晩秋から冬の雲取山の楽しみ方。鴨沢コースで頻発した滑落事故から、雲取山登山のあり方を考える

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東京都最高峰の雲取山は、首都圏の登山者に人気の日本百名山の山。鴨沢コースは、往復9時間。日帰り登山者が増えているが、標高差は1500mもあり、秋には下山時の滑落事故も頻発している。この山域を熟知し、『奥多摩 山・谷・峠、そして人』(山と溪谷社)を執筆している山岳ガイドの山田哲哉さんが、これらの事故の原因を探り、晩秋から冬の雲取山の楽しみ方について教えてくれました。

 

 

日本百名山のひとつであり、東京都最高峰であり、東京が持つただひとつの2000m峰・雲取山。晴れた日の夕方、西の空を見る時、東京都心からでもその大きな姿が見え、美しい森と素晴らしい展望の味わえる奥多摩、奥秩父を代表する名山です。

東京都民だけでなく、首都圏の登山者にとって、登山らしい登山の最初の目標となる山のひとつでしょう。 とりわけ、奥多摩湖畔の鴨沢バス停からのルートは、「鴨沢コース」と呼ばれており、東京都と山梨県の県境をなす小袖川の右岸にある尾根の中腹を登り詰めて行く登山道が付けられています。極端に急峻な個所も無く、幅広く、良く整備された安定的な登山道が続きます。

歩き出して疲れだした頃に、幅広い石尾根縦走路に登り着き、その後は、大菩薩、富士山、南アルプスの展望に励まされながら、5時間半ほどで山頂に立てる、山登りの醍醐味や魅力が詰まった、たいへん良いコースです。 山道沿いには、30年ほど前まで3軒の民家があり、最も上部の家屋は、標高1100mの所にありました(今も土台が残っています)。つまり、登山道であると同時に、山間の民家の生活路でもあったわけです。

 

最もポピュラーな鴨沢コースで、秋・下山時に滑落事故が頻発!

この安定的で、楽しい鴨沢コースで、2018年頃から、滑落事故が頻発しています。中には死亡事故、重傷事故もありました。2018年は11月の同じ日に2件、今年も11月15日に2件と、同じ日に重大事故が起きています。

この遭難事故の報せを聞いて、鴨沢コースを知る私の知人たちは、「えっ? なんであんなコースで?」「どこか落ちる様な場所、ある?」と一様に驚きます。 登山道から滑落するようなガレ場や岩場は皆無で、杉・檜の人工林と、明るい広葉樹の森が交互に現れる樹林の中の登山道というイメージが強いからです。

しかし、この登山道を冷静に観察すると、バス停から鴨沢の集落を抜けてからは尾根の西側を、丹波山村営無料駐車場がある小袖乗っ越しからは尾根の東側を、緩やかにトラバースしていく箇所があります。

トラバース道として付けられたその道の斜面は傾斜がキツく、木々があるので高度感こそ全く感じないものの、路肩から下を見下ろせば、強い傾斜の斜面が落ちています。かつては広葉樹の森にはナラやクヌギの木の幼木が生え、スズタケが密集していた個所もあり、斜面に地面や岩が露出する個所は少なかったのですが、この20年ほどの間に、鹿の食害などで、幼木もスズタケもなくなってしまい、急傾斜の斜面が露出する様になってしまいました。 それでも、道幅は広く、路肩はシッカリしており、多くの登山者は危険を感じずに歩いているのが、この付近なのです。

ヘリコプターで搬送されるような大きな事故には至らず、自分たちで解決できるような小規模なトラブルは他にもたくさん起こっているようです。事故の中身をもう少し見てみると、七つ石小屋前にテントを張り、雲取山山頂を往復する1泊2日で鴨沢ルートを往復した無理のないプランの一事案を除くと、他は、全て日帰りの往復プランだったようです。

雲取山・鴨沢コースは、登り5時間半、下り3時間半。山頂を往復するだけならコースタイムは9時間です。あえて山小屋泊でなくても、少しガンバレば日帰りできる・・・と感じてしまうのでしょうか。とりあえず、東京都最高峰のステキな雲取山に登頂したかった・・・と考える登山者がたくさんいる、のもよく判ります。しかし、標高差は1500mほどあります。標高差1500mもある日帰りの山行を、どのくらいの方が経験しているでしょうか?

