膝痛を防ぐために日常生活の中でできること、やるべきこと。認定スポーツ医に聞く膝痛対策2<後編>

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膝痛の原因の一つに、身体のメンテナンス不足がある。メンテナンスと聞くと、筋力やストレッチが一般的だが、他にもある。生活習慣や歩く姿勢など、日常生活から膝痛予防を考える。

 

前回まで、膝痛の具体的な症状と予防するための体のメンテナンス法を、整形外科専門医の小林哲士先生に教えていただいた。

★膝痛と上手に付き合い、対処していくために必要なこと。

★膝痛の原因の1つ「鵞足炎(がそくえん)」は、メンテナンスで治すことができる。

だが、体の柔軟性を高め、筋力をアップすることだけでは、膝痛を完全には防げないとも小林先生はいう。歩行時の姿勢や、生活習慣の乱れなども膝痛に結びつくというのだ。そこで小林先生に、日常生活を送る中で注意すべきことについて教えていただいた。

 

歩き方を見直して膝痛を防ぐ

小林先生がまず最初に挙げたのは、歩き方だ。

「膝痛に悩む方の多くは、普段、街中を歩くときに膝をしっかり伸ばしていない可能性があります。きれいに見える歩き方というのは、前に出した脚の膝が、着地する瞬間に伸びています。膝を伸ばしたときに着地すると、膝の前側の筋肉を使うのですが、これがとても大事です。

膝を伸ばさずに、曲げた状態のままで歩くと、前側の筋肉はあまり使いません。その一方で、後ろ側の筋肉を使う比重が高まります。とてもバランスが悪い状態で、これだけで膝の痛みが出てくることもあります。
普段の歩き方ひとつで、膝が痛むか、そうでないかが変わってくるのです。」


確かに、膝をすっと伸ばして歩くのは関節への負担が少なく感じられ、歩いていても気持ちが良い。だが、登山では不整地を歩く。特に傾斜地を進む場合には、膝を曲げたまま歩く場面も多い。

「登山中はスリップを予防しつつ、ザックを背負った状態でバランスをとるために膝を曲げる歩行が必要です。
でも、山を登るわけではない普段の生活では、膝を伸ばして歩くことを心掛けてください。
山登りの歩き方と、普段の歩き方をちょっと変えてもらうことが痛みの予防につながりますから。」

登山者は街の中でも膝を曲げて歩きがちだが(左)、しっかりと膝を伸ばして歩くことが膝痛予防に結びつく(右)


登山を長く続けている人ほど、街の中でも、登山のときと同じような足運びになっている人は多いように感じる。しかし日常生活の中では、背筋を伸ばし、膝もすっと伸ばした「きれいに見える歩き方」をするよう意識すべきなのだ。

 

膝痛を防ぐ日常的のポイント

さらに歩き方以外にも、日常生活上で様々な習慣を身につけることが、膝痛を防ぎ、山を登ることに適した体作りにつながるという。

そこで小林先生自身が実践していることも交えて、身につけたい習慣について教えていただいた。

 

1.歩くこと

「登山を長く続けようと思ったら、普段から運動を続けることが大切です。基本は歩くこと。特に大きな山に登るといった目標があるときは、それに向けて日常生活の中で歩く距離を長くしていきます。そうやってたくさん歩き、歩くため、登るための筋肉量を増やしていきます。

筋肉量を増やすために大切なのは、コツコツと続けること。そのため、長続きしない目標を立ててはいけません。無理のない距離を、継続していくようにするのです。ハードな運動を短期間に集中してやれば、満足感はあるでしょう。でもそのやり方では、長期的にみると筋肉量は増加しません。大きな負荷をかけることよりも、続けることのほうが重要です」


登山をするならば、日常的に歩くことが大切だという小林先生。いつもは電車を利用している人ならば、一駅手前で降りて歩くなどで、歩く機会は作れるはずだ。仕事がテレワーク中心となった人であれば、通勤時間を充てることで、歩く時間もとれるだろう。

 

2.体重を落とすこと

「膝が痛む原因のひとつは、使いすぎです。そこで使い過ぎになることを防ぎ、膝を長持ちさせるためには体重を落とすことが効果的です。歩くときは、(体重)+(背負っている荷物の重さ)の3倍の負荷が膝にかかります。体重を減らすことで、その負荷が軽減できるのです」


体重を減らすことは登山に限らず、健康維持のためにとても重要とされる。しかしそれが難しいと感じる人も少なくないはずだ。何か体重を減らすための、効果的な方法はあるのだろうか?

「まずは体重を増やさないようにできるといいでしょう。そのためには暴飲暴食をやめることと、規則正しい生活を心掛けること。既に増えてしまった体重を減らす方法として、お勧めなのは運動による減量です。食事でも減らすことはできるのですが、運動をして体脂肪を減らすほうが登山者には良いと考えています。

私が痩せようと思うときは筋トレをします。ベンチプレスやスクワットをし、体の中でも大きい筋肉を鍛えるようにしています。そうすると基礎代謝量が上昇し、体は自然に痩せていきます」


現在は、様々なダイエット法が提唱されているが、登山をするための体力も維持するには、筋力アップは効果が高いとのこと。減らない体重に悩む人は、さっそく試してみるといい。

 

3.規則正しい生活を送ること

「規則正しい生活をせずに、登山を長続きさせるのは難しいでしょう。いつか必ず体重が重くなり、トレーニングを続けられなくなるからです。自分の体を思い通りに動かして、最高のパフォーマンスを出すには規則正しい生活は必須です」


最近は、ある日はテレワークのため終日自宅で過ごしたり、またある日は会社で慌ただしく過ごしたりと、生活パターンが乱れがちな人も多いはず。しかしそういう場合でも、決まった時間に運動し、睡眠や食事の時間も大きく変えないようにすることは、工夫次第でできるのではないだろうか?

