厄除け登山で山の神仏から元気をいただく! ~信仰の山で新型コロナ退散祈願&心と身体の免疫力UP~

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山岳ガイド&巡礼先達である太田昭彦ガイドの知識を通じて“新型コロナ退散を祈願し、心と身体の免疫力を上げる”新時代の登山スタイルを提唱する新連載。第1回目の今回は日本各地に数多ある「信仰の山」、その神仏のご利益を感じながら元気をいただく「厄除け登山」を紹介します。

文=鷲尾太輔

 

有形無形の様々な自粛で心身ともに疲弊している人々が多い2020年。新型コロナウイルス感染防止のための身体の免疫力だけでなく、この状況を乗り越える「心の免疫力向上」も重要です。

こんな時こそ訪れたいのが、古くから日本人の信仰の対象であった“山”。豊かな自然の中で身体を動かすだけでなく、山の神仏に新型コロナ退散を祈願しながら心にも元気をいただく…そんな登山が必要とされているのではないでしょうか。

登頂そのものを目的とする近代アルピニズム発祥より遥か昔から行われていた、信仰を目的とする登山。国土の約7割を山間部が占め、森羅万象に神を見出して来た日本人ならではの登山スタイルを見つめ直してみましょう。

 

古くからの信仰に根差した日本の山々

東京都の高尾山(薬王院)をはじめ、大阪府の金剛山(葛木神社)、福岡県の宝満山(竈門神社)など、日本各地の都市で「ホームマウンテン」として親しまれている山々には歴史ある寺社があり、古くから登山の対象とされてきました。

戸隠山・石鎚山・大峯奥駈道など修験道の行場であった山、恐山・立山・熊野三山など現世と来世の接点であった山、富士山・御嶽山・丹沢大山など人々が「講」と呼ばれる登山サークルを形成し集団で参詣した山など、山と信仰の関わりには様々な形があります。

薬王院有喜寺の寺域として豊かな自然が守られた高尾山


山に登るだけでも元気になれるものですが、せっかくなら山の神仏をお参りすることでもっと元気をいただきたいものですね。

そこで、本連載では、山と溪谷社から「ヤマケイ新書 山の神さま・仏さま 面白くてためになる山の神仏の話」を上辞し、山岳ガイドとしての活動だけでなく、四国石鎚神社公認先達・四国八十八ヶ所霊場会公認先達などの資格を持ち、信仰の山や道を歩く人々の語り部としても活躍している太田昭彦さんの手引きで「信仰の山」から、厄除け登山の基本を学んでいきます。

 

出羽三山 ~開祖は人々の苦しみを除いた皇族~

開山は6世紀末に遡ると言われる出羽三山(羽黒山・月山・湯殿山)。開祖である蜂子皇子(はちこのおうじ)は、聖徳太子の従兄であり、高貴な方による歴史的開山であることが窺えます。人々の苦しみを「能(よ)く取り除いた」ことから能除太子(のうじょたいし)とも呼ばれる蜂子皇子、その蜂子皇子をこの地に導いたのが大烏であったことから、「羽黒山」の名が付けられました。

出羽三山のうち、一般的に登山の対象として著名なのは「日本百名山」の月山ですが、羽黒山は「現在」、月山は「過去」、湯殿山は「未来」を表わしており、三山すべてを巡ることでよりご利益の深い山旅となります。

明治の神仏分離令により現在は神社となっている出羽三山ですが、もともとは仏教色の強い神仏習合の山。そして仏教とは、今も昔も心の病院なのです。歩きながら、少しずつ、今まで抱えていた不安や不満を捨てて行きましょう。

まず各神社の前では二礼二拍手一礼でお参りをします。その際は2拍手の後に名前と住所を告げて、お願いごとをしましょう。「お陰さまで新型コロナウイルスを避けられています」という感謝の気持ちを伝えるもの良いでしょう。最後にそれを聞き入れて下さったお礼に一礼します。

羽黒山で「現世」の利益を叶え、月山で「死とよみがえり修行」をし、湯殿山で「再生する」というのが一連の修行の流れ。まずは羽黒山へ向かいましょう。

杉の巨木に囲まれた五重塔は、お釈迦さまのお骨を納める仏舎利塔が起源。さらに2,446段の石段を登り山頂に到着すると、三山すべての神仏を拝める三神合祭殿が現れます。

