山岳ガイド山田哲哉さんに聞く、登山道具論

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牛ノ寝太郎さんからの質問!

質問:登山をはじめて10年、雪山以外の山道具は一揃い持っています。気に入っているもの、そうでないものはありますが、まだまだ使えるものばかりです。でも、新製品の情報を見ると使ってみたいな、かっこいいなと購入の意欲が・・・。山田さんは山岳ガイドという仕事柄、登山の装備は大切な仕事道具でもありますね。長年、登山を続けていると思いますが、登山道具とはどう付き合っていますか。

 

予め言っておくと、僕は残念ながら登山道具の新製品情報などに関しては、ひどく無頓着で、ヒマラヤ6000m峰に挑むのに某大手ファストファッションのメリノウールのセーターを肌着に使ったり、某大手衣料チェーンのフリースズボンを履いていたりして、仲間に色々つっこまれる有様です。では、「何でも良いのか?」と聞かれると、そんなことはありません。登山に使う下着は、濡れても寒くならず、動きやすいものを求めて、様々に試しています。登山装備として販売している冬山用下着の多くは、僕には丈が短いことが多く、激しい動きを繰り返すと行動中に背中が出てしまったりするので、最も丈の長かった某大手ファストファッションのセーターを肌着として使っている、といった具合です。

登山者の中には、山道具に強く関心を持ち、山岳ガイドである僕等と比べても、はるかに商品知識があり、その効能についても詳しい「登山道具大好き!」な人がいます。ガイドをしているとそんな登山道具大好きな人の話を聞くことがありますが、その高価な新製品購入の費用を一回でも多く登山の実践に使ったら・・・と、思うことも少なくありません。

登山道具は、登山者が安全で快適な登山を行うためのモノです。泥濘や岩場、急斜面でもしっかりと身体を支え、足を守ってくれる登山靴。軽く携帯に適していて、寒さや暑さ、風などから身体を守ってくれるウェア類など。機能が大切で、それぞれの登山目的にあったものが求められます。同時に、登山道具は単なる「モノ」ではありません。登山初心者が、登山用の本格的なザックを背負ったときの快適さへの感動、雪山登山に憧れていた者が、はじめてピッケルを手にした時の喜び。自分が登山を通して新しい人生の楽しみを見つけた証でもあったりします。

僕は、一つ一つの登山道具に対して愛着が強いのだと思います。

2019年 ネパール・トロンピーク(6144m)登山

 

新アイテムが欲しくなる背景には、機能の細分化が一つの理由

牛ノ寝太郎さんは、持っている装備が「まだまだ使えるものばかりでも、新しい商品を見ると使いたくなる」そうですが、登山者の多くは、そうではないでしょうか?

登山道具メーカーが次々と新しいアイテムを開発している背景には、機能の細分化があります。登山靴ひとつを取り上げてみても、かつては軽登山靴の草分けキャラバンシューズと、皮革製の重登山靴の二種類しか、いわゆる登山専門と呼べる靴はありませんでした。重登山靴は、この一足でハイキングから縦走、雪山登山、岩登りもこなしました。皮革部分は保革油というオイルを状況に合わせて数種類を選び、手で塗りこんで、乾かし、タワシで磨くと何年でも柔軟性と防水性が保たれます。さらに、靴底は何回も張り替えられるので、登山なら何でもこなせるうえ、長期間に渡って使える優れものでした。古い靴でも丁寧に履き続けることが、ベテランの証でもありました。

現在は、この重登山靴をそういった使い方で履く登山者は少数派です。目的に合った靴が登場したからです。無雪期の登山道を辿るのには、いわゆるトレッキングシューズを、クライミングにはクライミングシューズを、沢登りなら渓流シューズや渓流タビを、雪山登山なら雪山登山用の靴を使う方が、一足の重い、常に手入れが必要な皮革の靴に頼るより、はるかに便利で快適です。

カッパ(雨具、レインウェア)については、防水透湿性のある素材が開発されてからは、次々と多様なタイプが登場しています。より快適性を求めれば、頻繁に新しいものを購入する必要が出てきます。

ちなみに、僕の55年間の登山の歴史の中で、新規に開発された商品が以前のものと比べて“用具の革命”とも言うべき性能の向上があったのは、ゴアテックスを筆頭とした防水透湿素材のカッパ、速乾性のアクリルやポリエステルを加工した肌着と、石油やガソリンを使用しない手軽なガスコンロです。もちろん、肌着は自然素材の良さを改めて感じることがあったり、強い火力が必要でガソリンを使用するコンロを使う場面もありますが、性能の向上という点で考えると新しいものに軍配が上がります。

 

登山道具に対しての愛着

一方で登山道具は使いこなすのに一定の時間がかかるものが少なくありません。例えば登山靴は、いかに柔軟で軽量の靴であっても、自分の足に馴染み、「ピッタリ!」と思えるようになるには、それなりの回数を山で履くことが必要です。その靴の性能や長所短所に合わせて、靴下を選んだり、歩き方を研究したり。より快適そうな新製品が履きなれた靴より山で優れた性能を発揮するとは限らないでしょう。さらに、使うことで愛着が湧くものです。

「僕は、一つ一つの登山道具に対して愛着が強い」と言いましたが、それは僕が登山をはじめた頃の経験も大きく影響していると思います。登山道具店を訪れる様になった頃は、お店の間口も狭く、商品の数も、装備の種類も少なかったので、本当に必要なものを予約して、その商品がお店へ到着するのを待つ様な状態でした。欲しくて、欲しくてたまらなかった道具が手に入ると、それををザックに入れてワクワクしながら山に向かいました。所有している装備に対する愛着・執着が強く、それ故に新しい商品に飛び付けないのかもしれません。

山田さんが最初に手に入れたピッケルはエバニューの「ローツェ」。75cmのウッドシャフト。

プロフィール

山田 哲哉

1954年東京都生まれ。小学5年より、奥多摩、大菩薩、奥秩父を中心に、登山を続け、専業の山岳ガイドとして活動。現在は山岳ガイド「風の谷」主宰。海外登山の経験も豊富。 著書に『奥多摩、山、谷、峠そして人』『縦走登山』(山と溪谷社)、『山は真剣勝負』(東京新聞出版局)など多数。
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