【アイヌと神々の謡】クマはなぜ、みずからアイヌに撃たれに行ったのか?
アイヌ語研究の第一人者、故・萱野茂氏が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の13の謡(うた)を収録した『アイヌと神々の謡』。ヤマケイ文庫『アイヌと神々の物語』の対となる名著です。北海道の白老町に「ウポポイ(民族共生象徴空間)」もオープンし、アイヌについて関心が高まる今、本書からおすすめの話をご紹介していきます。第13回はクマ神と飯炊きタヌキの謡です。
※アイヌ語本文の次の行に、日本語訳を置いています(ただしアイヌ語本文と訳文とはその位置が必ずしも一致していません。訳すにあたって、日本語の言葉の流れをよくするため、3行から5行くらい先取り、あるいは後の行へ移した場合があります)。
ムジナとクマ
トロロフムポ ア・コロ・エカーシ
私のおじいさん
トロロフムポ クンネ・ヘーネ
夜でも
トロロフムポ トカプ ・ヘーネ
昼でも
トロロフムポ セトゥル・セセッカ
背中をあぶり
トロロフムポ ケシト・アン・コロ
毎日のように
トロロフムポ ケシパ・アン・コロ
毎年のように
トロロフムポ オカ・アナイネ
私たちはいた
トロロフムポ シネ・アン・トー・タ
ある日のこと
トロロフムポ カシ・ワ・レタラ・パシ
体の上から白い灰が
トロロフムポ メウェウケ・ヒーネ
雪崩(なだれ)落ち
トロロフムポ ヘサシー・ワ
火の方へ
トロロフムポ シ・キルール
体を向け
トロロフムポ イタ・カウェ
いったことは
トロロフムポ エネ・オカーヒ
次のような
トロロフムポ インカラ・クース
言葉であった
トロロフムポ タネ・アナッネ
今はもう老衰(ろうすい)のため
トロロフムポ イヌクリ・アンナ
動けなくなりそうだ
トロロフムポ アイヌ・オールン
アイヌの所へ
トロロフムポ マラプトー・ネ
客として
トロロフムポ アン・ルスーイナ
行きたくなった
トロロフムポ フシコ・イークム
古い土を
トロロフムポ アウナ・ラーイェ
内側へ入れて
トロロフムポ アシリ・イークム
新しい土を
トロロフムポ ソイナ・ラーイェ
外へ出せ
トロロフムポ ヤッネ・タントー・ネ
今日のうちに
トロロフムポ コタン・コロ・ニシパ
村おさの
トロロフムポ ポホ・ウータラ
その息子たちが
トロロフムポ エキムネ・ノイネ
狩りのために
トロロフムポ インカラ・アン・クス
ここへ来るので
トロロフムポ ア・コ・マラプト
村おさの家へ
トロロフムポ ネ・クスネーナ
わたしは客として
トロロフムポ セコロ・イータッ
行くことにする
トロロフムポ キヒ・クース
そういうので私は
トロロフムポ フシコ・イークム
古い土を
トロロフムポ ア・アウナ・ラーイェ
内側へ入れ
トロロフムポ アシリ・イークム
新しい土を
トロロフムポ ア・ソイナ・ラーイェ
外へ出した
トロロフムポ キ・ロッ・アーワ
そのうちに
トロロフムポ エ・ソイネー・ワ
家の外へ
トロロフムポ フマシ・フーマシ
人の声が
トロロフムポ キアクース
聞こえてきた
トロロフムポ ア・コロ・エカーシ
人声を聞きおじいさんは
トロロフムポ ホシキ・ノ・ソイネ
先になってゆっくりと
トロロフムポ イ・ヨシ・エ・ソイネ・ワ
外へ出ながら
トロロフムポ エアニー・カ
私にいうことは
トロロフムポ コタン・ノルン
お前も一緒に
トロロフムポ コタン・コロ・ウタラ
アイヌのコタン(村)へ
トロロフムポ エウン・ネーシ
客として
トロロフムポ マラプト・ネ・アン
行くことに
トロロフムポ ウ・トゥラ・アン・ワ
するけれど
トロロフムポ キ・クシ・ネーナ
礼儀正しく
トロロフムポ ピリカー・ノ
振る舞うことを
トロロフムポ オリパク・クーニ
心がけようと
トロロフムポ エ・ラムプ・ネーナ
思いなさい
トロロフムポ カムイ・フチ
向こうへ着いたら
トロロフムポ イェ・ネウサラ
火の神様が
トロロフムポ ナンコロー・ナ
