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甘利山、お前もしか・・・。ニホンジカによる食害で変わる植生の原因は人類の行動

髙橋 修の「山に生きる花・植物たち」
たしなみ 2020年09月11日

山梨県の甘利山は初夏のレンゲツツジが有名だが、それ以外にも多くの花が咲くことで知られる。しかし最近は、その花数を減らしつつあるという。その原因は・・・、鹿の食害である。

 

甘利山は山梨県の南アルプス前衛峰のひとつで、初夏にはレンゲツツジが咲き乱れ、花の名山としても知られる山だ。

この山に最初に登ったのは10年前の夏。その時はハクサンフウロなどの高山植物と、タマガワホトトギスなど山の植物が程よく草原に混じっており、花の種類が多いすばらしい山だった。ずっと再訪したかったのだが、なかなかチャンスがなく、やっと今年になって、その思い出を胸に甘利山をまた目指すことになった。

花の名山としても知られる甘利山を目指す。山頂の先に富士山を望む


今年は酷暑の夏だったが、甘利山は山頂近くの標高1600m地点までタクシーで上がることができるので、下界に比べ10度近く気温が低い。甲府盆地が35度でも、甘利山の登山口の気温は27度程度で、歩き始める前に、涼しさを体感できた。山はいいなぁ。

歩き始めて、周りを見ながら気が付いた。え・・・あれ? 花が少ない。いやな予感がした。以前は駐車場の周りにも花がいっぱい咲いていたのだが、今年はマルバダケブキの花だけが咲いている。

大きく美しいマルバダケブキの花


マルバダケブキといえば、野生のニホンジカが食べない植物として知られている。ほかの植物がニホンジカに食べつくされているような場所に残るのは、このマルバダケブキとレンゲツツジなどのツツジ類、フタリシズカ、バイケイソウである。

猛毒として有名なトリカブトでさえ、ニホンジカは食べてしまうのに、なぜかこれらの植物は食べないで残す。ササの仲間もあまり食べないようだ。ニホンジカが増えすぎた場所には、これらの植物ばかりになる。以前紹介した、伊吹山もニホンジカの食害が激しい山だ。伊吹山頂付近の鹿避けネットで守られていない場所でははげ山になっていたが、甘利山でも同じような感じを受けてしまった。

★シカたがないと言っていられない! 伊吹山の現在の姿から考える、鹿の食害と鹿柵・駆除

いやな予感は当たってしまった。林床には下草はなく、草地は刈られたよう、ササは残っている。周りを見回すと、レンゲツツジの葉ばかりであった。以前は数多く生えていたタマガワホトトギスも、頑丈な金網に守られてわずかに残っているだけだった。

防鹿ネットの内側には、ヤマハハコやコオニユリが咲いたいたが・・・


しばらく歩くと、あちこちに鹿柵が現れた。鹿柵の中を覗き込むと、そこには数年前に見たのと同じ、ヤマハハコやハクサンフウロなど、たくさんの花が咲く光景があった。2mはあるような高い鹿柵は目の細かいネットで覆われ、目の前をちらちらしてよく花が見えない。写真を撮るにしても、どうしても網が写り込む。植物から切り離されたような気になり、疎外感を感じてしまう。

もちろん、こうしないとすべての植物が食べられてしまうのだから仕方がないことはわかっている。とはいえ、もう少し植物に近寄ってみたいものである。もちろん、鹿柵を付けて保護している側は、仕方なくやっているので悪いわけではなく、ニホンジカも生きるためにやっているので悪いわけではない。ニホンジカが増え、このような場所に集中してしまうのは、日本人がニホンジカの天敵であるニホンオオカミを絶滅させ、ニホンジカの餌場であった草原や広葉樹林帯の山にもニホンジカが食べられないスギやヒノキを植林し、ニホンジカの餌場の草地や広葉樹林を減らしてしまった、猟師が減った、温暖化によって冬季の積雪が減った、などの人類の行動によるものが大きい。

甘利山の鹿柵越しに見る花たちに疎外感を感じてしまう・・・


山全体から見ると、わずかな面積の柵の中でしか特定の植物は生き残ることができないという状況になっている。そうなると少ない個体数の植物しか生き残ることはできない。植物は単体で生きているのではない。花蜜や花粉を求めてやってくる、昆虫が花粉を運んでくれないと受粉できないのだ。花は色々な色と形である。それぞれの花はチョウ専門だったり、ハチ専門だったり、ハエでもハナアブなどが好む花だったり、花と昆虫は強く結びついている。それぞれの花に別の昆虫が訪花するのだ。

例えばハチも花の大きさに合わせて何種類もいて、それぞれハチの体の大きさに合わせた花を選んで花を訪れる。だから特定の花が、春から秋まで咲く花が、何か一種減ってしまうだけでも、それに依存してきた昆虫は絶滅してしまうということになりかねない。植物だけの問題ではなく、生態系全体の大きな問題になっていく。

甘利山にはニホンジカに食べられないマルバダケブキがたくさん生えており、奥甘利山近くでは群落になっていた。マルバダケブキの頭花は直径8cmもある大きなもので、花畑になっていれば、それはとても美しい。しかし、この美しさは、豊かで複雑な自然の姿ではなく、ある意味の人工的な美で、自然が豊かでない証拠である。一見美しいマルバダケブキの花畑。ぱっと見の美しさに騙されてはいけない。自然を見るときは気を付けて見よう。

マルバダケブキの花畑はきれいではあるが・・・


それでも、甘利山と奥甘利山の山頂は涼しい風が吹いて気持ちよかった。ササに隠れるようにカワラナデシコも咲いている。山はいいなあ。

隠れるように咲いていたカワラナデシコ

 

日本の山 自然観察 高山植物
教えてくれた人

髙橋 修

自然・植物写真家。子どものころに『アーサーランサム全集(ツバメ号とアマゾン号など)』(岩波書店)を読んで自然観察に興味を持つ。中学入学のお祝いにニコンの双眼鏡を買ってもらい、野鳥観察にのめりこむ。大学卒業後は山岳専門旅行会社、海専門旅行会社を経て、フリーカメラマンとして活動。山岳写真から、植物写真に目覚め、植物写真家の木原浩氏に師事。植物だけでなく、世界史・文化・お土産・おいしいものまで幅広い知識を持つ。

⇒髙橋修さんのブログ『サラノキの森』

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