2013年11月、北アルプス真砂岳での雪崩事故の教訓―― 11月でも雪崩は起きる! そして温暖化しても中部山岳北部でのドカ雪の頻度は増える!!

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2013年11月に起きた、北アルプス真砂岳での雪崩事故は、まだ記憶に新しいかもしれない。11月にも関わらず、7名が雪崩に巻き込まれた。まだ積雪の少ない時期にも関わらず、なぜ大規模な雪崩が起きたのか。暖冬・地球温暖化と言われる昨今だが、山岳地帯では引き続き雪への警戒は怠ってはならない。

 

ヤマケイオンライン読者の皆様、山岳防災気象予報士の大矢です。2020年10月17日は本州南岸に停滞した秋雨前線による層状の雲が北側に伸びたため、東北や中部山岳などの各地の山小屋から初積雪の便りが聞こえてきています。北アルプスの穂高岳山荘付近では20cmの積雪で、吹き溜まりでは40cmも積もったそうです。


暖かい日が多かった今年の秋でも季節の歩みは確実に進んでいて、いよいよ『麓は雨でも、山では雪』となるシーズンに入って来ています。今回は、2013年11月23日に北アルプスの真砂岳で発生した雪崩事故について取り上げたいと思います。

最近の研究では、温暖化が進んで全国的に積雪が減少する傾向にあっても、大雪山などの北海道内陸部の山、北アルプスなど中部山岳の北部では逆に積雪が増える可能性があると指摘されています。一口に温暖化と言っても、その影響は単純なものではないようです。

図1. 北アルプスの真砂岳での表層雪崩の発生状況 (出典:防災科研による報告書より)

 

7名が亡くなった真砂岳・雪崩事故の概要

当時の報道や防災科研による報告書を基にして、真砂岳雪崩事故の概要についてまとめると以下にようになります。

2013年11月23日の午前10時55分頃に、真砂岳の西側斜面の大走り分岐付近を起点として、大走沢で幅約30m、長さ約600mの雪崩が発生した。山スキーに来ていた2名のグループと5名のグループの計7名が雪崩に巻き込まれて、全員が全身を雪中に埋没した状態となった。すぐに近くにいた山岳ガイドや山スキーヤーなどによる救助活動がなされ雪中から掘り出されたが、救助の甲斐なく病院で7名全員の死亡が確認された。


図1の破断面の矢印の下では、尾根の左側の雪がごっそりと無くなっていて、段差になっている様子が良く分かると思います。ここが表層雪崩が発生した起点で、地図にすると以下の場所になります(図2)。

図2. 雪崩が発生した場所 (防災科研の報告書を基にして地図にプロット)

 

雪崩事故現場では前日まで約150cmの積雪があった

では、いったいどのような気象状況によって11月の雪崩が発生したのでしょうか。まず当時の地上天気図を見てみましょう。

11月17日から20日にかけて日本海低気圧が発達しながらオホーツク海に進み、日本付近は18日から22日にかけて11月としては強い冬型気圧配置になっています。この悪天によって立山の室堂付近では150cm近い降雪量となったそうです(日本雪崩ネットワーク情報)。

雪崩が発生した23日は、大陸から移動性高気圧が東シナ海に進んできて、冬型気圧配置は緩み、朝から晴れていて気温が上がっています。降雪直後の新雪雪崩というよりも、大量の降雪の後に気温が上がって表層雪崩が発生するというパターンでした(図3)。

図3. 左から11月17日、20日、23日のいずれも午前9時の地上天気図 (出典:気象庁)

 

どのような積雪の状態が11月の雪崩をもたらしたのか

その後の防災科研や日本雪崩ネットワークによる現地調査が行われ、18日から22日の新雪だけでなく、それ以前に降った雪による積雪も雪崩の発生に影響していたことが分かっています。2013年11月の麓の富山における気温と降水量のデータを図4図5、立山室堂のみくりが池温泉付近で実施された積雪状況の現地調査結果を図6に示します。

図4. 富山の2013年11月の日ごとの気温の推移 (出典:気象庁)
 

図5. 富山の2013年11月の日ごとの降水量の推移 (出典:気象庁)
 

図6. 立山室堂のみくりが池温泉付近の積雪状況(防災科研による報告書を基に大矢にて図を作成)