登山者が最もよく使うのは、奥多摩駅8時42分発の「鴨沢西」行きのバスで、鴨沢を歩き出すのは9時半過ぎ。帰りの鴨沢バス停から奥多摩駅行きの最終バスは18時38分発です。 往復9時間というコースタイムには休憩の時間は含まれていませんから、一般的な登山者の歩行ペースの場合、コースタイムではギリギリの時間になってしまいます。

膝が痛くなった、仲間がバテて時間がかかってしまった…「オイ、あと1時間で最終バスの時間だぞ!」

すべての事案にあてはまるとは言えませんが、「日帰り」「急激に日照時間が減る11月」「下山中の午後」「鴨沢バス停まであと1時間ほどの場所」などの共通点から、これらの事故は、疲労と焦りが原因のように感じます。

11月という季節、思わぬ早さで日が落ちて、真っ暗になった登山道を、ヘッドランプの乏しい灯りを頼りに小走りで進んできて、思わぬ踏み外しをしてしまったのではないか。さらに、晩秋の降り積った落ち葉は登山道を隠しますから、たくさんの人が歩き、安定的だと言われる登山道でも、思わぬ滑落を引き起こすように思えてならないのです。

 

本格的な冬を迎える前に。山とじっくり向き合い、山を感じる時間を大切に

日照時間が短い秋は、何かトラブルが起こったときの安全に対するマージンが少なくなります。トレーニングを怠らず、毎週のように山に登り鍛えている健脚な登山者でない限り、雲取山の日帰り登山はリスクを孕んでいます。

これから本格的な冬を迎えます。雲取山が雪に覆われるのは通常の年だと一月末からです。日帰り指向の強い登山者は、できるだけ荷物を減らし、トレイルランシューズや軽量のシューズにチェーンスパイク等で、無雪期と変わらぬペースで駆け抜けて往復する人も少なくありません。本来、このクラスの雪山に登る際に必携の装備である、ツェルトやコンロ等を準備し、場合によっては、軽アイゼンの他にワカンも用意して登っている、オーソドックスな登山者に比べて、あまりにも無防備なように思えてならないのです。

奥多摩・奥秩父の山々を50年以上歩いてきた僕にとっても、雲取山は大好きな山のひとつで、たくさんの魅力を持っている山です。

とりわけ、東側の東京方面に広大に開けた山頂付近からは、夜には見事な夜景が見られ、朝には東京湾からの美しい日の出も見られます。朝、空気の澄んだ時間に山頂に立てば、少しずつ標高を上げ、西へと黒く大きく続く奥秩父の山々、その背後の屏風の様に並んだ南アルプス、そして富士山と大菩薩が見事です。これらは山中で一泊することなしには、なかなか見られません。

また、日原方面の見事なブナ林の登山道や、日原川の渓谷美、長沢背稜の静寂の道なども山中で1泊してこそ体験できるものです。この山の魅力を体験するためには、日帰りで駆け抜けてしまうのは勿体なさすぎると感じています。

登山の楽しみ方は、それぞれですから、他人の登り方をとやかく言うつもりはありませんが、山頂に立つだけではなく、じっくり山と向き合って、山を感じる時間を大切にしてもらいたいです。

写真=編集部

■『奥多摩 山、谷、峠、そして人』

著者:山田哲哉
発売日:2020年3月13日
価格:1,600円(税別)
仕様:文庫判224ページ
ISBNコード:9784635280686
詳細URL:https://www.yamakei.co.jp/products/2819280680.html

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プロフィール

山田 哲哉

1954年東京都生まれ。小学5年より、奥多摩、大菩薩、奥秩父を中心に、登山を続け、専業の山岳ガイドとして活動。現在は山岳ガイド「風の谷」主宰。海外登山の経験も豊富。 著書に『奥多摩、山、谷、峠そして人』『縦走登山』(山と溪谷社)、『山は真剣勝負』(東京新聞出版局)など多数。
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