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ブナが数年に一度、ドカンと大量の実を落とすワケ

カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?
たしなみ 2020年07月22日

『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』の著者であり、動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。第5回は、それぞれの生存戦略について。

樹木、ねずみ、人間…生き残り戦略もそれぞれ

 

数と運の生き残り戦略

「大量に産めば誰か残るよ」作戦は生物には普遍的なものである。
 例えば、毎年毎年、大量の実を落とすブナ。だからって雑木林がブナの若木で埋め尽くされているのは見たことがないはずだ。というのも、ブナが発芽するには、いくつものハードルがあるからである。

 まず、地面に落ちたブナの実は片っ端から動物に食われる。だいたいはネズミ、あとはイノシシなどだ。いや、落ちる前からゾウムシが産卵していて、殻の中で食べられていることも少なくない。あるいは腐ってしまう。その結果、多くの場合はその全てが食われるか腐るかしてしまい、発芽することさえできない。

 だが、数年に一度、大豊作がある。こういう時はネズミも食べ尽くすことができず、実が生き残って発芽するチャンスがある。というより、数年に一度ドカンと豊作にすることで、チャンスを作り出している、と言ったほうがいい。

 平常の結実数を低く抑えておくと、ネズミはそのレベルで食っていける数までしか増えられない。そうやってネズミの個体数を抑えておき、たまにネズミの食べる量を大きく上回る数の実を落とせば、間欠的にだが、ブナは発芽のチャンスを得られるのだ。
 こういう周期的な大豊作を「マスティング」といい、様々な植物に見られる。

 もっともブナの場合、発芽したとしても林床はササで覆われて光が届かない。光を浴びて大きく成長するチャンスは、ササが一斉開花して一斉枯死し、林床が明るくなる時だけだ。だが、光が不足したままヒョロヒョロの苗木として生き延びられるのはせいぜい数年。一方、ササが一斉枯死するチャンスは、数十年に一度しかない。

 つまり、マスティングの年に実り、かつそれから数年以内にササが枯れてくれた場合だけ、その実はブナの大樹に育つ可能性がある。そんな気長な、と思うが、ブナの寿命は400年くらいあるので、その間に何度か「子孫が残る年」があればいいのだろう。

強いは弱い、弱いは強い

 これは、少数の子どもを産んで大事に育てる霊長類には理解しがたい戦略である。だが、我々の子育てとは対極にある、「子育ての手間を最小限にし、代わりにとにかく大量に産む」戦略も有効であることは間違いない。

 日本人の慣れ親しんできた味……たらこ、いくら、しらす干し、めざし、これらは全て、食われるのを前提にものすごい数の子孫を産みまくる生物たちだ。だからこそ、卵や稚魚をごっそり食べてしまっても絶滅していないのである(ただし日本のサケについては、天然繁殖は激減している)。
 もっといえば、受粉が風まかせなイネだってそうである。彼らは「どれだけ食われようが、その後でまだ残っていれば負けてはいない」という戦い方で生き延びてきた。

 哺乳類では、ネズミがこの戦略だろう。
 哺乳類は母親が授乳する以上、子育ての投資をあまり削ることはできない。だが、ネズミは成長して成熟するのに要する時間を最小化した。一度に何頭もの子どもを産み、その子どもが数カ月で成長して繁殖できる、という文字通りの「ねずみ算」方式によって子孫を増やし続ける。それはもちろん、ありとあらゆる動物がネズミを餌とするからである。

 このように、一個体は非常に脆弱だが、どこにでも分布する上に個体数が極端に多い、よって地球上で繁栄している、といった生物もいる。逆に、それこそライオンやトラのような生態系の頂点に立つ動物たちは、餌となる動物が十分にいなければ生存できず、そのためには広大な環境が保全されていなければならず、何より最も手強い敵である人間に狙われやすいという、弱い立場に置かれている場合もある。

 一個体の強さと、生態系の中での安定性はまた別なのだ。
 というわけで、生物の場合、「強いは弱い」「弱いは強い」のようなアベコベな理屈も、成立しなくはない。決して1対1の決闘で勝てるチャンピオンだけが、生物として強いことにはならない。
 それこそが、この地球上にありとあらゆる生物が存在できている理由である。

(本記事は『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』からの抜粋です)

 

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著者:松原 始
発売日:2020年6月13日
価格:本体価格1500円(税別)
仕様:四六判288ページ
ISBNコード:9784635062947
詳細URL:https://www.yamakei.co.jp/products/2819062940.html

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【著者略歴】
松原 始(まつばら・はじめ )
1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館 ・ 特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

自然観察 知識・雑学
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