駅前の木に群がる「うるさい鳥」の正体――ムクドリの事情

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』の著者であり、動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。第8回は、身近な鳥についての書き下ろしです。駅前で群れるうるさい鳥、ムクドリの話。 

 

ムクドリはなぜ市街地に居座るのか?

群れで騒々しく飛ぶムクドリも、1羽で食事中はさすがに静か

 ムクドリはしばしば、市街地にねぐらを作る。一方、この習性が人間との間に軋轢を生んでもいる。ねぐらの下は糞だらけになるからだ。
 また、ムクドリは集団で鳴きながら飛び回るので、かなりうるさい。知らなければ何事かと思うだろう。
もちろん、これは毎日やっていることで、別に天変地異を予知しているとかではない。
 また、昔は竹藪や林にねぐらを作ることが多かったと言われる。都市化に伴って竹藪や雑木林が伐採され、新たに見つけたねぐら、それが並木だったのだ。

 原宿駅から表参道を少し下ったところで、空中を旋回する雲のようなものを目撃したことがある。形は定まっていない。長く伸びたと思うと急に方向を変え、ボール状にまとまり、再び伸びてこちらに向かってくる。その間、鳴き声が重なりあってジュワンジュワンとビルの間に響く。
 ムクドリの群れだ。ムクドリは全長25センチほど、褐色の体で、頰と腰が白く、足と嘴はオレンジ色だ。ワンポイントは入っているものの、見た目だけで言えば地味な鳥である。尾が短くてずんぐりした体型と、飛んでいると三角形に見える翼も特徴。

 飛び回るムクドリは数百羽はいるだろうか。ムクドリは夜間、ねぐらに集まって眠るが、ねぐら入りの際に集団で飛び回ることがある。理由はよくわからないが、カラスなどもねぐら入りの際に大騒ぎをするので、周辺にいる仲間に「ここに集まれ」と促しているのかもしれない。
 集団でいる方が警戒能力が上がるし、万が一フクロウのような外敵が来たとしても、大集団になっていれば自分は助かるかもしれない。となれば、なるべく多くの仲間を集めたいだろう。

 やがて、ムクドリは表参道沿いの並木にザアッと舞い降り、そこに鈴なりに止まった。どうやらここが彼らのねぐらのようだ。
 市街地のねぐらとして目立つのが駅前ロータリーだ。単に目につきやすいということもあるが、実際に多いように思う。それなりに広い空間で木が生えているというのも理由だろうが、もう一つ、人間の近くの方が外敵が来なくて安全、という理由も考えられる。

 検証しにくいのだが、スズメやツバメがわざわざ人間の近くに営巣するように、人間をガードマン代わりにしているのではないか? という鳥は、時々いる。
 さらに言えば、線路や幹線道路は空からも見つけやすいはずだ。となると、ムクドリにとって集まりやすい場所ということもあり得る。経験からの印象だが、カラスのねぐらも大きな線路の近くなど、辿っていけば到着する目印の近くにある場合が少なくない。

 目撃したのは冬の日だったが、冬に集まるムクドリの群れには、その年生まれの若鳥がたくさんいる。鳥にとって最初の試練は、生まれた年の冬だ。経験が浅いまま、気候も餌条件も厳しい季節を迎える。
 春になると群れが消えるのは繁殖のために散ってゆくからという理由もあるが、もうひとつ、春までに死んでしまう個体が多いのも理由である。

 

熾烈な世界を生き抜くために

熾烈な巣穴争奪バトル

 さて、都市部で見かけるとはいえ、ムクドリは完全に都市化した鳥というわけではない。それは彼らが食べていくには地面が必要だからである。
 ムクドリは果実も食べるが、基本的には地上を歩いて昆虫を探している鳥だ。芝生、畑など、土があって草があって歩けるところがムクドリの居場所である。となると、ムクドリがいるなら近くに舗装されていない地面、つまり公園、河川敷、農耕地といった環境がある、ということだ。
 いってみればムクドリは緑地と土の指標なのである。表参道で見た集団にしても、すぐ近くに代々木公園と明治神宮という大緑地があればこそだろう。
 ムクドリは土のあるところに出勤しては、人混みの中で眠るために帰宅するのである。

 もう一つ、ムクドリの生存に必要なのが樹洞だ。彼らは木のウロに営巣する。キツツキのように自力で穴を掘るわけではないので、枝が枯れ落ちて穴が開いた木がないと繁殖できない。
 もちろん、都市部ではそんな木は滅多にない。そもそも大きな木が少ないし、大穴が開いて入ればセメントで埋めるか、倒れてくる前に根元から伐採だ。だが、ムクドリは換気口や戸袋の中など、人工的な洞穴を使うことを覚えた。
 というか、彼らにとっては「入り口があって中に入れる」ところならどこでも同じなのだろう。

 しかし、それでもムクドリの営巣場所は多いとはいえない。だから、ムクドリは巣穴の確保に必死になる。繁殖するのは春だが、そんな差し迫ってから巣を探すのでは間に合わない。カラスだと1月から縄張り争いが激化するが、ムクドリはそれどころではない。秋のうちから巣穴の取り合いが起こる。
 他のペアが見つけた巣穴を分捕ろうと他のムクドリが突っかかってくることもしばしばだ。時には空中で取っ組み合いが発生し、噛みつきあい、蹴飛ばしあいながらもつれあって落ちてくる時さえある。
 ムクドリはただ街路樹で騒いでいるだけの鳥ではない。
 彼らの暮らしも、なかなか熾烈である。

(本記事はWEB限定書き下ろしです)

 

『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』発売中

蛇蔵氏(『天地創造デザイン部』原作者)、驚愕! 
「待ってた! ヘンで終わらない、動物のワケがわかる本!」
発売たちまち重版!

じつは私たちは、動物のことをぜんぜん知らない――。私たちが無意識に抱いている生き物への偏見を取り払い、真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする彼らの生きざまを紹介。動物行動学者が綴る爆笑必至の科学エッセイ! 本書では、ベストセラー『カラスの教科書』の著者・松原始氏が動物行動学の視点から、 人が無意識に生き物に抱いている〈かわいい〉〈狂暴〉〈やさしい〉〈ずるい〉などのイメージを取り払い、真実の姿と生きざまを紹介します。 身近な生きものを見る目が変わるとともに、生物学の奥行きと面白さが感じられる一冊です。


『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』
著者:松原 始
発売日:2020年6月13日
価格:本体価格1500円(税別)
仕様:四六判288ページ
ISBNコード:9784635062947
詳細URL:https://www.yamakei.co.jp/products/2819062940.html

amazonで購入 楽天で購入


【著者略歴】
松原 始(まつばら・はじめ )
1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館 ・ 特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

プロフィール

松原始

1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館 ・ 特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?

動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。発売中の『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(山と溪谷社)の抜粋と書き下ろしによる連載です。

編集部おすすめ記事