コウモリは気ままに飛んでいるようで、じつは飛行能力が「戦闘機」並み

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『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』の著者であり、動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。第4回は、ヒラヒラと夜空を飛ぶコウモリの話。

コウモリの飛行能力は対昆虫特化戦闘機のようなもの

 

コウモリは鳥より弱いのか?

「鳥なき里のコウモリ」という言葉がある。まがい物でも本家がいなければデカい顔ができる、という意味だ。つまり、この言葉は「飛ぶのはやっぱり鳥、コウモリなんてしょせんは大したことないでしょ」という前提を置いている。
いや、その前提は明らかに不当ですから。

確かにコウモリは鳥ほどスイスイ飛んでいないように見える。だが、よく考えてほしい。そもそも人間はコウモリの飛ぶ姿をほとんど見ていない。夕方、人里近くを飛ぶアブラコウモリの影を目にするくらいだろう。

次に、そのコウモリの飛び方をじっくり見たことがあるだろうか。むやみにパタパタ、ヒラヒラと身を翻して忙しく飛んでいるが、あの動きを目で追うのは大変だ。飛行効率についてはちょっと疑問もあるが、アクロバティックな飛行能力という点ではケチのつけようがない。

実際、彼らは短い胴体を生かして、恐ろしく小さな半径で旋回できる。空中でスピンターンするような勢いで反転し、翼を畳んでクルリと回り込み、目まぐるしく高度を変える。片時も安定しない代わりに、獲物がどんな動きをしても必ず追いかけていけるような飛び方である。

ちなみに、現代のジェット戦闘機はわざと静的安定性のマージンを負にしている。つまり、姿勢が乱れたらどんどん乱れる方にいってしまい、自然に復元することがない。この、「手放しではまっすぐ飛ぶこともできない」不安定さを利用して機動性を上げているからだ(その代わり、フライトコンピュータの介入なしにはまっすぐ飛ぶのが難しい)。
してみると、コウモリのヒラヒラ・フラフラした飛び方は最新鋭の戦闘機と同じだ、という言い方もできるだろう。

コウモリが超音波を発し、その反射を聞いて昆虫を探すのはよく知られている。これは、「エコーロケーション(反響定位)」と呼ばれるが、コウモリの能力はそれだけにとどまらない。彼らは跳ね返ってくる音波の周波数変化から、獲物が接近しているか、遠ざかっているかを判断できる。反射の強さから獲物の大きさを判断し、「こいつは大物だから優先的に狙おう」といった判断もできる。

つまり、空中を監視し、相手の正体や動きを読んで狙いを定める、まるで戦闘機が装備するレーダーのような機能だ。

オヒキコウモリやウオクイコウモリは水面の引き波を探知し、水面直下を泳ぐ魚を足でつかんで飛び去る。こうなるともはや潜水艦を駆り立てる対潜哨戒機のようだ。視界の悪い夜間にやっていることを考えれば、コウモリの探知能力や飛行能力は驚異的である。最高速度や飛行高度では鳥にかなわないかもしれないが、「巧みに飛ぶ」という意味なら、決して鳥に負けていない。

コウモリは、夜の空の覇者

忘れてはいけない。羽ばたき飛行を身につけた脊椎動物は鳥とコウモリだけなのだ。無脊椎動物まで拡張しても、あとは昆虫だけである。

それに、コウモリは夜だけ飛ぶのでもない。オオコウモリは昼行性だ。まあ、多くの小型のコウモリが夜行性になったのは、彼らが進化しようとしていた時には昼間の空を既に鳥が支配していたからだが、逆に言えば、後発でありながら、鳥が征服できなかった夜の空を手に入れたのだ。

コウモリが空を飛ぶ動物として進化したのは、新生代になってからだろう。それまでは鳥と翼竜が空を飛んでいたが、中生代の終わりとともに翼竜が絶滅した。それから、鳥がさらに「空」というニッチを全て埋めるまでの間に、上手に割り込んだのだろう。

コウモリの進化の過程はまだわかっていないが、5200万年ほど前のコウモリの化石は、彼らが既に飛べたことを示している。ただし超音波を操る能力はなかったようで、夜行性にはなっていなかったようだ。鳥と競合しながら、次第に鳥のいない(ということは餌が競合せず、猛禽に襲われることもない)夜間に行動するよう進化していったのだろう。

昼間の空では、コウモリは速度に勝る猛禽に襲われる(実際、夕方になるとチゴハヤブサなどがコウモリを捕食することがある)かもしれないが、夜間なら敵はいない。そして、夜間に昆虫を捕らえられる鳥がヨタカや小型のフクロウだけだ、ということを考えれば、対昆虫用に特化したコウモリの戦略、そしてあの飛び方は決して間違いではない。

コウモリの仲間(翼手目)は1000種近くいて、その種数は全哺乳類の20%以上だ。ネズミについで種類が多い。空を飛んで、他の哺乳類が到達できない離島に分布することもできる(たとえばニュージーランド在来の哺乳類はコウモリだけだ)。これだけ大繁栄している生物を「しょせん鳥じゃないし」とあざけるのは、あまりに失礼というものだろう。

コウモリ1頭が真っ昼間に鳥と勝負しても勝てるとは限らないが、その能力は侮れないし、コウモリに有利な条件なら絶対負けない。そして、繁栄という点でも、負けてはいないのである。

(本記事は『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』からの抜粋です)

 

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ISBNコード:9784635062947
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【著者略歴】
松原 始(まつばら・はじめ )
1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館 ・ 特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

プロフィール

松原始

1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館 ・ 特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

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動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。発売中の『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(山と溪谷社)の抜粋と書き下ろしによる連載です。

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