 

4.バランスの良い食事をとること

「食事は、どの年代であってもバランス良く食べるよう心掛けてください。特に大切なのはタンパク質です。筋肉も骨も、タンパク質によって作られていますから。
骨はカルシウムでは? とも思われていますが、骨を障子に例えた場合、“桟(さん)”の部分がタンパク質で、“紙”がカルシウムとなります。桟が丈夫でなければきれいに紙が貼れないように、タンパク質不足の状態で、カルシウムをとっても骨は弱くなります」


タンパク質の多い食材には、肉、魚、大豆(豆腐や納豆)、乳製品などがある。特に骨を強くしたい人であれば、タンパク質とカルシウムの両方が豊富に含まれている乳製品がお勧めだ。

 

膝痛のときの整形外科受診のポイント

ここまで、膝痛を予防し、軽減するための様々な方法を教えていただいた。しかし健康に注意を払った生活を送っていても、何かがきっかけで膝が痛みだす可能性はある。痛みだしたときは、どのタイミングで病院を受診するのが良いのだろうか?

「負傷したときはもちろんですが、そうでなくても痛み、腫れがあるときは必ず病院を受診してください。痛くても我慢しつつ、『そのうち治るだろう』と何となく痛みと付き合うという人も多くいらっしゃいます。しかし私は、痛みの原因を知ること、自分の体を知っておくことが重要だと考えています。そのため、痛みがあったら病院を受診して、自分の膝の状態を知るようにしてほしいです。

自分の主観的な思い込みではなく、レントゲンなどの画像検査や、必要に応じて血液検査などを行ない、客観的にも間違いがないと確認した上で、治療をするか、休むか、登山を続けるかを判断することが大事ではないでしょうか? そのためにも病院は、ただ単に痛みを治療するためだけではなく、自分の体を知るために受診してほしいと思います」


痛みの治療だけではなく、自分の体を客観的に知るためにも、病院を受診してほしいという小林先生。だが実際に整形外科専門医を受診しても、レントゲン撮影後に痛み止めなどの薬を処方されるのみ、ということも多いはずだ。登山を長く続けるために、自分の体の状態を知りたいということは、どのように医師に伝えるのが良いのだろうか?

「実は私も整形外科医を続けてきて、受診にいらっしゃる皆さんの、本当のニーズがつかめない場合も少なくありません。さらに患者さんがどれだけの知識や情報を持っているかも解らないので、症状の伝え方も難しい。そのため、膝が痛いと伺っただけでは、一般的な痛みをとるための通常の治療を施して終了してしまう場合も少なくありません。

そこで医師には、登山をしたいという目的を、はっきりと伝えてほしいと思います。膝の痛みを克服してもっと長く登山を続けたいとか、半年後に5日間かけて日本アルプスの大きな山を登りたいといった、より具体的な目標を示していただけると助かります。

そのような目標があれば、検査をして把握した患者さんの体の状態をお伝えすることと同時に、その目標に向けた、より具体的で実践的な治療方法の提案にも結びつきます」


そして最後に小林先生は、こう付け加えた。

「自分の体をよく知っていただくということも、私たちの医師の使命の一つです。」


膝痛に悩む登山者は、自分なりの対処方法で改善を試みたり、インターネット上の情報で軽減を試みたりしている人も多いだろう。しかし痛みの原因も不明、悪化する可能性があるのか、そうではないのかを不安に思いつつ登山を続けるというのは、楽しみも半減する。

さらに本来は治療や休息が必要な症状を、無理に我慢して登るということは、時には遭難の原因にもなる。不安を取り除き、より安全に山を目指すためにも、体を知ることの大切さを実感させられた、小林先生のお話だった。

 

ぜひ読みたい小林先生の著書

ここまで紹介した、各種膝痛の原因、症状、治療法、予防法については、小林先生の著書『治す!山の膝痛』(山と溪谷社)に詳しい。図版が豊富で解りやすい内容であるため、海外からの評価も高く、韓国や台湾など、登山が盛んな国では翻訳出版されているほどだ。

その図版は、すべて小林先生が緻密な本図を作成し、それをイラスト化したとのこと。特に自分でできるメンテナンスには、多くのページがとられている。現時点で膝痛に悩む人だけでなく、将来生じるかもしれない膝痛を防ぎたいと考える登山者にも役立つ、必読の一冊だ。

 

登山に精通した整形外科専門医師を見つけるには?

膝に限らず、腰や足首の痛みなどを、より登山に精通した整形外科専門医に診察してほしいと考える方もいると思う。自分の住まいに近いそのような医師は、公益社団法人 日本整形外科学会のウェブサイト中の、「専門医をさがす」→「日本整形外科学会認定スポーツ医名簿」のページから検索できる。

▼公益社団法人 日本整形外科学会
  https://www.joa.or.jp/

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プロフィール

木元康晴

1966年、秋田県出身。東京都山岳連盟・海外委員長。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅢ)。『山と溪谷』『岳人』などで数多くの記事を執筆。
ヤマケイ登山学校『山のリスクマネジメント』では監修を担当。著書に『IT時代の山岳遭難』、『山のABC 山の安全管理術』、『関東百名山』(共著)など。編書に『山岳ドクターがアドバイス 登山のダメージ&体のトラブル解決法』がある。

 ⇒ホームページ

医師に聴く、登山の怪我・病気の治療・予防の今

登山に起因する体のトラブルは様々だ。足や腰の故障が一般的だが、足・腰以外にも、皮膚や眼、歯などトラブルは多岐にわたる。それぞれの部位によって、体を守るためにやるべきことは異なるもの。 そこで、効果的な予防法や治療法のアドバイスを貰うために、「専門医」に話を聞く。

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