わたしたちを歓迎して
トロロフムポ ア・コロ・エカーシ
くれるであろうと
トロロフムポ イカシパオッテ
私に聞かせ
トロロフムポ ホシキ・ソイネ・アクス
私のおじいさん
トロロフムポ カシ・タ・アイ・ロシキ・ロシキ
一歩だけ外へ出たそのとたんに
トロロフムポ カネ・ヒネ
体の上に矢が立つと
トロロフムポ ナニ・ス・マウ・ネ
あっという間に死んでしまった
トロロフムポ アシヌマー・カ
それを見た私は
トロロフムポ ア・コロ・エカシ
おじいさあん
トロロフムポ ヤイヌ・アン・クース
どうしたのうといいながら
トロロフムポ ケセアアンパ・アクス
追いかけて
トロロフムポ アシヌマ・カ
外へ出ると
トロロフムポ アイ・チョッチャ・ヒネ
私の体にも
トロロフムポ ピト・シンネ
矢が立って
トロロフムポ カムイ・シンネ
私はムジナに
トロロフムポ オ・イクシタ
おじいさんは
トロロフムポ アルッコ・サムパ
大きいクマに
トロロフムポ オロワーノ
神本来の
トロロフムポ コタン・コロ・ウータラ
姿に変わると
トロロフムポ イ・カ・チ・クシテ
コタンの人たちが走ってきて
トロロフムポ ア・コロ・エカシ・トゥラノ
おじいさんと私は
トロロフムポ コタン・オロ・アイ・コ・サプテ
コタンまで運ばれ
トロロフムポ オロワーノ
村おさの家の中
トロロフムポ ア・コロ・エカーシ
おじいさんは
トロロフムポ アペ・エトッ・タ
横座(よこざ)の方へ
トロロフムポ ア・ア・レ・ヒーネ
座らされ
トロロフムポ サマタ・アイ・ヤレ
そのそばへ私も置かれた
トロロフムポ カムイ・フーチ
火の神様は
トロロフムポ ミナ・トゥラ
笑みをたたえて
トロロフムポ イワン・コソンテ
六枚の着物を
トロロフムポ オパネーレ
ひらひらさせ
トロロフムポ ウ・コエ・クッコロ
六枚の着物に帯を締めて
トロロフムポ カネ・クーワ
金銀の棒を
トロロフムポ チ・ノイェ・クーワ
よじった杖
トロロフムポ エテテ・カーネ
その杖を手に持ち
トロロフムポ オロワーノ
私のおじいさんと
トロロフムポ オロワノ・ウェ・ネウサラ
よもやま話を
トロロフムポ ア・コロ・エカシ・トゥラ
楽しそうに語っていた
トロロフムポ キロッ・アアイネ
そのあとで
トロロフムポ ア・コロ・エカーシ
私のおじいさん
トロロフムポ エネ・イターキ
私にいうには
トロロフムポ ア・コロ・オペレ
小さい娘よ
トロロフムポ イキヤエアシリ
人間の国では
トロロフムポ ア・カミ・ヒカ
わたしたちの肉をも
トロロフムポ アイ・コ・プンパ
わたしたちに食べさせる
トロロフムポ ア・キリプ・フカ
わたしたちの脂身(あぶらみ)も
トロロフムポ アイ・コプンパプ・ネナ
お椀に盛って
トロロフムポ イキヤー
出されても
トロロフムポ ポンノ・ポーカ
なめるばかりも
トロロフムポ エ・ケム・ワ・ネーヤッ
してはならない
トロロフムポ アイ・トゥラワ
万が一にも
トロロフムポ ホシピ・アン・カ
なめたならば
トロロフムポ エアイカプ
神の国へ絶対に
トロロフムポ ナンコンナ
帰ることが
トロロフムポ イテキ・アイ・キリプ・フ
できなくなる
トロロフムポ アイ・コ・プンパ・ヤッカ
目の前へ出されたもの
トロロフムポ イテキ・エ・エ・ルスイ・ヤッカ
食べたいと思っても
トロロフムポ イテキ・エ・アニ・シコロ
口にしては
トロロフムポ イカシパオッテ
駄目ですよと
トロロフムポ キ・コロ・オカ・アナコロカ
何回も念を押された
トロロフムポ エアシリ・ピリカ・ソナーピ
山盛りの飯に
トロロフムポ シト・ネーチーキ
山盛りの団子
トロロフムポ カム・ネチーキ
脂身から
トロロフムポ チェプ ・ネチーキ
魚などの
トロロフムポ ピリカ・ヒーケ
おいしい食べ物
トロロフムポ ルプネ・ソナーピ
山盛りに盛られた椀
トロロフムポ アイ・コ・プンパ
目の前へ並べられた
トロロフムポ ウェンカスーノ
あまりにも
トロロフムポ ア・エ・ルスイ・クス
食べたいので
