毒だけじゃない、すごい戦略を持った花――トリカブト(キンポウゲ科)

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社会活動や生活を制限せざるを得ない今、身近に咲く花に心惹かれます。『花は自分を誰ともくらべない』の著者であり、植物学者の稲垣栄洋さんが、花の知られざる生きざまを紹介する連載。今回は強い毒をもつトリカブトについてです。

 

毒草の中の毒草

美しい花には毒がある。
この言葉はトリカブトのためにあるのだろう。

トリカブトの花は美しいが、猛毒の毒草である。トリカブトの毒の主な成分は、アコニチンやメスアコニチンなどのアルカロイドである。この毒は、フグのテトロドトキシンに次ぐ猛毒で、トリカブトは植物界では最強の有毒植物と言えるだろう。

トリカブトの毒は、古くから、毒矢として利用されていた。一説には弥生時代にはすでに狩りのためにトリカブトの毒が使われていたと言われている。また、アイヌがクマを射るための毒矢としても用いられていた。

歴史を紐解くと、謎の急死を遂げた権力者も多い。今となっては、真相は明らかではないが、毒による暗殺も少なからずあったことだろう。トリカブトもかなり暗躍していたはずである。また、東海道四谷怪談でお岩さんが飲まされた毒もトリカブトである。さらに西洋では、トリカブトを食べると狼男になるという伝説もある。まさに毒草の中の毒草である。

俗に不美人な女性を「ブス」というが、ブスの語源となった植物こそが、トリカブトである。トリカブトは、誤って口にすると神経系の機能が麻痺して無表情になる。
このトリカブトに苦しむ表情に由来して「ブス」と言われるようになったのである。

トリカブトの仲間は日本には三十種ほど自生している。花の色は紫色を中心に、白色、黄色、ピンク色などがあるが、いずれも美しいものばかりである。
現在、園芸用に栽培されているハナトリカブトは、江戸時代に中国から伝えられたものである。

 

紫色はハチを誘う

それにしても、トリカブトの花は、独特の形をしている。
トリカブトは「鳥兜」と書く。鳥兜とは、雅楽のときに使う烏帽子のことである。
トリカブトは花の形がこの烏帽子に似ていることからそう名付けられたのだ。

この花びらのように見えるものは、じつはすべてが花びらではなく、がくである。
トリカブトは五枚のがくで兜の形を作っているが、五枚のがくには、それぞれ役割がある。トリカブトの花粉を運ぶのはマルハナバチの仲間である。トリカブトの花の下側の二枚のがくはハチの着陸場所であり、その上の二枚のがくは左右に壁を作って、花の奥へといざなう通り道を作っているのである。

一番上の兜型のがくの中に二枚の花びらが隠されていて、蜜をためている。そして、トリカブトの花にマルハナバチが頭を突っ込むと、ちょうどお腹の位置に雄しべや雌しべが配置されていて受粉をするのである。

ハチ類は、紫色よりも波長の短い光をよく識別する。トリカブトの花が鮮やかな紫色をしているのも、マルハナバチに見つけられやすいためだ。トリカブトの美しくも複雑な形は、マルハナバチに花粉を運ばせるための手の込んだ装置だったのである。

(本記事は『花は自分を誰ともくらべない』からの抜粋です。)

『花は自分を誰ともくらべない』

チューリップ、クロッカス、バラ、マーガレット、カンパニュラ、パンジー、マリーゴールド――花は、それぞれ輝ける場所で咲いている。身近な47の花のドラマチックな生きざまを、美しいイラストとともに紹介。
昆虫や鳥を呼び寄せ、厳しい環境に適応するために咲く花。人間の生活を豊かにし、ときに歴史を大きく動かしてきた花。それぞれの花が知恵と工夫で生き抜く姿を、愛あふれるまなざしで語る植物エッセイ。『身近な花の知られざる生態』(2015年、PHPエディターズ・グループ)を改題、加筆のうえ文庫化。


著者:稲垣栄洋
発売日:2020年4月3日
価格:本体価格850円(税別)
仕様:文庫判256ページ
ISBNコード:9784635048835
詳細URL:https://www.yamakei.co.jp/products/2819048830.html

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【著者略歴】
稲垣栄洋(いながき・ひでひろ)
1968年生まれ。静岡大学大学院農学研究科教授。農学博士、植物学者。農林水産省、静岡県農林技術研究所を経て、現職。著書に『身近な雑草の愉快な生き方』(ちくま文庫)、『散歩が楽しくなる雑草手帳』(東京書籍)、『面白くて眠れなくなる植物学』(PHPエディターズ・グループ)、『生き物の死にざま』(草思社)など多数。

プロフィール

稲垣栄洋

1968年生まれ。静岡大学大学院農学研究科教授。農学博士、植物学者。農林水産省、静岡県農林技術研究所を経て、現職。著書に『身近な雑草の愉快な生き方』(ちくま文庫)、『散歩が楽しくなる雑草手帳』(東京書籍)、『面白くて眠れなくなる植物学』(PHPエディターズ・グループ)、『生き物の死にざま』(草思社)など多数。

身近な花の物語、知恵と工夫で生き抜く姿

社会活動も生活も大きく制限せざるを得ない今、身近に咲く花の美しさに心癒されることはないでしょうか。植物学者の稲垣栄洋さんが、身近な花の生きざまを紹介する連載。美しい姿の裏に隠された、花々のたくましい生きざまに勇気づけられます。

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