「山で死んではいけない」。山岳遭難統計から考える事故を少しでも減らす取り組み

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ここ2回ほどは、遠くから眺める山々のことや、自然環境も含めての恩恵に感謝したいということを書きましたが、今回は警察庁から発表される遭難事故統計の話題です。近年は「前年を上回った」とか、「統計開始以来最多を記録した」という状況が続いて来ましたが、この9月10日に発表された今年の夏期の概況も、6月に公表された令和元年の年間統計も、いずれも前年対比マイナスとなったのです。

 

コロナ禍で登山者は減少しているが、天候の急変なども含めて山のリスクは変わらない(北アルプス 白馬岳 2020年8月)


この9月10日、警察庁から「令和2年夏期における山岳遭難の概況」が発表されました。少し前になりますが、6月18日には「令和元年における山岳遭難の概況」も公表されています。 Webサイトで公開されていますので、数年前まで遡って知ることもできますが、みなさんは、こうした統計をご覧になったことはありますか。

「夏期」というのは7~8月の2か月間なので、今年の場合は、コロナ禍による登山状況の変化も影響している可能性はありますが、発生件数470件(前年対比-136件)、遭難者541人(-128人)、うち死者・行方不明者47人(-7人)と、過去5年間で最も少なくなりました。都道府県別では長野県が47件、次いで北海道と富山県が40件、東京都が24件とのことです。

令和元年の1年間では、発生件数2531件(対前年比-130件)、遭難者2937人(-192人)、うち死亡・行方不明者299人(-43人)、負傷者1189人(-12人)、無事救助1449人(-137人)と、いずれも前年を下回りました。こちらはコロナの影響が現れる前のことですから、遭難防止啓発活動の成果や、私たち登山者の意識向上を反映した数字かも知れません。

どうして減少傾向に結びつけることができたのかは、私自身も今後も勉強していきたいと思っていますが、この統計には発生件数や遭難者数の推移、都道府県別の状況、目的別、態様(原因)別、年齢層別、単独登山者の遭難状況、通信手段の使用状況などのデータに加えて、「山岳遭難防止対策」として、私たちが日頃から気をつけなければならない留意点なども細かく記されていますので、ぜひご覧ください。

★山岳遭難・水難 警察庁Webサイト

詳細な統計数字や年度ごとの変遷などは、上記のリンク先をご覧いただくとして、今回は私自身が、そうした統計をもとに、どう考え、メディアの立場からどう動いてきたのかの話をさせてください。

例えば、もう20年前のことになりますが、『山と溪谷』編集長をさせてもらっていた世紀の変わり目の2000年には、1月号で「安全登山宣言」という特集を世に問いました。当時、遭難件数が1000件を超えてしまったことを受けての異例の企画でした。巻頭の宣言文を記したのは当時の勝峰富雄副編集長でしたが、一部を引用しますと、このような文章でした。

「山で、事故は起こしたくない。事故を起こそうとして起こす人はいないはず。不幸な事態は、予想を超えたところからやってくるのか。たしかに、避けられない事故もあるでしょう。しかし、ちょっとした知識や技術で防げたはずの事故が、あまりにも多く発生しています。いうまでもなく、登山、そして山岳の魅力ははかり知れません。より多くの人に、その感動、喜びを味わってもらいたい。来るべき世紀のあなたの山登りを、もっと楽しく、もっと安全にするために、20世紀最後の年を『安全登山元年』にしましょう」

遭難件数が1000件を超えるなか、『山と溪谷』2000年1月号では、異例の「安全登山宣言」を特集した


しかし、残念ながらその後も遭難は減らず、発生件数も毎年約1300件という状況が続くなか、2005年には『山で死んではいけない』というタイトルの雑誌を創刊しました。この雑誌は全国各地で山岳遭難救助に携わる方々や、この方面の研究者、執筆者の方々のご協力のもと、数年おきに3回発行しました。

『山で死んではいけない』は、不定期刊行ではあったが遭難防止を啓発し続けた。『登山白書』でも、この言葉を副題とした


私自身の気持ちも、「安全登山宣言」を出した頃とは少し変化していました。2001年秋、学生時代に社会人山岳会に入会してから、ずっと山に導き続けてくれた先輩が、単独で沢に出かけたまま行方不明となってしまったのです。「下山連絡がないため、会で捜索に入ります」と地元の警察に一報すると、さっそくヘリを飛ばし、岩盤上に流れ着いたザックらしきものを上空から発見してくれました。

しかし、地域の遭対協の方々の支援を受け、入渓して遡下降を繰り返すものの、手掛かりは全く見つけられません。翌朝、アクアラング隊の方々が駆けつけてくれて、やっと釜の底に沈んでいた先輩と対面することができたのです。見ず知らずの一人の命のために、こんなに沢山の方々が力を尽くしてくれるんだ・・・。「山で死んではいけない」は、真に実感をともなった言葉となりました。

その後、発生件数は2000件を超えるようになってしまいました。2015年から刊行を続けた『登山白書』も、遭難事故統計を柱として構成し、「山で死んではいけない」という言葉も副題としてお伝えして来ました。

「増え続ける一方の遭難事故を少しでも減らしたい」。山と溪谷社を退職した今も、その思いで関連の活動や勉強は続けており、今、現在は筑波大学生命環境科学研究科山岳科学学位プログラム(修士課程)に所属し、遭難防止のための研究をしています。

少子化が進むなか、人々が自然に触れ合う機会・経験を増やすことは、自然豊かな日本の将来の持続可能社会の形成に大きく結びつきます。そして、それを可能とするような安全確実な山岳余暇活動を普及していくことが、山岳国・日本の喫緊の課題です。そのためには、山岳遭難の発生原因の詳細な分析評価が必須ですが、これまでは、そのような体系だった研究事例はありませんでした。

そこで、山岳地域での遭難発生に関する大規模なアンケートをとり、最新の統計解析手法を用いて分析し、登山をなさる方々の行動や意識などを知ることで、防止策の立案につなげていければと思っています。

また、次世代の山岳余暇活動も見据えて、成長期の自然体験との関係や、登山と心身の健康との関係、本年拡大したコロナ禍により登山がどう変化していくかなども加えて、調査をさせていただいています。

宜しければ、ぜひ、このアンケートへのご協力もお願いいたします。ご回答いただきました結果は、私の修士論文研究(指導教員: 筑波大学生命環境系・山岳科学センター菅平高原実験所 津田吉晃准教授)などに活用させていただきます。

★山岳地域を訪れる方々の背景を理解するためのアンケート

 

プロフィール

久保田 賢次

元『山と溪谷』編集長、ヤマケイ登山総合研究所所長。山と渓谷社在職中は雑誌、書籍、登山教室、登山白書など、さまざまな業務に従事。
現在は筑波大学山岳科学学位プログラム終了。日本山岳救助機構研究主幹、AUTHENTIC JAPAN(ココヘリ)アドバイザー、全国山の日協議会理事なども務め、各方面で安全確実登山の啓発や、登山の魅力を伝える活動を行っている。

どうしたら山で事故に遭うリスクを軽減できるか――

山岳遭難事故の発生件数は減る様子を見せない。「どうしたら事故に遭うリスクを軽減できるか」、さまざまな角度から安全登山を見てきた久保田賢次氏は、自身の反省、山で出会った危なげな人やエピソード、登山界の世相やトピックを題材に、遭難防止について呼びかける。

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