シクラメンのひどすぎる和名。○○のマンジュウと呼ばれる理由

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社会活動や生活を制限せざるを得ない今、身近に咲く花に心惹かれます。『花は自分を誰ともくらべない』の著者であり、植物学者の稲垣栄洋さんが、花の知られざる生きざまを紹介する連載。今回は冬の庭を彩るシクラメンのびっくりする和名についてです。

 

牧野富太郎博士の心遣い

ブタノマンジュウ(豚の饅頭)。これが、シクラメンの正しい和名である。

シクラメンは地中海原産の植物である。明治時代に日本に紹介されたときに、球根が饅頭をつぶしたような形をしていることから、この名がつけられた。それにしても、この美しい花を前にして、地面の下の球根の方を見て名前をつけている命名センスは本当にすごい。

ヨーロッパでもシクラメンには「豚のパン」という別名がある。

もしかすると、この別名の影響を受けたのかもしれない。ただし、豚のパンと呼ばれるのは、豚が好んでシクラメンの球根を食べ荒らすことに由来している。もっとも豚のパンとはいうが、大航海時代には、日持ちのする貴重な食糧として船に積み込まれていたという。

ブタノマンジュウの命名者は、東京大学の大久保三郎博士である。しかし、ブタノマンジュウではかわいそうと、植物学者の牧野富太郎博士は、花の形からカガリビバナ(かがり火花)と名付けた。そのため、シクラメンにはブタノマンジュウとカガリビバナの二つの和名がある。

もっとも、今ではどちらの和名も使われず、もっぱら英名のシクラメンで通っている。

ソロモン王の王冠の花

シクラメンは、「死」や「苦」という言葉を連想させることから、不吉な名前とも言われるが、実際にはシクラメンは属名である。シクラメンの名はサイクルやサークルと同じ語源のラテン語で「円」や「回る」という意味である。

この属名の由来は、花茎がゼンマイの様に丸まって出てくることに由来するという説と、球根が円盤のように丸いことに由来しているという説とがある。

うつむいた状態で伸びてくることから、花言葉は「内気」。

イスラエルの王であるソロモン王が、王冠の装飾に使うことを承諾してくれたシクラメンを褒め称えたところ、シクラメンは恥ずかしさのあまりうつむいたと言われている。それから王の王冠は、シクラメンの形を象(かたど)ることになったという。

もともと食糧だったシクラメンの花に着目して、品種改良を始めたのはドイツである。そして、美しい花を求めて品種改良された結果、シクラメンの香りは次第に失われていった。

ところが、日本では、シクラメンの香りに着目した品種改良が行われている。日本では、布施明のヒット曲「シクラメンのかほり」(小椋佳作詞・作曲)で有名となった。

ところが、実際には、シクラメンにはほとんど香りがない。そこで、日本では、香りのあるシクラメンが育成されているのである。

ヒット曲の影響というのは本当にすごいものである。

(本記事は『花は自分を誰ともくらべない』からの抜粋です。)

『花は自分を誰ともくらべない』

チューリップ、クロッカス、バラ、マーガレット、カンパニュラ、パンジー、マリーゴールド――花は、それぞれ輝ける場所で咲いている。身近な47の花のドラマチックな生きざまを、美しいイラストとともに紹介。
昆虫や鳥を呼び寄せ、厳しい環境に適応するために咲く花。人間の生活を豊かにし、ときに歴史を大きく動かしてきた花。それぞれの花が知恵と工夫で生き抜く姿を、愛あふれるまなざしで語る植物エッセイ。『身近な花の知られざる生態』(2015年、PHPエディターズ・グループ)を改題、加筆のうえ文庫化。


著者:稲垣栄洋
発売日:2020年4月3日
価格:本体価格850円(税別)
仕様:文庫判256ページ
ISBNコード:9784635048835
詳細URL:https://www.yamakei.co.jp/products/2819048830.html

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【著者略歴】
稲垣栄洋(いながき・ひでひろ)
1968年生まれ。静岡大学大学院農学研究科教授。農学博士、植物学者。農林水産省、静岡県農林技術研究所を経て、現職。著書に『身近な雑草の愉快な生き方』(ちくま文庫)、『散歩が楽しくなる雑草手帳』(東京書籍)、『面白くて眠れなくなる植物学』(PHPエディターズ・グループ)、『生き物の死にざま』(草思社)など多数。

プロフィール

稲垣栄洋

1968年生まれ。静岡大学大学院農学研究科教授。農学博士、植物学者。農林水産省、静岡県農林技術研究所を経て、現職。著書に『身近な雑草の愉快な生き方』(ちくま文庫)、『散歩が楽しくなる雑草手帳』(東京書籍)、『面白くて眠れなくなる植物学』(PHPエディターズ・グループ)、『生き物の死にざま』(草思社)など多数。

身近な花の物語、知恵と工夫で生き抜く姿

社会活動も生活も大きく制限せざるを得ない今、身近に咲く花の美しさに心癒されることはないでしょうか。植物学者の稲垣栄洋さんが、身近な花の生きざまを紹介する連載。美しい姿の裏に隠された、花々のたくましい生きざまに勇気づけられます。

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