羽黒山に祀られているのは、ふたつの神様です。鎮守の神として知られ、私たちが生まれた土地のみならず、私たちが生まれる前から死んだ後までも守護して下さるイデハノカミ(伊氏波神・産土神)と、豊作を願い、食を司るウカノミタマノカミ(宇迦之御魂命・穀物神)です。

羽黒山では、「現世利益」をこのふたつの神様に感謝しましょう。現在は新型コロナウイルスという見えない敵に向き合っていますが、この世に産まれ、毎日食を受け、今まで無事に過ごしてこられたこと自体が大変ありがたいことなのです。

またこれまでの人生ではイデハノカミ・ウカノミタマノカミと同様の役割を、おそらくご両親が果たしてくれたのではないでしょうか。健やかな生育を支えてくれたご両親への感謝も、忘れずにしたいものです。

羽黒山の五重塔


美しい姿から祖先の霊が鎮まる「過去」の山・月山。羽黒山から月山へは、「この世」から「あの世」への道を辿ります。多少の苦しい登りはありますが、可憐な花々や鮮やかな紅葉など四季折々の自然が織り成す美しい風景を愛でながらの道のり。それぞれの人生で出会った美しい風景や楽しかった風景を思い起こしながら歩くのも良いでしょう。

そして辿り着いた月山は「あの世」。そんな月山にお住まいの神様が、夜の神であるツクヨミノミコト(月読命)です。月の満ち欠けを数え、月日の経過を読むこの神様は、私たちの祖先が農作業の目安を決めるためにも重要な存在でした。

ツクヨミノミコトが支配する暗闇の世界では、余計なことは何も考えず、リラックスして過ごすのがおすすめ。明日の朝になれば、太陽神でもあるアマテラスオオミカミ(天照大神)が迎えに来てくれるでしょう。

登山道の傍にはお地蔵様の姿も見られます。実はこのお地蔵様は菩薩という、如来に次ぐ高位の仏さま。衆生を救いたいという初心を忘れないようにとの思いから、あえてお地蔵様という素朴な姿で登山者を見守っているのです。お地蔵様に出会ったら、「南無地蔵菩薩(なむじぞうぼさつ)」と合掌して3回お唱えするのが作法だそう。「お地蔵様に全てお任せします。どうぞよろしくお願いいたします」という意味があります。

口に出して唱えるのは、始めは恥ずかしいかも知れませんので、心の中で唱えても良いでしょう。

月山から望む湯殿山


月山から湯殿山神社に向かう縦走路にはハシゴや鎖も設けられた月光坂など、修行の道ならではの難所もあります。この道は未来へ至る道、歩きながら過去の反省を行い、足元をしっかり見つめて、未来へ向かって進みましょう。「語るなかれ、聞くなかれ」と称される湯殿山のご神体の詳細はここには記しませんが、こんこんと湯の湧き出る様子は、新しい生命の誕生を表す「未来の山」にふさわしいものです。

湯殿山神社に祀られている神さまは、オオヤマツミノカミ(大山祇神)、オオクニヌシノカミ(大国主神)、スクナビコナノカミ(少彦名命)です。オオヤマツミノカミはその名の通り山の神さまで、出羽三山巡りを守護して下さった存在でもあり、その山旅の終着点で歓迎してくれることでしょう。さらに日本の建国に力を発揮されたオオクニヌシノカミとスクナビコナノカミが、今度は訪れた者の今後の人生を創り上げる力を貸してくださるに違いありません。

「withコロナ」の世の中で、悩んでいる人や迷っている人にとっても、出羽三山での現在・過去・未来の「三世」を乗り越えるよみがえりの山旅は、きっと新たなエネルギーを与えてくれる糧になることでしょう。

 

