「危険認定」される生物の意外な真実――スズメバチとクマバチ

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新聞各紙、メディアで書評続々!『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』の著者であり、動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。今回は、山では出合いたくないスズメバチと誤解されがちなクマバチについて。 ※本記事は、2020年6月24日の記事を再配信したものです

(左)モフモフ系のクマバチ。こう見えてミツバチの仲間 (右)ワスプ系のスズメバチ。ハリウッド映画『アントマン&ワスプ』でもおなじみ
 

スズメバチとの遭遇

 スズメバチは見ているだけならカッコいい動物である。目つきは怖いが、たっぷりと筋肉を内包していそうな砲弾型のボディは「マシン」としてよくできている。

 ただし、山で出合いたくない生き物の一つであるのも事実だ。鳥を観察しているとスズメバチが「ブウン!」と翅(はね)をうならせながらやって来て、顔の前でピタリと空中停止することがある。彼らは普段飛んでいるコースに見慣れないものがあると確認しようとするからだ。ここでうっかり払いのけたりすると、さらに「要注意対象」と見なされて、つきまとわれる場合がある。

 注意を引いてしまっても、しつこく観察するだけで数分後には飛び去るのが普通だが、観察されている間は生きた心地がしない。というわけで、スズメバチが近づいてきたら、とにかく地面にしゃがみこむしかない。彼らはある程度高いところをチェックしているらしく、低いところは見ていないからだ。

 最悪のケースだが、巣が近ければ集団で攻撃を受けることもある。スズメバチが大顎をカチカチ言わせ、グイと曲げた腹から毒針を突き出して、あまつさえ毒液が「待ちきれない」というように針先から滴っていたりすると、これはもう恐怖である。こういう時は本当に危険なので、イチかバチか逃げ出すしかない。相手が1匹なら、張り飛ばしてから逃げるという手も、なくはない。

 昔、山の中で調査していたら、ほんの30センチほどの幅の岩棚を足場にして10メートルばかり進まざるを得ない場所があった。そこで、岩に抱きつくように、すり足でカニ歩きしていたのだが、こういう時に限ってスズメバチがやって来た。

 場所が場所だけに、しゃがむこともできない。スズメバチは私の周りを執拗に回り続ける。真夏の昼下がりのことで、暑いのと怖いのとで汗をだらだら流しながら耐えていたら、スズメバチは私の目の真ん前に空中停止したまま、顎をガチガチ言わせ始めた。

 これはまずい。非常にまずい。刺されたら相当痛いわけで、「痛っ!」と思ったはずみに岩棚から落ちたりすると、これまた危ない。といって、走って逃げられる場所でもない。
 非常に申し訳なかったが、私はそーっと右手を持ち上げ、スズメバチがいい位置に来るのを待って、力いっぱいバックハンドで張り飛ばしてから、大急ぎで岩棚を渡りきった。

 とはいえ、ここまで危険を感じる目にあったのは、人生でも数えるほどだ。野外調査でしょっちゅう山に行っているから、普通の人よりもスズメバチの生活圏に近づくようなことをしているはずだが、それでも、そんな程度なのである。

思わず回れ右したくなるかもしれないが、ただの平和なお食事タイム

 

「どう猛」というレッテルの誤解

 そもそも、動物に「凶暴」とか「どう猛」といった形容をするのは、どうもあまり正しいことのようには思えない。そういう称号を冠せられている動物は、多くの場合、捕食の仕方が激しいだけだからだ。

 さっきのスズメバチにしても、身をていして巣を守ろうとしているだけで、まあ確かに人間にとってかなり怖い(最悪の場合、死亡することもある)相手ではあるのだが、決して面白半分に襲いかかってくるようなことはしない。パトロールのルートに立っているだけでジロジロと見にくるのは確かに怖いが、まあ、それも巣の周囲の安全を確保するためと思えば、わからないではない。

 それどころか、全くの濡れ衣で怖がられているのがクマバチだ。確かに大きなハチだが、あれはスズメバチとは全く違う。スズメバチのことをクマバチ、あるいはクマンバチと呼ぶこともあるので、余計にごっちゃにされているらしい。
 クマバチはミツバチの仲間で、大きくて黒くて(一般的なキムネクマバチだと胸は黄色い)丸々して、クマっぽい。だが、彼らは非常におとなしいハチである。

 フジの咲く季節になると「ブウン……」と羽音を立てて花の周りを飛んでいるが、わざわざいじめない限り何もしない。むしろ、石ころなどを空中に投げ上げるとサッと反応して寄ってくるので、遊び相手になるくらいだ。オスは常にメスを待っており、空中を飛ぶものを見つけると必ず確認に行くからである。
 時には石に抱きついて一緒に落ちそうになる奴までいる。案外そそっかしい。

 スズメバチやアシナガバチの仲間(英語でいうワスプ)は肉食性で他の昆虫を食べることがあるが、クマバチはミツバチやマルハナバチと同じ仲間で、花の蜜や花粉を食べている。スズメバチを悪く言うつもりはないが、クマバチはワスプ系の「戦闘マシン」的な怖い顔とは全然違う、毛がモフモフ生えた、かわいらしい顔である。

 ちなみにクマバチの巣は、枯れ木や木材に長く開けた穴の中だ。巣穴は竹の節のように仕切られていて、一部屋ごとに花粉団子と卵がいる。ミツバチやスズメバチのように大量の働きバチがいるわけではないので(先に孵化した子どもたちが入り口を防衛するので、完全な単独生活でもないが)、集団で襲われる心配もない。

モフモフまるまるキュートボディのクマバチ

 もちろん、見た目に怖い行動をする動物はいる。サメが大口を開け、顎をせり出させて(多くのサメは顎を前に突き出すように動かすことができる)獲物に噛みつき、肉をかじりとっているシーンは確かに衝撃的だ。水辺にやって来たヌーにナイルワニが飛びかかって引きずり込み、水中で体をグルグルと回転させてトドメを刺している姿も、「もし獲物が自分だったら」と想像すれば戦慄する光景である。

 だが、彼らは無駄に暴力的なわけではない。獲物が大きいので、ああやって食べないと食べにくい、あるいは自分が反撃されて危険なだけである。それにしても食らい方がえげつないと言うなら、人間がスペアリブを手に持って食いちぎっているのも、串刺しにしたアユをまるごとかじっているのも、決して大人しい食べ方ではない。

 この辺はスケール感の問題もある。大きな動物や、人間に近い動物が惨殺されていると、やはり落ち着いてはいられないものだ。それは、人間が共感する能力を持っている以上、仕方のないことである。「いやそれは自然の摂理だから」と一切心を動かされない方がむしろ難しい。慣れることや抑えることはできるが、たとえ理屈はわかっていても、何も感じないのは難しいものである。
 だが、それを「どう猛」「凶暴」といった、相手の性格まで含めたレッテル貼りにしてしまうのは、ちょっと別のことだ。

(本記事は『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』からの抜粋です)

 

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『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』
著者:松原 始
発売日:2020年6月13日
価格:本体価格1500円(税別)
仕様:四六判288ページ
ISBNコード:9784635062947
詳細URL:https://www.yamakei.co.jp/products/2819062940.html

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【著者略歴】
松原 始(まつばら・はじめ )
1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館 ・ 特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

プロフィール

松原始

1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館 ・ 特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?

動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。発売中の『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(山と溪谷社)の抜粋と書き下ろしによる連載です。

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