膝痛の原因の1つ「鵞足炎(がそくえん)」は、メンテナンスで治すことができる。認定スポーツ医に聞く膝痛対策2<前編>
膝痛の原因となるのは「変形性膝関節症」ばかりではない。関節以外の場所が原因で起きる「鵞足炎」というものもある。今回は膝痛を解消し予防するためのストレッチについて、メカニズムとともに紹介する。
前回までは、登山者に多いとされる変形性膝関節症の具体的な症状について、整形外科専門医の小林哲士先生にお話を伺った。
★膝痛と上手に付き合い、対処していくために必要なこと(前編)
★「変形性膝関節症」の痛みの理由を知って、膝痛とうまく付き合う(後編)
症状が出たら、登山を続けることは困難とも思える変形性膝関節症。その一方で、変形そのものは治らないものの、3ヶ月程度経過すると痛みは治まることが多いという。そして痛みが治まったのならば、登山を行なうことは問題ないとのことだ。
筆者も以前に変形性膝関節症との診断を受け、すっきりしない思いのまま登山を続けていたが、小林先生のアドバイスを受けて不安は解消した。
しかし筆者の膝の悩みが、完全に払拭されたわけではない。実はこの1年ばかり、膝の前面下部が痛むようになってきたからだ。特に下山時に大きな段差を下ると、体重を支える側の膝に強い痛みが走って耐え難い。もしかしたら、一度は痛みがひいた変形性膝関節症が悪化しているのはないのだろうか? そのような不安も伝えた上で、小林先生に膝を見ていただくことにした。
筆者が痛む部位を指し示した後、小林先生は膝を曲げたり、関節を押したりして痛みの強さを確認。そして、次のように口にした。
「これは膝蓋下脂肪体炎が生じたときの、典型的な症状です。膝の前側には、膝を伸ばすために使われる膝蓋腱という組織があります。この腱は重要で、保護するために周りに脂肪があるのです。そこの部分の炎症です。しかしこれは使いすぎが原因で、関節外の炎症です。以前の変形性膝関節症とは、特に関係ないでしょう」
しかし登山道を下るとき、膝を曲げた状態で体重をかけると非常に痛む。放置しておくことで、何か致命的な障害の引き金になることはないのだろうか?
「いや、痛いだけなんですよ。あまり悪い症状ではありません。原因は使い過ぎに加えて、体の硬さということもあります。特に大腿部の後ろにあるハムストリングと呼ばれる筋肉が硬い人は、膝を伸ばす際に多くの力が必要になり、発症の原因になりますよ」
明快な答えがすぐに返ってきて、拍子抜けするほど・・・。筆者の場合も、使い過ぎということはあるだろうし、体も硬い。おそらくそれが原因で、発症したのだろう。この1年ばかりの悩みが、一瞬で消し飛んだ。
関節外の痛みはメンテナンスをして治す
さらに続けて小林先生は、登山者の膝痛には、膝蓋下脂肪体炎と同様の関節外の痛みが多いという。他にはどのような痛みがあるのか聞いてみた。
「特に多いのは、縫工筋、薄筋、そしてハムストリングのひとつ半腱様筋の3つが集まって脛骨にくっつく、『鵞足(がそく)』と呼ばれる部位の炎症、鵞足炎です。これは主に、歩き方が原因で発症します。膝を曲げたまま歩き続けると、鵞足の筋肉が引っ張られ続けてしまい、やがて痛くなる。
登山者の場合、山の傾斜地で膝を曲げて歩く場面は多い。それで使い過ぎとなって、痛みだすのです。ただし痛くても、骨が変形したり、関節に水が溜まったりすることはありません」
膝蓋下脂肪体炎や鵞足炎などの関節外の痛みは、決して深刻なものではないという。とは言え、筆者も実感しているが、痛みが強いときの登山はなかなか辛い。この痛みを解消するには、どのような方法があるのだろうか?