吉野山 ~山岳修験と蔵王権現の聖地で健脚と悪魔・煩悩粉砕を祈願~

世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の北端に位置する吉野山。中心となる金峯山寺は修験道の開祖・役行者(えんのぎょうじゃ)によって開基され、山岳修験発祥の地と言われています。役行者は、7世紀に「日本三霊山」をはじめとする全国の山々に足を運び、厳しい修行を行った“超健脚”の人物。私たちも末長く健脚でいられるよう、役行者に祈願しましょう。前述の通り、お願いごとをする時は、合掌して名前と住所を告げるのが基本の作法です。


現在は「一目千本」と称される桜が有名ですが、そのきっかけも実は役行者なのです。金峯山寺の本尊である蔵王権現を、役行者が桜の木に刻んだことから、桜がご神木となり、蔵王権現を信仰する人々からの数多くの献木によって、桜の名所が生まれたのです。

蔵王権現は悪魔や煩悩を粉砕する力を持つ仏さま。悪魔とは人々を苦しめるもの、今でいえば新型コロナウイルスもその一つでしょう。また、それによって生じる不安や悩みも悪魔であり、煩悩と言えるのです。

新型コロナウイルスに思い煩うことなく毎日を過ごせるよう、蔵王権現にも出羽三山と同じように合掌して、「南無蔵王権現」と3回お唱えしましょう。「どうぞ、新型コロナウイルスからお守り下さい」という気持を込めて。

桜の名所・吉野山

桜に目を奪われがちですが、吉野山には杉の美林も多く広がっています。通常こうした山はご神域とされ、木々の伐採は山中にある寺社の造営など限られた目的以外は禁止されているものです。ところが16世紀に入り、寺社や城郭の建設が増えると、吉野山の森林資源が必要とされました。

古来の天然林が伐採され、植樹した人工林をさらに育て、新たな木材へと活用する…この植林と育林の技術が、高品質な木材を産出する美しい森の景観を創り上げたのです。

もちろん吉野の人々はただ伐採に明け暮れていた訳ではありません。神仏として敬う山々の修行の場である稜線上には天然林を残し、収入をもたらしてくれる人工林も有難い存在として祠を設け、祭事を行ってきました。

人々が山に神の存在を感じるようになったのは縄文時代初期の頃と推測されます。竪穴式住居の建材になった木や藁、清冽な沢水や狩猟採集によって得られる魚・動物・木の実などの食糧、生きていくのに必要なものを与えてくれる存在が山でした。

山の恵みは神さまからの授かり物、採りすぎることなく感謝の気持ちを大切に…吉野山の森はこうした日本ならではの山と人々との関わりを今に伝える貴重な景観なのです。

吉野杉の森

 

立山 ~日本三霊山のひとつで“くたべ”に疫病退散を祈る~

最後にご紹介するのが、富士山・白山と並んで「日本三霊山」に数えられる立山。連峰のひとつである雄山の山頂は今も神域とされ、雄山神社峰本社が建っています。

ご祭神は、イザナギ(伊邪那岐)と、アメノタヂカラオ(天手力雄神)。イザナギはアマテラスオオミカミ(天照大神)やスサノオの父神で、日本の国産みを行った神様、アメノタヂカラオはアマテラスオオミカミが「天の岩屋戸」に隠れてしまった時に、岩戸を戸隠山まで投げ飛ばして彼女を引っ張り出した力自慢の神様。雄山はそんな貴い2神が祀られているパワースポットなのです。

仏の名を唱える「称名」の名が付けられた落差日本一の滝・称名滝や、阿弥陀如来の存在を感じる美しい湿原・弥陀ヶ原など、信仰に由来する様々な名所が点在する立山ですが、その特色が際立つのが室堂近くにある「地獄谷」です。現在でも有毒な火山ガスが噴出する荒涼とした風景は、まさに地獄。その恐ろしい世界を垣間見た後に訪れる山々は、まさに神仏の座する癒しの場です。

立山には信仰に由来する名所が点在する

疫病退散の妖怪として、今、一躍脚光を浴びているのが“アマビエ”ですが、ここ立山で注目したい存在が“くたべ”、立山が位置する富山県ゆかりの妖怪です。富山の売薬で知られるように、古くから製薬業が盛んだったこの地域で、立山で薬草を採取する人々の前に現れたとの伝承が残されている“くたべ”は、顔が人で体が獣という霊獣で、「これから原因不明の難病が流行するが、我が姿を見た者だけが助かる。我が姿を絵にしたものを見れば難を逃れるであろう」と話したとされています。