トロロフムポ ポンノ・キリプ
少しの脂身を
トロロフムポ ア・ケム・アクス
私はなめた
トロロフムポ ア・コロ・エカーシ
私のおじいさん
トロロフムポ イ・コイキ・ハーウェ
私をしかり
トロロフムポ タネ・アナッネ
今はもう神の国へ
トロロフムポ イ・トゥラ・ワ
一緒に帰ること
トロロフムポ ホシッパアン・カ
できなくなった
トロロフムポ エアイカプ
それを聞いて
トロロフムポ オアシ・シリ・ネーナ
おくがよい
トロロフムポ シコロ・ハワンコロ
といいながら
トロロフムポ イ・コイキ
私をしかった
トロロフムポ ヒネ・オラ
そしてそのあと
トロロフムポ アコロ・エカシ
おじいさんは
トロロフムポ エアシリ
本当にたくさんの
トロロフムポ イナウ・シケ
イナウの荷物
トロロフムポ シト・シーケ
団子の荷物を
トロロフムポ エ・ヤイ・シケ・カ
自分の体より
トロロフムポ ヌカラ・カーネ
大きいぐらい
トロロフムポ イ・ホッパ・ワ・アラパ・ワ
それを背負って
トロロフムポ ア・トゥラ・クス
帰っていった
トロロフムポ ネ・アクース
私も一緒に
トロロフムポ カムイ・フチ
帰ろうとすると
トロロフムポ イ・コイキ・ハウェ
火の神様が
トロロフムポ エネ・アニ
私をしかり
トロロフムポ エ・ヤイ・キリプ
自分の肉を
トロロフムポ エ・エ・ワ
食べた者は
トロロフムポ タネ・アナッネ
神の国へは
トロロフムポ エ・ホシピ・カ
帰ることが
トロロフムポ エヤイカプ ・シコロ
できないものだ
トロロフムポ アパ・サムン・カムイ・ネ
これからは
トロロフムポ アイ・カラ
人間の家の入口を
トロロフムポ エアニ・アナッ
守る神に
トロロフムポ メノコ・エ・ネ・クス
なってもらう
トロロフムポ アパ・サムン・カムイ・ネ
女であるあなたに
トロロフムポ アイ・カラ・シリ
入口を守ってもらい
トロロフムポ エネ・アニ
それと合わせて
トロロフムポ アイヌ・イコニ
人間の病気を
トロロフムポ イコニ・セレマッ
治す神に
トロロフムポ エプンキネ
なってもらうように
トロロフムポ カムイ・ネ・アイ・カラ・ワ
するので
トロロフムポ アパ・サム・タ
家の入口を
トロロフムポ アイ・アヌ・クシネナ
守りながら
トロロフムポ アイヌ・イコニ
人間の病気を
トロロフムポ エイ・コ・インカラ
治してくれれば
トロロフムポ カムイ・ネ・エ・アン
神として人間たちに
トロロフムポ エ・エ・ヤイ・カームイ
尊敬される
トロロフムポ ネ・レナン・コンナ
神様になれるで
トロロフムポ シコロ・ハワン・コロ
あろう と
トロロフムポ ア・コロ・エカシ
火の神様が私にいった
トロロフムポ オカケ・タ
おじいさんが帰ったあとで
トロロフムポ アイ・キシマ・ヒネ・オラ
私は残され
トロロフムポ アパ・サムイ・カムイ・ネ
入口の神様に
トロロフムポ アイ・カラ・ワ
私はされて
トロロフムポ エネ・カムイ・フチ
火の神様に
トロロフムポ イイェ・ヒ・ネアクス
いわれたとおり
トロロフムポ ネノ・アイヌ・イコニ
人間の病気を
トロロフムポ イコニ・セレマッ
治す仕事を
トロロフムポ アイ・プンキネ・ワ
私の仕事にして
トロロフムポ イラムマカカ
病人が出ても
トロロフムポ イコニ・ピリカプ
あまり重態(じゅうたい)に
トロロフムポ アン・クニ・ヒ
ならないようにと
トロロフムポ アイ・イェ・コロ
私はいいながら
トロロフムポ アイ・コ・プンキ・ネ
人々を守って
トロロフムポ カムイ・ア・ネ・ルウェ
いる神が
トロロフムポ ネー・セコロ
私ですよと
トロロフムポ ポン・モユッ・カムイ
小さいムジナ神が
トロロフムポ ヤイェ・イソイタッ
語りましたと
語り手 平取町荷菜 平賀さだも
(昭和40年9月20日採録)
解説
ムジナ(タヌキ)はアイヌにいわせると、クマ神の飯炊きなので、顔に炭がついて顔が黒いものだ、などといっています。
