名作を新訳で再び読む『結ばれたロープ』

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評者=間瀬孝之(石井スポーツ登山本店書籍担当)

結ばれたロープ

著者:フリゾン・ロッシュ
翻訳:石川美子
発行:みすず書房
価格:3900円+税

小説はその登場人物や背景が読者の脳裏にくっきりと映し出されなければならない。

この小説は早朝、二人の登山者が山村を抜け、山道へと入っていくシーンから始まる。これからの騒動を予感させる静かなオープニングである。

著者はシャモニーでの山岳ガイドとしての経験と生活を通して、見聞した事故や事件を基に物語を紡いでゆく。季節の移ろいや自然の優しさ厳しさ、時には暴力的なまでに恐ろしい情景を活写してやまない。物語の進展とともに1920年代のシャモニー周辺の人情、風俗なども折り込まれていて、読者は100年前のシャモニーに身を置くことになる。

この作品は1941年に発表され今でも読み継がれている名作だ。日本では、フランス文学者であり登山家であった近藤等の訳により1956年に『ザイルのトップ』として出版されたが、絶版となっていた。本書とこの旧訳との大きな違いは地名入りの概念図が付され、当時の写真が多数掲載されていること。そして、聞きなれない地名や人物などには訳注が付されているので本書を快適に読みすすめられることだ。この時代のザイルは麻であり、ハーネスもなかった。満足な支点も取れない状態で登攀は行なわれていたのだ。まさに命懸けであった。特に先に登ることは、落ちれば死ぬ確率が非常に高かったのである。このような昔と今との変化に驚き、それでもトップで登るんだという主人公に読者は感情移入しつつ、ハラハラドキドキしながらも、最後は心地よい読後感を味わえるに違いない。

山と溪谷2020年5月号より転載)

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