立山登山の際には、心の中で薬草を採って、立山の雄山神社峰本社で「くたべさま、疫病が退散しますよう、どうぞよろしくお願いします」と祈願してみましょう。

もちろん“くたべ”にお願いごとをする前には、イザナギとアメノタヂカラオが座する峰に登拝できた感謝を忘れずにいたいものです。

雄山に登ることができなければ、室堂ターミナルでも“くたべ”の絵を見ることができます。また、雪深い冬は室堂までは行けません。山麓の岩峅寺や芦峅寺の雄山神社で遥拝しても、疫病退散のご利益があるでしょう。

「withコロナ」時代の不安を“くたべ”に預けて、少しでも心を軽くして毎日を過ごしたい、という願いは誰もが同じ。もちろん、ただお願いするだけでなく、お願いしたからには、自らも新型コロナウイルスに罹らない・伝染さないという心がけが大切であるということは言うまでもありません。

立山室堂ターミナルにも掲示されている「くたべ」

 

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先日、太田さんが立山縦走の際に宿泊した剱御前小舎では、食事の際に「私語は謹んで下さい」と書かれていたそうです。山小屋で出逢う同好の仲間と話ができないのは、少し寂しいけれども、しゃべらない静かな食事は、禅の修行のようで新鮮だったようです。

神仏の知識が多いほど楽しめる日本の山

今回は厄除け登山にオススメの3つの山域をご紹介しましたが、日本中の山々が山岳信仰の対象になっています。それぞれの山にいらっしゃる神仏の知識を得て、登山を通してこれらの神さま・仏さまとの出会いを重ねていくことで、「元気」というご利益をより多く授かることができるのではないでしょうか。

新型コロナウイルスをはじめ、ストレスの多い日常の中で「気」が枯れると、心の免疫力低下すなわち「穢れ(気枯れ)」の状態に陥りがちです。それを「元の気」に戻し、元気にしてくれるのが、山の神仏なのです。

それぞれの山の神仏とその力やご利益を知ってから臨むことで、これからの登山が厄除けや心の免疫力向上にもつながるよう、この連載を楽しんでいただければ幸いです。

 

ヤマケイ新書
山の神さま・仏さま 面白くてためになる山の神仏の話

山登りがもっと楽しくなる「山と神仏」の雑学集。人気登山ガイド、太田昭彦さんによる「山と神仏」にまつわる書き下ろしエッセイ。山に関連する神様の話や、登山道で見かける宗教遺跡の謎、山麓に伝わる伝説などについて、わかりやすい語り口で解説。

発売日:2016年2月19日
価格:本体800円+税
ISBN:9784635510110
体裁:新書判・240ページ

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プロフィール

太田昭彦

高校ワンダーフォーゲル部時代に登山の魅力に目覚め、社会人山岳会で経験を積み、旅行業から山岳ガイドに転身。また、20歳の時に高野山で十善戒を授かってから神仏とのご縁が少しずつ深まり、42歳で巡礼先達の道を歩み始める。登山教室「歩きにすと倶楽部」を主宰して登山者に安全で正しい登山知識・技術を伝達しつつ、地元埼玉の秩父三十四観音霊場をはじめとする巡礼の道を歩く人々を先導する「語り部」としても活躍中。著書に『ヤマケイ新書 山の神さま・仏さま 面白くてためになる山の神仏の話』(山と溪谷社)ほか。

(公社)日本山岳ガイド協会認定山岳ガイド・埼玉山岳ガイド協会会長・四国石鎚神社公認先達・四国八十八ヶ所霊場会公認先達・秩父三十四ヶ所公認先達。
https://www.facebook.com/alkinistclub

山の神さま・仏さまに元気をいただく新時代の登山

山岳ガイド&巡礼先達である太田昭彦ガイドの知識を通じて“新型コロナウイルス退散を祈願し、心と身体の免疫力を上げる”新時代の登山スタイルを提唱する連載。

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