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厳しくも温かい巨匠の姿 『白嶺の金剛夜叉 山岳写真家 白簱史朗』

登る前にも後にも読みたい「山の本」
たしなみ 2020年06月15日

評者=高妻潤一郎

白嶺の金剛夜叉 山岳写真家 白簱史朗

著:井ノ部康之
発行:山と溪谷社
価格:2000円+税

この『白嶺の金剛夜叉』は、著者・井ノ部康之氏による『山と溪谷』2003年1月号から12月号までの一年間の連載が基になっている。ちょうどこの時期、私は白簱先生の助手をしていたため、私自身も井ノ部氏よりインタビューを受け、僭越ながら本書にも掲載箇所がある。そのため、私にとっても思い出深い作品である。ぜひここでは当時のことを思い出しつつ、あくまで7年ほど務めた助手としての立場で、本書をご紹介したい。

先生と名刺交換をされた方であればご存じと思うが、先生の名刺に肩書は書かれていない。表面にはただ「白簱史朗」と名前が書いてあるだけである。それこそ「山岳写真家」や「作家」などといった文面が書いてありそうと一般には想像をするであろう。

そのことからもわかるように、白簱史朗は白簱史朗であって○○家という枠に収まる方では決してなかったのである。世間一般に知られていたのは、山岳写真家であるのはもちろんのこと、登山家でもあり、作家でもあったということだ。そしてどの分野においても「職人」という言葉がしっくりくるほどみごとであった。本書では、「人間・白簱」として激動の昭和から平成を生き抜いた、一人の男の生きざまの記録をみごとなまでに描写している。

また、伝記的に記録するような単調な構成ではなく、「南アルプス」「尾瀬」「富士山」「北アルプス」と撮影エリアによって章を区分し、エピソードにスポットを当てることで、人間味あふれる先生の魅力が読者に伝わるよう記述されているのもすばらしい。

本書に記載されている内容には、私も山小屋やテントの中で、先生から直接聞いた話も多い。井ノ部氏のインタビューの頃はちょうど『白簱史朗の百一名山』(2001年、山と溪谷社)の取材で全国を飛び回っていたので、よくもこれだけインタビューができるものだと感心していた。先生も「いやー、井ノ部氏にはまいるよ」などと本音を漏らしていたことも記憶している。その丁寧でしつこい(笑)取材のおかげか、本書では時代背景も実によく記録されている。

たしかに先生は厳しい方であった。特に人様に対する立ち居振る舞いには大変厳しかった。それは今でも大変役に立っていることは言うまでもない。しかし、冬のテントの中でお酒を酌み交わすような時には、厳しいなかにも優しい人柄が見え隠れすることも多かった。特に酔いが回ると「俺より先に死ぬな」という言葉を何度も聞いた。そして酒を酌み交わしている時に発せられる言葉こそ、写真へのヒントやアドバイスが多くあり、そのことがわかっている私たち助手や山岳写真の会「白い峰」会員のみなさんは、酒の席となると先生のそばから離れず、ひとつひとつの言葉に耳を傾けていたのだ。

お元気なうちにお会いできたのは先生が80歳の年、13年に山と溪谷社の取材の一環で私が管理人を務めていた北岳の白根御池小屋に泊まられた時である。3泊4日の行程のうち初日と最終日に宿泊していただいた。先生が小屋を後にして樹林帯のなかに吸い込まれていく後ろ姿は、今でも目に焼き付いている。助手を終えた後、しばらく疎遠になっていた私に、先生は小屋内でこんな話をしてくれた。「高妻、こういった弟子のありかたもあるな。写真はまた撮りたくなる時が必ず来る。その時にまた撮ればよい。今は写真を撮らずともおまえはおれの弟子だ」と。そんな優しい一面ももちながら厳しく、そして山岳写真という道を切り開き、生涯撮影を続けた白簱史朗という人間の人生を、ぜひこの本書で顧みてほしい。

評者=高妻潤一郎

1964年生まれ。故白簱史朗氏の助手を経て、2005年から15年間、白根御池小屋の管理業務に携わる。20年から尾瀬・原の小屋の管理人に就任。​​​

山と溪谷2020年6月号より転載)

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