「関節外の痛みは、単純な炎症です。自分自身で、膝周りを中心とした体のメンテナンスをしっかりと行うことで、痛みを軽減させる予防は十分に可能です。そこで、まずやっていただきたいのは、体に柔軟性を持たせるためのストレッチをすること。特にハムストリングが硬い人が多いので、そこを重点的にストレッチするといいでしょう。
次は筋肉をつけること。大腿四頭筋を中心に筋力アップできれば、痛みを予防できます。もし登山中に痛みが強まったときは、早めに休むことをおすすめします。そして一息ついたら、ゆっくりと膝関節の曲げ伸ばしをし、ストレッチをしてから歩き始めるようにしましょう」
膝痛を解消し、予防するためのストレッチ
膝痛を治し、予防する効果もあるというストレッチと筋トレ。膝痛軽減に役立つ方法は、小林先生の著書『治す! 山の膝痛』(山と溪谷社)に詳細に記されている。
ただ、難点なのは時間がかかること。記されている通りに全部をやると、30分はかかる。日々忙しく生活する社会人には、毎日続けるのは難しいのではないだろうか? そこで小林先生に、特に効果が高い方法はどれかを伺ってみた。
「時間があるのならば、もちろん一通りやっていただきたいと思います。でもおっしゃる通り、難しい方も多いでしょう。そこで重点的にやっていただきたいのは、股関節の周囲を伸ばすストレッチです。問題なのは膝の痛みなのですが、大事なのは股関節です。
それはなぜかというと、膝の周りの筋肉は、股関節を介しているからなのです。筋肉は骨盤から出て、膝の周りにくっついているから、股関節を柔らかくしよう、と考えると解りやすいでしょうか? 中でも重要なのが、ハムストリング。以下の、股関節を曲げて膝を伸ばすストレッチを試してみてください」
「背筋をまっすぐ伸ばした状態で両脚を開き、体を前屈します。大腿の後ろの筋(ハムストリング)が伸びることを意識するのがポイントです。このとき、背中が丸まっていると効果が低いばかりか、背骨に負担がかかります。無理に前屈しなくてもよいので、背筋を伸ばすことを心掛けましょう」
「このストレッチでも、大腿内側の後ろの筋(ハムストリング)を伸ばすことができます。おおよそ骨盤の高さに足を置き、やはり大腿の後ろ面が伸びている状態を感じることがポイントです」
この2つ、または一方でも、膝痛予防には効果が高いとのこと。筋肉は温めると柔らかくなる性質があるので、お風呂上がりに行なうのがベスト。また立ったまま行なう方法は、登山中の休憩時にも可能だ。
大腿四頭筋を鍛える
次は筋力トレーニングについて伺った。
「とにかく、登山で一番鍛えていただきたいのは、大腿四頭筋です。大腿四頭筋は大腿の前面にある、膝関節を伸ばすための筋です。登りでは前足の膝を伸ばし、下りでは後ろ足の膝を安定させるために使われる、登山ではもっとも重要な筋肉です。
この筋肉を鍛えるときの重要なキーワードは、膝をちゃんと伸ばす、ということ。膝を伸ばすと大腿四頭筋の前側全部に力が入りますから、伸ばすことをしっかりと意識しましょう」
「大腿四頭筋を鍛える方法としてお勧めなのは、定番のスクワット。スクワットでは、膝を曲げる方向とつま先を同じ向きにするようにします。またつま先よりも膝が前に出ないようにしつつ、背筋をまっすぐ伸ばします」
「ランジも効果的です。ぐーっと深くまで足を出して戻ってくる。そうすると戻ってくる時に力が入り、大腿全体に負荷がかかって裏側の筋肉も鍛えられます。また、足を横に出すランジも効果的です。その方法では大腿四頭筋の他に、横向きに歩く時に使う内転筋や、足を外側に広げ、骨盤を安定させる働きをする中殿筋も鍛えられます」
筋トレは、以上10回ずつを1セットとし、それを1日2~3回行なうのが効果的だという。このくらいであれば、時間もさほどかからない。仕事の休憩時間でもできるので、忙しい社会人にも可能だろう。
大切なのは、筋力トレーニングを継続して行なうようにする、ということ。翌日に軽い筋肉痛があるくらいがちょうど良く、それよりもきついと感じる場合はやり過ぎの可能性もある。自分の筋力や体調に応じて、調整しながら続けるのがいいそうだ。
次回は、登山のための体調管理の方法や、膝痛で病院を受診する際に知っておきたい点などについての、小林先生からのアドバイスを紹介する。
プロフィール
木元康晴
1966年、秋田県出身。東京都山岳連盟・海外委員長。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅢ)。『山と溪谷』『岳人』などで数多くの記事を執筆。
ヤマケイ登山学校『山のリスクマネジメント』では監修を担当。著書に『IT時代の山岳遭難』、『山のABC 山の安全管理術』、『関東百名山』(共著)など。編書に『山岳ドクターがアドバイス 登山のダメージ&体のトラブル解決法』がある。
医師に聴く、登山の怪我・病気の治療・予防の今
登山に起因する体のトラブルは様々だ。足や腰の故障が一般的だが、足・腰以外にも、皮膚や眼、歯などトラブルは多岐にわたる。それぞれの部位によって、体を守るためにやるべきことは異なるもの。 そこで、効果的な予防法や治療法のアドバイスを貰うために、「専門医」に話を聞く。