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登山を長く続けるためにできる、捻挫の予防と対処法。整形外科専門医、柴田俊一先生に聞く<前編>

登山の「専門医」に聴く怪我の治療・予防の今
基礎知識 2020年10月20日

登山は健康に良いからと言って始める・続ける人は多いが、その一方で怪我のリスクは常に伴うものだ。また、登山で膝や腰を故障する例もある。身体に悪影響なく登山を続けられるには、どうしたらよいか。そんな改題を解決すべく、長野県松本市の相澤病院で、整形外科専門医として活躍する柴田俊一先生に話を聞いた。

 

本当に登山は体に良いのか?

私の周囲に「登山は体に悪い!」と言う人がいる。

ここまではハッキリと言葉にはしないまでも、長く登山を続けたことが原因で腰や膝を痛めた可能性のある人は、決して少なくはない。実際、筆者の周りには、強い痛みに耐えられず70代になってから手術をした先輩も数人いる。

自分の体を動かして森林や爽快な稜線を歩き山頂を目指す登山は、コースを選べば一人ひとりの運動能力に合わせて取り組めるうえに、自然の中での活動はストレスを発散して、リフレッシュすることにもなる。そのため登山は、一般的にはとても健康に良いと考えられている。

一方、運動能力に応じて行なえる登山でも、日常生活にはない、長時間に渡って不整地を歩く運動が中心となるうえに、背中には荷物も背負っているために、身体への負荷は大きくなる。加えて、転倒、滑落、転落などでケガを負うリスクが高いので、10年、20年と続けていくことで、膝、腰、足首などに少しずつ疲労が蓄積してしまうものだ。

さらに、登山を行なう環境は過酷で、日差しが強ければ大量の紫外線にさらされ、炎天下での行動は脱水症状を引き起こすこともある。悪天候時には、雨でずぶ濡れになったり、風で極端に冷えたりするので、冷えや寒さのダメージも大きくなりうることもある。

こうした自然環境だけではない。普段だったら寝ている時間帯に無理やり食事をしたり、ハードな行動を強いられたりもする。登山では睡眠に適さない状況で、我慢しつつ寝るということも少なくなく、生活リズムも崩れてしまいがちだ。

こうした疲労の蓄積や過酷な環境、生活リズムの乱れは登山者の身体を痛めている。やはり登山というものは、体に悪い側面も持っているのは明らかで、実際に体に大なり小なりトラブルが発生して、それに不安を感じている登山者は少なくないだろう。

かくいう筆者も20代の頃に、ジョギングシューズを履いて奥多摩の山を走り回ったときに捻って捻挫した右足首は、今でもときどき痛むことがある。さらに40代の半ばからは、数年に1度、膝が痛むようになり、ひどいときには水が溜まってパンパンに腫れ上がり、日常生活でも不便を感じることがあって、とても困っている。

実際、ケガや体の不調がきっかけで、登山を止めてしまった友人は何人も見てきている。

 

登山に精通した専門医にお話を伺う

体に不安がある場合は、病院に出向いて医師の診察を受けるのが普通だと思われるが、登山による不調の場合、どのように医者に診断してもらうべきだろうか。多くの人が楽しむ登山である一方で、実際の登山がどのようなものかを誰もが知っている訳ではないため、医者が登山を知らなければ、症状改善のためのアドバイスが見当違いのものになる可能性もある。

実際にあった話――、登山だけではなくクライミングもする私の山仲間が、肩の痛みに悩んで近所の整形外科を受診したときの話だが、医者からこうアドバイスされるそうだ。

「五十肩で、原因は運動不足です。登山をするそうですが山歩きは運動量が少ないし、歩いてばかりで肩は動かさないでしょう。これからは意識的に肩を動かすことを心掛けてくださいね」

こうアドバイスを受けて、唖然としたことがあったそうだ。

本来であれば登山に詳しい医師を探す、若しくは運動に起因した故障の治療を行なう「スポーツ整形外科」を受診して、どのような登山を行っているかを伝えたうえで診断してもらうのが良い。ただしスポーツ整形外科は、一般の整形外科に比べると数に限りがあるのが実際だ。例えば、筆者の住む東京都国分寺市には整形外科が10ほどあるのに対し、スポーツ整形外科は1つしかない。登山に詳しい医師を一般の人が探すのはとても困難となっている。

そのため、よほどの重症でない限りは、病院を受診することなくだましだまし登山を続けたり、受診していても完治していない状態で登っていたりするのが実際のところではないだろうか? ただ、これでは劇的な改善は期待できないだろう。

そこで今回、登山ガイドである筆者が、登山者の体の不安をできるだけ解消する手段として、自身が登山を行なうという医師に登山を長く続けるコツを質問。この内容を、このヤマケイオンライン上で連載させていただくことになった。

