩れるかもしれない氷とか、とれてしまうかもしれない岩をアックスだけで登ってしまう。見ていて『尋常じゃないな』と感じました」と天才の一面を指摘した。

 

天才の強いフィジカルとマインド

門田さんも自前のアックスを披露し、富山県の称名滝(350m)の横にある、雪解けの時期にだけできる落差500mのハンノキ滝を登ったときのエピソードを述懐。「日本で一番デカくて難しいルートで、そこを登ったときにもこのアックスが大活躍しました。登るのに合計3日間かかりました。滝の中で途中、生えている木にロープをつないで、そこに落下防止用のロープをひっかけて、簡易的なシートにくるまって寝ました。すっごく寒いんですけどね。そうやって途中で一泊して登りきりました。辛かったですね」と苦労を語った。
映画ポスターのマークについては「通常、この手の長さのルートを登るとき、一般的にリーシュというアックス落下防止のゴムひもを付けるんですけど、マークは付けていない。よほどの自信がなければこんなことできないです。たとえ命綱なしでも、僕ならリーシュを付けます。リハーサルなし、命綱なし、リーシュなしでやっちゃうのは、どういうマインドなんだろうと気になります」と述べた。さらに「氷を登るとき、岩を登るとき、アックスを使うときには一般的にグローブを使うんです。グローブを使わないで氷点下の岩を触ったら、それだけでかじかんで動けない。マークは、なんでできるんだろう? それは不思議でした。素手でびっくりしました」と驚きを隠さなかった。

一方、マークの天才的な感覚にも触れて「勘違いしてほしくないのでは、若さの無鉄砲で、怖いもの知らずでやったわけではなく、とても綿密に計画して、相当練習を積んでやっている。彼は常に二歩先、三歩先をずっと考えながら登っている。登るときも、指で岩を軽く触っている。常に重心移動を考えながらやっている。常に冷静。それは培った経験や、恐怖心を制御できるマインドがあるからだと思います」と語った。
さらに「どんな状況でも、どれだけ平常心を保てるのか。例えば目の前、今ここ座っているところが、千メートル下に何もなかったらドキドキして、心拍数も上がっちゃう。それは怖いから。ここで落ちたら死ぬしかない。そうならないために、平常心を一定に保たないといけない。それが一番重要です」と優秀なアルピニストの条件を挙げた。

冷静に難しいルートにアタックしているとき、門田さんは「なにも考えてない」という。「目の前のことだけに集中しています。集中をずっとしていると、どこかのタイミングで、目の前しか見えていないのに、そのほかのことがすべて見えてくるような感覚があるんです。集中のその先、みたいな感覚です。すると、音とか雪崩の予兆がまったくないのに『雪崩が来るな』とわかる。そこでちょっと避けたりして対策します」と常人の想像を超える感覚を説明。「マークは日常からそういう感覚があったのではないかと思います」と推察した。

 

困難を極める、ドキュメンタリー撮影

以前は世界的カメラメーカーに勤務していたという門田さん。映画後半、パタゴニアで敢行された空撮などアルピニストの撮影方法に言及して「氷の裏からカメラマンが映り込まないように、別ルートから登って氷の裏に待機して、そこから撮るというのが一つあります。上、横、下、それから空撮。3パーティ、または4パーティいると思います。それぞれみなさん登れる人じゃないといけないし、ロープ一本映り込んでもいけない。カメラマンは全員、目立たない黒いウェアを着ていると推測できます。登るときは登ることに専念して、あとで荷揚げという形でカメラを受け取っているはずです」と話した。

さらに、マークがカメラクルーを置いて一人で難所を登ったシーンについて「(カメラマンの存在は)登ってるときはまったく気にならない。私もそうでした。ただ登る前、色々『こういうシーンを撮りたいから、先に行ってちょっと待ってね』とか言われて、自分のリズムを崩されると本当に嫌なんだろうなと思います」と持論を展開。「特にマークの場合は大掛かりな撮影で、『頭にGo Proとかつけてくれ』とか今までやりたくなかった指示があったと思います。自分の好きなペースだけで、自分の好きな山を、好きなスタイルで登りたいという考えだったと思います。だから登っている最中よりは、道中が嫌になって一人で行ったのでは」と見解を示した。

一人の天才的なアルピニストのストーリーを通して、山に魅せられる人々や、なぜ人は危険を冒してまで山に登るのかといった人生哲学にまで昇華させている本作。山に魅せられた一人である門田さんは「『なぜ山に登るのか?』『何がいいの?』とよく聞かれます。正直、まだその答えはありませんし、わかりません。クライミングをやっている多くの人がそうだと思います。明確な答えがないからこそ登っているのではないでしょうか。答え探しですね。その答えが見えたときは、僕が山を離れるタイミングかもしれません。マークも『好きで登っている』と言っていますけど、彼もまだちゃんとした答えが見えていなくて登り続けていたのかな、と少し感じました」と天才クライマーに思いを馳せ、イベントを締めくくった。

門田ギハード

アイスクライマー。世界選手権日本代表。2019年のアイスクライミングW杯(Denver大会)のファイナリスト。 世界ランキングは日本男子歴代最高位の13位。普段はサラリーマンとして働く。趣味は登山、クライミング、カメラ。

 

作品概要

『アルピニスト』 (原題:『THE ALPINIST』)

タイトル:『アルピニスト』 (原題:『THE ALPINIST』)
出演:マーク・アンドレ・ルクレール、ブレット・ハリントン、アレックス・オノルドほか
監督:ピーター・モーティマー、ニック・ローゼン
制作:レッドブルメディアハウス
配給:パルユニバーサル映画
2021年/英語/アメリカ映画/G/93分/ビスタ
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7月8日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

 

関連リンク

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