まず10日後半から13日にかけて冬型気圧配置となって、富山では約80mmの降水があり、その時にみくりが池で積もった雪が図6の旧雪①に対応しています。

その後、15日に本州付近を通過した低気圧による降水が約10mmありました。降った時の気温が高いため、結合力が非常に弱い「こしもざらめ雪」を含む弱層となっています(旧雪②)。

さらにその後の18日から22日にかけて1m近い大量の新雪が積もりました。そして雪崩は旧雪②の中の弱層の破断によって発生しています。

弱層を含む旧雪②の存在が雪崩を発生しやすくしたことは事実ですが、そもそも旧雪の上に1mの新雪が積もったこと自体ですでに雪崩の危険がありました。そして、気温が上がって雪崩が発生しやすい状況であったのに、雪崩に対して無警戒であったことが悔やまれます。

この事故を受けて、富山県ではスキーシーズン中は、「立山なだれ情報」のWebサイトから、雪崩の危険性を4段階に分けた雪情報を発表して山スキーヤーに注意を呼び掛けています。

 

トータルの雪が減っても、中部山岳北部ではドカ雪の頻度が増える!!

気象研究所による平成28年9月23日の報道発表資料「地球温暖化で豪雪の頻度が高まる ~最新気候シミュレーションによる予測~」によりますと、以下のような内容が発表されています。

これまでにない多数の地球温暖化気候シミュレーション実験の結果を解析して、温暖化が進行したときに日本の内陸部において、現在よりも豪雪(災害を伴なうような顕著な大雪現象)が高頻度に現れ、豪雪による降雪量も増大する可能性があることを確認しました。


温暖化が進むと、冬型気圧配置になった時に日本海からの水蒸気の供給が増えます。水蒸気の増加によって降水量が増えると、温暖化によって気温も高くなるため、日本海側の平地では雪ではなく雨が降る頻度が増える傾向になります。したがって当然のことながら、全国的にトータルの降雪量は減っていく見込みです。

しかし、大雪山などの北海道の内陸部の山では気温が低く、少々温暖化しても雪のまま降るため、降雪量は増えるというシミュレーション結果となっています(図7の右上)。

図7. 日本および日本周辺域における降雪の将来変化の特徴。青い領域で降雪が増加。(気象研究所報道発表資料)


さらに、今回の雪崩事故が発生した立山のような中部山岳の北部では、温暖化によって大雪をもたらすJPCZ(日本海寒気団収束帯)が強化されるため、まれにしか起きないドカ雪の頻度が増える(図7右下)という非常に興味深いシミュレーション結果が出ています。したがって、将来も11月としては強い寒気が入った時には立山などの積雪が多い中部山岳北部の山域では雪崩に警戒が必要ということになります。

岐阜大学の吉野純先生の研究室では、このような将来の気候変動についての解析も研究しています。私も将来の山岳気象に対する気候変動について、何らかの研究を進めて参りたいと思っております。

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プロフィール

大矢康裕

気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属し、山岳防災活動を実施している。
日本気象予報士会CPD認定第1号。1988年と2008年の二度にわたりキリマンジャロに登頂。キリマンジャロ頂上付近の氷河縮小を目の当たりにして、長期予報や気候変動にも関心を持つに至る。
2021年9月までの2年間、岐阜大学大学院工学研究科の研究生。その後も岐阜大学の吉野純教授と共同で、台風や山岳気象の研究も行っている。
2017年には日本気象予報士会の石井賞、2021年には木村賞を受賞。2022年6月と2023年7月にNHKラジオ第一の「石丸謙二郎の山カフェ」にゲスト出演。
著書に『山岳気象遭難の真実 過去と未来を繋いで遭難事故をなくす』(山と溪谷社)

 ⇒Twitter 大矢康裕@山岳防災気象予報士
 ⇒ペンギンおやじのお天気ブログ
 ⇒岐阜大学工学部自然エネルギー研究室

山岳気象遭難の真実~過去と未来を繋いで遭難事故をなくす~

登山と天気は切っても切れない関係だ。気象遭難を避けるためには、天気についてある程度の知識と理解は持ちたいもの。 ふだんから気象情報と山の天気について情報発信し続けている“山岳防災気象予報士”の大矢康裕氏が、山の天気のイロハをさまざまな角度から説明。 過去の遭難事故の貴重な教訓を掘り起こし、将来の気候変動によるリスクも踏まえて遭難事故を解説。

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