登山に起因する体のトラブルは、足、腰に集中しているが、実際には同じ足・腰以外にもたくさんの要素があるものだ。例えば、皮膚や眼、歯などもあり、その部位によって、体を守るためにやるべきことは異なるものである。

そこで、体の部位ごとの、より効果的な予防法や治療法のアドバイスを貰うために、それぞれの診療科において高い知識と技量を持つ、「専門医」の方々に、アドバイスをお願いすることにした。

初回となる今回、話を伺ったのは整形外科専門医の柴田俊一先生。冒頭で延べたように、私や私の先輩など多くの登山者が悩みを持つ、足首や膝、腰などのトラブルを治療することを専門とする方だ。

整形外科専門医として活躍する柴田俊一先生(長野県松本市/相澤病院)。慈恵医大槍ヶ岳診療所でも活躍する

 

慈恵医大・槍ヶ岳診療所でも活躍

柴田先生は1972年生まれで、現在48歳。1999年に東京慈恵会医科大学医学部を卒業し、医師としての活動をスタート。整形外科専門医の資格を取得されたのは、2013年。また2018年には、国際山岳医の資格も取得している。

現在は長野県松本市の基幹病院である、相澤病院の救命救急センター救急科に、医長として勤務。相澤病院は松本市にあるため、槍・穂高連峰などで滑落などした重傷者が搬送されることも多く、怪我をした登山者を診察する機会も多い。

実は筆者も、今から12年前の残雪期に前穂高岳で滑落し大怪我を負った際には、長野県警のヘリコプターに救助されて相澤病院に搬送され、そのまま入院、治療を受けている。このような経緯もあって、登山者を救ってくれる相澤病院には親しみがあり、特に救急科の皆さんには、今も感謝の気持ちを抱いている。

また柴田先生は1998年以降、毎年夏の数日間は、槍ヶ岳山荘に併設された慈恵医大槍ヶ岳診療所での医療活動も行なっている。これまで槍ヶ岳で体調を崩して診療所を受診したことがある方は、もしかしたら柴田先生の診察を受けているかもしれない。

柴田先生は夏季は槍ヶ岳山荘に併設される慈恵医大槍ヶ岳診療所で活動する

 

整形外科医の目で見た登山

整形外科専門医とは、運動器の病気やケガを治療し、健康をサポートすることを専門とした医師のことだ。運動器とは、骨や関節、靭帯、筋肉、脊椎脊髄に加え、手足の神経や血管など、運動に関わる器官の総称だ。さらに整形外科専門医は、最新の医学を取り入れた、ハイレベルな医療を提供することも求められている。

そんな整形外科専門医である柴田先生に、まずは整形外科専門医の立場で見た、登山が体に及ぼす良い点を伺った。

登山は体に適度な負荷をかけた運動です。筋肉を使い、関節を動かすことで持久力を身につけるだけでなく、姿勢を良くしたり、痩せたりといった体にとっての良い効果が、副次的に起こってくることが期待できます。しかもそれを強制されてやるのではなく、楽しみながらできるのです。労働に比べるとストレス少なくできるというのは、とても良いことですね。


このように、一般的に登山が健康に良いと思われていることとは合致している。続けて、悪い点も伺うと、

一番悪い点は、登山を続けるにはけっこうなお金がかかってしまうことです・・・、というのは冗談で(笑)、転倒や転滑落をすることで、捻挫、擦り傷・切り傷、骨折などのいわゆる負傷するリスクがあることが考えられます。
さらに長く登山を続けることで、体のオーバーユースが起こります。それによって骨、軟骨、靭帯、半月板などにダメージが残ることが考えられるでしょう。さらに椎間板ヘルニアや、脊柱管狭窄症といった、より重い症状が発生するリスクもあります。


オーバーユースによる様々な障害というのは、私の先輩が口にした、「登山は健康に悪い」という考えを、具体的に示したものだと言えるだろう。

 

捻挫がその後の体に引き起こすこと

さらに柴田先生は、登山中に多い怪我の1つである捻挫について「骨折などに比べると軽く考えがちですが、実は足首の捻挫というのは、非常にやっかいです」と言及する。

実は、筆者も比較的最近に20代のときと同じ右足首を再び捻挫して、困ったことがある。こうした事態になったときにはどうしたら良いのかを、もっと詳しく伺ってみるた。

なお、捻挫とは関節が無理な動きをすることにより、関節をつないでいる靭帯が伸びたり、切れたりする状態のことだ。登山では転倒時に手をついて手首を捻挫することもあるが、やはり多いのは足首だ。足を動かすときに窪みなどがあることに気づかずに接地して、“ぐねり”と捻って捻挫してしまう例が多い。

捻挫の症状は痛みと腫れ、内出血などがあり、ファーストエイドとしては、休むこと(Rest)、固定すること(Immobilization)、冷やすこと(Cool)、高く上げること(Elevation)の4つを行なう「RICE療法」で処置することが基本とされている。

