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遠くに眺める山だからこそ、 さらに思いを募らせてくれることもある。

どうしたら山で事故に遭うリスクを軽減できるか――
たしなみ 2020年05月25日

しばらく出かけない日々が続いています。しかし、そんな時だからこそ、山への思いは膨らむもの。今だからこそ、山のことを考えたい。山の本に触れるのもひとつだし、このコラムの趣旨からは、技術書や啓発書をじっくり読むのもいいかも知れません。今回は「山を眺める」という観点から、私自身が得られた気持ちを綴ってみます。

 

山に出かけない日々が続いています。私は東京北東部の足立区に40年近く暮らしていますが、すぐそばには荒川が流れているため、土手では散歩やランニング、時には自転車を走らせるなどしていて、この川の景色とも長いつきあいになります。

荒川土手は空も広々と心地よく、東京スカイツリーなどが間近にそびえています。そのうえ、冬の晴れた朝などは、大きく見える真っ白な富士の姿に感銘を受けることもあります。

ビル群の向こうに見える富士山も、降雨があった翌朝は、まっ白に見える日もしばしばあった(2020年2月18日撮影)


そして最近は、ここからの上流の風景が、余計にいとおしく感じられるようになりました。荒川の源流部は奥秩父方面ですが、私の住まいの辺りから見ると、富士山の左右に連なって見える丹沢、奥多摩、奥武蔵などの山々が、朝の透き通った大気の向こうに、あるいは空が夕陽に赤く染まる時間帯などに、かなり鮮明に視認できることに、いまさらながら気づき、驚いています。

西の空が茜色に染まる夕暮れ時。遠方の山々のシルエットがくっきり見えると嬉しくなる(2020年4月15日撮影)


その頃、ちょうど山と溪谷社から刊行された『奥多摩、山、谷、峠、そして人』という本を読んでいたことが、視界に飛び込んで来た山々が、より鮮やかに見えた理由かも知れません。この本は山岳ガイドの山田哲哉さんが『山と溪谷』誌に2年間に渡って連載された企画をもとに、新刊として出版したものです。

その本のなかに、こんな一節があります。

「初冬の夕方、銀杏の木が葉を落とし始め、見晴らしがよくなると、真っ赤な夕焼け空に黒々とした山々のシルエットがクッキリとみえた。富士山の左側が丹沢。富士山の右に一定の標高で連なるのが大菩薩。その右にあるのが奥多摩だ」


これは第1章の「奥多摩を歩き続けて52年。奥多摩とはどういうところか?」のなかの一節ですが、この時に山田さんがハッキリと脳裏に焼きつけた「とんがり帽子の山」・大岳山へは、小学校5年の夏休みに、友人たちと3人で目指す様子が綴られています。のどかな原っぱの道を走る一台のオート三輪車と、大岳山を見つめる山田少年の味わい深い挿絵とともに強く印象に残りました。

もちろん、山田さんが生まれ育った武蔵野市と、私が今、山々を眺めている足立区とは見え方も異なりますが、風景から得られる郷愁は同じようなものだったのではないでしょうか。

都心からも、高いビルや見晴らしのいい所からは沢山の山々が見えます。そのことを意識したのは、おそらく、私が東京で暮らすようになって初めて買った登山ガイドブックを読んだ時からだったと記憶しています。思い出とともに、今も大切に書棚の片隅に差してあるその本を読み返してみましたら、やはり、そうでした。

『アルパインガイド36 奥多摩・奥武蔵・陣馬高原』。この本の著者の横山厚夫さんが、巻頭に「西に見える山」という文を記しています。「望岳都とは、木暮理太郎さんが、この東京という都会にあたえたひとつのよき形容詞である」という書き出しで始まるこの文章が頭に残っていたわけです。

コピー機などもない時代――。この方面に出かける時はいつも持参し、往復の列車のなかで、繰り返し読み返していたからでしょう。登った山や歩いたコースに、星印や日付が記してあったり、感銘したフレーズには傍線が引いてあったりと、懐かしさも込み上げて来ます。

荒川土手からのパノラマも、初めは大まかな山名しか言えませんでしたが、朝な夕なに眺めて地図で確かめることを繰り返すうちに、細かな起伏や手前に見える尾根と背後の山との位置関係なども、だんだん分かるようになって来ました。その場所を歩いた頃の記憶も少しずつ蘇り、誰と出かけた、どんな山行で、天候はどうだったのだろうかといったことまで、思い出されて来るから不思議です。

しかし、やはり濃厚な実体験があったからこそ記憶にも残るわけで、こうして家で過ごしている今は、行動できることのありがたみや、幸せを改めて感じます。

奥多摩、浅間嶺付近。こうした尾根道をまた歩ける日々を想像して、記憶をたどる時間も大切かも知れない


長く山に親しみ、山に抱かれて過ごしてきた自分には、こうして眺める近郊の山々にも、いくつかの辛い記憶があります。学生時代、道のない遠方の山への足慣らしのつもりで、気軽に出かけた奥多摩の沢では、後輩を滝場で滑落させてしまい、はるかなる山への夢を一緒に叶えることはできませんでした。

また、社会人山岳会で岩登りの世界へ誘ってくれた友人も、人工登攀の練習中の墜落を契機に、山から遠ざかってしまいました・・・。距離や時間を置いて、遠くから眺めている今だからこそ、改めての反省や後悔も沸き起こって来ます。こうした振り返りの時も大切なものかも知れません。

毎日、川の来し方ばかりを眺めていて、もうひとつ思い出したことがあります。若い頃、東京湾から源流を目指して、荒川沿いに遡って歩き始めたことがありました。その思いつきの気ままな旅も、長瀞辺りまでで中途のままになっています。「その先も歩き続けて、源流の真ノ沢を遡行して甲武信岳まで登ってみたい」。遠くから眺める山々の姿は、途上のままに放り投げてあった夢までも、思い出させてくれました。

 

教えてくれた人

久保田 賢次

元『山と溪谷』編集長、ヤマケイ登山総合研究所所長。山と渓谷社在職中は雑誌、書籍、登山教室、登山白書など、さまざまな業務に従事。
現在は筑波大学山岳科学学位プログラムに在籍、日本山岳救助機構研究員、AUTHENTIC JAPAN(ココヘリ)アドバイザー、山の日アンバサダーなども務め、各方面で安全確実登山の啓発や、登山の魅力を伝える活動を行っている。

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