ネットでみかける“スゴイ”登山記録。あなたは、どう感じますか?

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リツさんからの質問!

質問:これから登山を再開しようとする者です。登山のコミュニティサイトで登山記録を見ていたら、「単独」「冬山」「テント泊」「夜間出発」「長時間行動」、さらには、しっかりとした「登山届」は出してないようなことが書かれている記録を見ました。

その登山記録にコメントをしている人たちも似たようなスタイルで、雪訓をしてないのに冬のアルプスの森林限界上に出たり、アイゼンを忘れても行けるところまで登ったりと、部活なら先輩にドヤされて、反省会で吊るし上げられそうな記録が載っていました。コメント欄では誰もツッコミを入れず、逆に、お互いを「スゴイですね」と褒め合って、盛り上がっています。

「この調子だと、いつか大事故が起こりますよ」と苦言したいけど、私もブランクがあり、現役でバリバリに登っているわけでなく、そこまでする間柄でもないので、もやもやしています。私は頭が固い古い人間で、今の人はこんなものなのでしょうか? 今思うと部活で叱ってくれた先輩たちは厳しいけど愛があって、SNSは無責任なやさしい他人だなと、思ってしまいました。

 

「冬山」は、雪が登山道や指導標、ペンキのマーキングなど全てを覆い尽くし、ルートは自ら切り拓き、ラッセルして、寒気に耐え・・・必ず一定の訓練を受け、自分自身で多くの判断ができる者が挑むべき登山だとされてきました。さらに「単独」「テント泊」となると、経験や体力も相応に必要となります。

こういった登山記録を発表している登山者は、よほど普段から鍛錬して、登山技術をシッカリ習得している人達ばかりなのでしょうか? どうみても、そうは思えない。これって危なくないの? これが質問された方の心配のようです。それに、一歩も二歩も厳しそうな登山を、いとも簡単に行けたように書くのって、マズクないですか? そんな気持ちも垣間見えます。数ある登山記録のなかでも、ついつい、こんな“スゴイ”記録に目がいってしまいます。

まず、これらの登山記録は、「幸運にも、うまくいった登山の報告」と考えるべきでしょう。そして、コメントをする人も、この幸運なる挑戦者に「スゴイね!」と拍手を送る。コミュニティサイトでは、そういったやり取りがありがちです。

 

“登山の常識”なんて過去のものに!?

リツさんは、無茶・無謀な登山や、基礎的な訓練も受けていないのに冬山に向かうなどの行動に対しては、「先輩にドヤされ」「反省会で吊るしあげられる」世代の方のようですから、指導者として先輩がいて、丁寧に登山の基本を教わったのだろうと想像します。ズバリ申し上げて、その時代に培われた“登山の常識”は大きく変わったどころか、“登山の常識”なんて言葉は、なくなったに等しいのが現在の日本の登山界です。

「夜間出発」「長時間行動」について、かつては「早出・早着」が常識で、夜明けには歩き出して、宿泊地には午後3時には到着する。そうすれば少々のトラブルがあっても日没までには安全な場所まで行けて、雷なども避けやすいと考えました。だから、突拍子もない時間に行動するのは、何らかのトラブルに見舞われた登山者だったわけです。もちろん、登攀活動などでは深夜出発もありましたが、それは、例外でした。

登山記録を見ていると森林限界を越えた本格的な雪山に、「雪景色を見たい」くらいの気持ちでリフトを乗り継ぎ、見上げると登山者がたくさんいたのでチェーンスパイクで山頂までいってしまった・・・なんて記録もあります。本格的な雪山にワカン一つ持たず、ほかの登山者が苦労して付けたトレースをラッセルドロボウして、「〇〇岳は週末にはトレースがあり、夏より楽に登頂できました」なんて報告を平気で載せています。

 

雪山で起こる事故や遭難

現在、アイゼンもピッケルも登山用具店に行けば誰でも購入できるわけですが(昔は高級品の位置づけで、簡単には買えませんでした。初任給が3万円程度の時代にピッケルは2万円弱した記憶があります)、装着するのも当日が初めて“みようみまねの雪山登山者”が、八ヶ岳・赤岳などで、危険とも思わずに登頂していることがあります。実際、晴れた日に雪山を登り、山小屋に宿泊したときのこと。翌朝は吹雪になったのですが、同じく宿泊していた登山者に、降りられないから一緒に連れて帰ってほしいと頼まれたこともあります。

それで事故はないのか? 当然、あります。天候の急変。気温の変化や風などで時々刻々変化する雪質。厳しい雪山の姿に直面したときには、引き返すこともできない事態になっている・・・なんてこともあります。逆に、こんな失敗談は、登山記録には出てこないのではないでしょうか。

事故や遭難の原因は様々ですが、装備面でも、技術面でも備えはしっかりしておくべきです。

★厳冬期における標高の高い山岳地帯での必携装備を確認 島崎三歩の「山岳通信」 第136号

 

 

冷静な目で判断しよう

リツさんが、現役で登山をしていた時代は、おそらく、登山の常識を教える場所が無数にあったはずです。職場にも、学校にも、地域にも、規模の大小、歴史の長さに差はあっても「山岳グループ」がありました。登山を始めようとする者がいれば、その目指す山に合わせて、装備の購入から、無理のない計画の立て方、山の様子などを教えてくれる先輩がいました。そして、経験の浅い新米登山者を、時には「反省会で吊るし上げてくれる仲間」がいたのです。これらが、短時間のうちに登山界から衰退していきました・・・。

雪山や岩登りの技術を教えらせる先輩も存在していました。まず基礎を習い、そして、自分なりの学習で改良を加え、自分の登山技術としてきました。それは、そんな昔のことではありません。

かつてはなかった、無茶な登山の報告を称賛し合うこと。過激であればあるほど、ヒートアップしてしまうやり取り。コミュニティサイトの負の一面だと感じます。

そういった登山記録ばかりではないですが、現在は、沢山の登山記録がネット上で簡単に閲覧できるようになっています。そういった情報を参考にするのか、しないのか。参考にするのであれば、どう活用するのか。 冷静な目で判断していただければと思います。

プロフィール

山田 哲哉

1954年東京都生まれ。小学5年より、奥多摩、大菩薩、奥秩父を中心に、登山を続け、専業の山岳ガイドとして活動。現在は山岳ガイド「風の谷」主宰。海外登山の経験も豊富。 著書に『奥多摩、山、谷、峠そして人』『縦走登山』(山と溪谷社)、『山は真剣勝負』(東京新聞出版局)など多数。
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