ただし、捻挫の場合は骨折とは違い歩くことが不可能となるわけではないので、登山中に捻挫した場合は、何とかして下山しようと試みる人がほとんどだろう。実際、私も今まで捻挫したときは、簡単にテーピングをして固定。あとはストックを使って必死に下山して、患部を高く上げて冷やしながら休むのは帰宅後であった。こうした行動について、柴田先生は「それが良くない」と指摘する。

捻挫が治るまでの期間は、軽いものなら数日、通常は3週間程度です。そしてその期間が長いか短いかは、捻挫した後にどれだけ動かしたかに関係します。街中であれば、捻挫したら極力歩かずに休むというのは、比較的やりやすいでしょう。けれども登山では、そうはいきません。どうしても捻挫後に、歩いて下山することになってしまいます。そうなると痛めた関節を使うので、街中での捻挫よりも治るまでの時間は長くなります。症状が重いのに無理に歩くと、場合によっては3倍以上の時間がかかることもあります。


確かに、山で捻挫した場合に、無理をして下山することによってさらに悪化してしまったという話しはよく聞く。そのため、こうも付け加える。

それまでに捻挫やケガの経験がある人は、本人は気付いていなくても、その部位の構造が弱くなっているものです。たとえ今回の捻挫が軽かったとしても、足をついて歩くと周りの筋肉や靭帯に、より大きな負担がかかるので、腫れが強く出てしまう。そうなるとさらに治りにくくなります。特に2本以上の靭帯が切れた場合は、関節の支えが偏ります。その結果、歩き方に変なクセがついて様々な障害を引き起こすことになってきます。

 

登山を長く続けるには?


このように、一度捻挫をした人は次の捻挫で悪化しやすく、さらにもっと深刻な障害に結びつくとのことだ。こうした障害には、どのような例が考えられるのか質問したところ、実は柴田先生自身も捻挫をしたことがあり、ご自身のこの先の見通しも含めて説明してくれた。

私も右の足首を捻挫した経験があり、今も無理に動かした後には腫れます。さらに関節の動きが悪くなって歩幅が小さくなり、あまり運動効率が良くありません。それと就寝中に、踵をついているだけでもずれる感じがするのです。靭帯が2本以上切れたため、不安定になっている状態です。この不安定性のまま運動し続けると、やがて軟骨がすり減ってきます。おそらく自分はこの後、50代、60代になったときに、軟骨がすり減ることによって足首が痛み、今のようには歩けなくなるのだろうと予想しています。

このように、捻挫は思った以上に、生涯にわたってのダメージを引き起こす可能性がある。何か対策はないのかについて伺うと、こう語る。

理想は、捻挫したと思ったら一歩も歩かずにそのまま病院に行くこと。とは言っても山の中ではできないので、リスクマネジメントしながら何とか自力で下りなければいけません。そのために固定をするためのテーピング法や、ストックを使うなどの、ファーストエイドのノウハウと装備を持っていることが大切です。あとは極力アイシングすること。山では濡らしたタオルに、コールドスプレーを吹き付けて冷やす方法が手軽です。またアイシングする場合はしもやけ予防のために、20分ほど冷やしたら10分ほど間を空けることが必要です。

捻挫をして、テーピングを施した足首

 

ただし、アイシングやテーピングをしての歩行にも、限界があります。ひどいときは30分も歩けば、腫れて歩けなくなってしまう。そのようなときは早い段階で見極めをして、ビバークすることも考えなければいけません。
ただし、そのように予定時間に下山できず、ビバークをするという状態はもう遭難です。したがって、捻挫自体が遭難の入口だと考えるべき。症状が重いときは、救助要請するのも選択肢の一つです。捻挫くらいで救助を・・・とも考えるかもしれませんが、悪化させるリスクを最小限にすることで、早く治るだけでなく、将来的な体のトラブルを抑制するチャンスも拡大します。


そして柴田先生は、このようにも付け加える。

やはり大切なのは、捻挫をしないことに尽きます。捻挫に限らず、本当に一度のケガで体のバランスは崩れてくるものです。少年期、青年期の捻挫やケガが、体の筋肉が衰えてくる40代、50代、60代になって大きく影響してきますので、まずは防ぐことを第一に考えるべきでしょう。

 

整形外科専門医、柴田俊一先生に聞く<後編>へ――

ケガ・病気 トレーニング ボディケア
教えてくれた人

木元康晴

1966年、秋田県出身。東京都山岳連盟海外委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅢ)。2009年から登山ガイドの仕事を始め、2011年から『山と溪谷』『ワンダーフォーゲル』『岳人』などで数多くの記事を執筆。
ヤマケイ登山学校『山のリスクマネジメント』では監修を担当。著書に『IT時代の山岳遭難』、『山のABC 山の安全管理術』、『関東百名山』(共著)など。

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