話の内容ですが、クマ神がすっかり年を取ってしまい、アイヌの所へ客として行くことによって若返ることができるために、アイヌの所へ行く話です。一緒に行く飯炊きムジナは、自分の肉を食べなければもう一度神の国へクマ神と帰ってこられるのに、自分の肉を食ったばかりに帰ることができなくなります。
冒頭の寝ているクマ神、この場合は人間の姿をしているわけで、体の上へ積もった灰が寝返りした上から雪崩(なだれ)落ちるという描写は、カムイユカラ(神謡)らしく、実によく雰囲気が出ていると思います。
アイヌのコタン(村)に残ったムジナは、家の入口を守る神になり、人々の病気を治す神になるわけです。ムジナをもアイヌは大切な神としているので、一匹だけで飼った場合は、クマと同じようにムジナ送りをします。
昭和三十五年でしたか、私の家で飼っていたムジナを、モユクオマンテといって神の国へ送り返しました。ムジナの肉はおいしいし、脂がかかっているので、うんと脂のかかった肉を見ると、モユクキリプネノアン(ムジナの脂のようだ)というほどです。
ムジナは、クマほどではありませんが、半ば冬眠するかのように穴ごもりをするもので、こもっている穴を見つけたら、入口で火を燃やし、煙を穴の中へあおりこみます。それでも出てこないときは、細い棒の先を二つに割って穴の中へ差し入れます。
ムジナの体に棒の先が触ったら、棒をぐるぐるとねじると長い毛が棒の先へからみ、引っぱり出すことができるということです。
※本記事は『アイヌと神々の謡~カムイユカラと子守歌~』(山と溪谷社)からの抜粋です
『アイヌと神々の謡~カムイユカラと子守歌~』
著者が聞き集めた13のカムイユカラと子守歌を日本語とアイヌ語の併記でわかりやすく紹介。好評発売中のヤマケイ文庫『アイヌと神々の物語』の続編であり、完結編!
池澤夏樹氏、推薦!
著者:萱野 茂
発売日:2020年8月14日
価格:本体価格1100円(税別)
仕様:文庫488ページ
ISBNコード:978-4635048903
詳細URL:http://www.yamakei.co.jp/products/2820048900.html
『アイヌと神々の物語~炉端で聞いたウウェペケレ~』
アイヌ語研究の第一人者である著者が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の物語を読みやすく情感豊かな文章で収録。主人公が受ける苦難や試練、幸福なエンディングなど、ドラマチックな物語を選りすぐった名著、初の文庫化。
著者:萱野 茂
発売日:2020年3月16日
価格:本体価格1100円(税別)
仕様:文庫544ページ
ISBNコード:978-4635048781
詳細URL:http://www.yamakei.co.jp/products/2820490450.html
【著者略歴】
萱野 茂(かやの しげる)
1926年、北海道沙流郡平取町二風谷に生まれる。小学校卒業と同時に造林・測量・炭焼き・木彫りなどの出稼ぎをして家計を助ける。
アイヌ語研究の第一人者でアイヌ語を母語とし、祖母の語る昔話・カムイユカラを子守唄替りに聞いて成長。
昭和35年からアイヌ語の伝承保存のため町内在住の古老を中心にアイヌの昔話・カムイユカラ・子守唄等の録音収集を始め、金田一京助のユカラ研究の助手も務めた。
昭和50年、『ウウェペケレ集大成』で菊池寛賞受賞。また昭和28年からアイヌ民具の収集・保存・復元・研究に取り組み、昭和47年「二風谷アイヌ文化資料館」を開設。2006年に死去。
アイヌと神々の物語、アイヌと神々の謡
アイヌ語研究の第一人者、故・萱野茂氏が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の話を収録した名著『アイヌと神々の物語』。発刊後、増刷が相次ぎ同ジャンルとしては異例の話題書となっています。北海道の白老町に「ウポポイ(民族共生象徴空間)」もオープンし、アイヌについて関心が高まる今、本書からおすすめの話をご紹介していきます。