上空寒気が引き起こした2013年4月27日の白馬岳雪崩遭難事故――、麓ではにわか雨でも春山では吹雪

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上空寒気の影響で、季節は春・麓は雨でも、山岳地帯は大雪となることもある。そんな事例の1つである、2013年の白馬大雪渓の雪崩事故から、このメカニズムを分析する。

 

ヤマケイオンライン読者の皆様、山岳防災気象予報士の大矢です。 上空寒気の連載第3回目は、上空寒気による不安定な天気によって発生した2013年4月27日の白馬岳の大雪渓での雪崩遭難事故について考察します。上空寒気の連載第1回目に書きました『山では春秋に予期せぬ吹雪などをもたらす厄介者』の典型的な事例になります。

春や秋の時期に心しておくべきことは、平地ではにわか雨や雷雨でも、標高の高い山では吹雪になるということです。今回は、この遭難事故時の気象状況を岐阜大学での研究に用いている「GrADS」という描画ツールを使って、改めて解析を実施ました。

盛夏の白馬大雪渓の様子

 

2013年4月27日に発生した白馬大雪渓での雪崩遭難事故の概要

2013年のゴールデンウイークは山岳遭難事故が多発した年で、17名の方が死亡、1名の方が行方不明という状況でした。今回取り上げるのはその1つで、4月27日に北アルプス白馬岳(2932m)の大雪渓で発生した雪崩によって、2名の方が亡くなり、1名の方が行方不明(後日に発見)という事故でした。

白馬山荘のブログによると、当時の気象状況は26日から雪が降りっぱなしで、26日午後からは風も強まって「ブリザード」の状態。天気がやっと回復したのは28日に朝8時頃で、それまで白馬山荘付近は強風で地吹雪状態だったそうです。

また、当時の報道によると、27日は白馬岳の大雪渓付近は新雪が40~50cmも積もって雪崩が起きやすい状態だったとのことです。さらに、県警の要請を受けて、猿倉の登山口にある山荘のスタッフが27日午前6時から登山者に入山の中止を呼び掛けていたという報道情報もありました。

白馬大雪渓は、図1の地形を見ていただけば分かると思いますが、深いV字形になっていて、枝沢からの雪崩も合流するため、雪崩の巣のような地形であることが分かります。もし降雪があったとしたら、積もった雪の状態が安定するまでは決して入ってはならない地形と思います。

図1:白馬付近の地形と大雪渓の位置(出典:Google Earth)


一方、雪崩が発生した前日の4月26日の地上天気図(図2)を見ると、日本海北部にそれほど発達していない低気圧があるだけで、雪崩が起きるほどの大量の雪が降るようには見えません。ただし、この低気圧をよく見ると前線がありません。実は、前線がない低気圧の上には上空寒気があるのです。これが大量の雪を降らせた“犯人”なのです。

図2:2013年4月26日12時の地上天気図、日本海北部にある低気圧に注目(出典:気象庁)

 

大量の降雪の原因は『上空寒気』と『中心の南東側だったこと』

では、上空寒気の様子を知るために、500hPa天気図を見てみましょう。図3は雪崩発生した前日の4月26日15時の気象庁解析データに基づいた500hPaの高度・気温・風を解析した図です。

図3:500hPa高度・気温・風の解析図(GrADSを使用して大矢にて解析)


日本海にはゴールデンウイークの時期としては非常に低温である、-30℃以下の上空寒気を伴った寒冷渦(寒気を伴う上空の低気圧)があります。北アルプス付近はこの上空寒気の一部がかかっており、上空寒気の中心に対して南東側にあります。これが極めて重要なのです。

上空寒気の中心の南東側は『南東象限』と呼ばれていて、上空寒気に加えて南から入る下層の暖湿気の影響を受けて悪天になりやすい要注意エリアとして気象関係者の間では良く知られています。

 

その結果、雪崩発生の前日4/26の気象状況はどうなった?

図4は、4月26日9時の気象庁の解析データをもとに計算・作図した、27日0時までの15時間積算降水量を示しています。北アルプスと白山付近に局地的に降水量が多いエリアがあることが分かります。

図4:2013年4月26日9時から4月27日0時の15時間降水量図(GrADSを使用して大矢にて解析)


これが大気の状態が不安定な時の恐さで、上空寒気の中心の南東側の全てのエリアで降水量が多くなるわけではない、ということを物語っています。そして、おそらくは私の最重要研究テーマである「山越え気流」が大きく関与していると推測しています。さらに解析を進めますと、図4で最も降水量が多い地点は剱岳付近であることが分かりました。

次に、剱岳付近の降水量と積算降水量の時間経過を解析した結果が図5になります。26日9時から次第に積算降水量が増加して、15時間後には40mmに達しています。

図5:2013年4月26日9時から4月27日0時までの剱岳付近の降水量(棒グラフ)と積算降水量(折れ線グラフ)/GrADSを使用して大矢にて解析


そして、図6に示すように12時の時点の白馬岳付近の解析では標高1500mでは気温約1℃ですので、それ以上の標高では雪でした。40mmの降水量がそのまま雪になれば40cmの降雪量(降水量1mmで約1cmの降雪量)になりますので、大雪渓で40~50cmの新雪があったという報道の裏付けになります。

図6:2013年4月26日12時の気温と露点温度の高度分布(GrADSを使用して大矢にて解析)


また、800hPaから500hPaまで、気温と露点温度(水蒸気が凝結して雲になる温度)がほぼ一致していますので、これが白馬岳付近で発達した積乱雲の厚さであると推定することができます。

白馬岳の麓の長野地方気象台では、4月26日は朝の7時半から夜中まで、時々にわか雨が観測される不安定な天気でした。このように、春や秋の山では不安定な天気の時には、「麓ではにわか雨でも山は吹雪」が十分あり得るということを肝に銘じておくことが、この時期に遭難事故に遭わないために大事なポイントと思います。

 

プロフィール

大矢康裕

気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属し、山岳防災活動を実施している。
日本気象予報士会CPD認定第1号。1988年と2008年の二度にわたりキリマンジャロに登頂。キリマンジャロ頂上付近の氷河縮小を目の当たりにして、長期予報や気候変動にも関心を持つに至る。
2021年9月までの2年間、岐阜大学大学院工学研究科の研究生。その後も岐阜大学の吉野純教授と共同で、台風や山岳気象の研究も行っている。
2017年には日本気象予報士会の石井賞、2021年には木村賞を受賞。2022年6月と2023年7月にNHKラジオ第一の「石丸謙二郎の山カフェ」にゲスト出演。
著書に『山岳気象遭難の真実 過去と未来を繋いで遭難事故をなくす』(山と溪谷社)

 ⇒Twitter 大矢康裕@山岳防災気象予報士
 ⇒ペンギンおやじのお天気ブログ
 ⇒岐阜大学工学部自然エネルギー研究室

山岳気象遭難の真実~過去と未来を繋いで遭難事故をなくす~

登山と天気は切っても切れない関係だ。気象遭難を避けるためには、天気についてある程度の知識と理解は持ちたいもの。 ふだんから気象情報と山の天気について情報発信し続けている“山岳防災気象予報士”の大矢康裕氏が、山の天気のイロハをさまざまな角度から説明。 過去の遭難事故の貴重な教訓を掘り起こし、将来の気候変動によるリスクも踏まえて遭難事故を解説。

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