ツバキがあえて厳しい冬に咲く、驚きの生存戦略

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

社会活動や生活を制限せざるを得ない今、身近に咲く花に心惹かれます。『花は自分を誰ともくらべない』の著者であり、植物学者の稲垣栄洋さんが、花の知られざる生きざまを紹介する連載。今回は冬に鮮やかな赤い花を咲かせるツバキについてです。


椿(つばき)という字は木偏に春と書く。ちなみに木偏に夏と書くと榎(えのき)、木偏に秋と書けば楸(ひさぎ)、木偏に冬と書けば柊(ひいらぎ)となる。
ツバキは冬の花というイメージが強いが、「春の花」という意味を与えられているのである。

昔の人の感覚では、立春を過ぎれば、季節は春である。ツバキは冬から春に掛けて花を咲かせるが、春を待つ季節に鮮やかな花を咲かせて、いち早く春の訪れを感じさせてくれる。そのため、「椿」という漢字が与えられたのだろう。

ツバキは寒い冬の間も枯れることなく、緑色の葉を維持している常緑樹である。マツやタケに代表されるように、冬の間も緑色の葉を保つ常緑樹は、不思議な力を持つとされてきた。
ツバキも、古来から不思議な力を持つ神聖な木とされてきた。寺などによく植えられているのは、そのためである。

また、武家屋敷などでもツバキはよく植えられている。
そういえば、ツバキは花がポトリと落ちることから、首が落ちることを連想させて縁起が悪い花であると言われることもある。

首が落ちるというのは、武士にとってはもっとも避けるべきことのように思えるが、武家屋敷に植えられているのは、どういうわけなのだろう。

じつは、ツバキの花が縁起が悪いと言われるようになったのは、近代になってからの話である。
武家屋敷でも、もともと冬の間も緑を保つツバキは神聖な植物とされてきた。そして、散るのではなく、花ごと落ちるツバキは武家社会でも「潔し」とされて好まれたのである。

花全体がポトリと落ちるしくみ

冬の間、緑の葉を保っているだけでなく、ツバキはまだ寒いうちに赤い花を咲かせる。
この赤い花には意味がある。

信号機の止まれの信号が赤色をしているように、赤色は遠くからでも目立つ色である。ツバキは赤い色で花を目立たせているのである。

一般に植物の花は昆虫を呼び寄せて、花粉を運ばせるが、ツバキが咲く寒い時期に、花粉を運ぶ虫は少ない。ツバキの花の花粉を運ぶのは、鳥である。ツバキは鳥を呼び寄せて、花粉を運ばせようとしているのである。

虫を呼び寄せるのと違い、鳥を呼び寄せるためには、それなりに餌を用意しなければならない。そのため、ツバキの花はたくさんの蜜を持っている。そして、メジロやヒヨドリなどの鳥を呼び寄せて花粉を運ばせているのである。

鳥に花粉を運ばせるツバキが、寒い時期に花を咲かせるのにも理由がある。
暖かい季節に花を咲かせても、鳥たちは餌となる虫を取るのに忙しくて、とても花の蜜など吸いには来てくれない。そのため、鳥の餌となる虫の少ない時期に花を咲かせるのである。

しかし、鳥に花粉を運ばせるためには、さまざまな工夫が必要となる。
何しろ、昆虫と違って鳥は頭が良い。鳥の立場に立ってみれば、花粉にまみれることなく、蜜だけを吸ってやろうという気になる。そんな鳥と知恵くらべをして、何とか鳥に花粉をつけなければならないのである。

そのため、ツバキは、花の構造にも巧みな秘密がある。
雄しべは下半分がくっついて、丈夫な筒状になっている。この筒の奥に蜜が隠されているので、鳥が蜜を吸おうとくちばしを入れると、口のまわりに花粉が付くようになっているのである。

しかし、悪賢い鳥は、花の横をくちばしでつつけば、花粉で汚れることなく蜜を手に入れることができる。そこでツバキの花は、筒の根元をくちばしでつつかれて、蜜を横取りされないように、花の根元を丈夫ながくで守っているのだ。こうして、正面から筒の中にくちばしを入れないと、蜜を吸えないようになっているのである。

ツバキの花が散ることなく、花全体がポトリと落ちるのは、花をバラバラにされて蜜を奪われないように、がくを中心に、花びらや雄しべがしっかりとした構造をしているからなのである。

それでも、花が上向きに咲いていると、鳥たちが上からいろいろと花を攻撃してくるかもしれない。そのため、ツバキの花は下向きに咲いて、鳥たちにゆっくりと蜜を吸わせないようにしている。

しかし、下向きに咲いていると、蜜が流れ出てしまう。そのため、雄しべと雄しべの間に細い溝を作り、毛細管現象で蜜を保つように工夫されているという。

何という巧みな工夫の数々だろう。先駆けて春に咲くということは、そういうことなのだ。

(本記事は『花は自分を誰ともくらべない』からの抜粋です。)

『花は自分を誰ともくらべない』

チューリップ、クロッカス、バラ、マーガレット、カンパニュラ、パンジー、マリーゴールド――花は、それぞれ輝ける場所で咲いている。身近な47の花のドラマチックな生きざまを、美しいイラストとともに紹介。
昆虫や鳥を呼び寄せ、厳しい環境に適応するために咲く花。人間の生活を豊かにし、ときに歴史を大きく動かしてきた花。それぞれの花が知恵と工夫で生き抜く姿を、愛あふれるまなざしで語る植物エッセイ。『身近な花の知られざる生態』(2015年、PHPエディターズ・グループ)を改題、加筆のうえ文庫化。


著者:稲垣栄洋
発売日:2020年4月3日
価格:本体価格850円(税別)
仕様:文庫判256ページ
ISBNコード:9784635048835
詳細URL:https://www.yamakei.co.jp/products/2819048830.html

amazonで購入 楽天で購入


【著者略歴】
稲垣栄洋(いながき・ひでひろ)
1968年生まれ。静岡大学大学院農学研究科教授。農学博士、植物学者。農林水産省、静岡県農林技術研究所を経て、現職。著書に『身近な雑草の愉快な生き方』(ちくま文庫)、『散歩が楽しくなる雑草手帳』(東京書籍)、『面白くて眠れなくなる植物学』(PHPエディターズ・グループ)、『生き物の死にざま』(草思社)など多数。

身近な花の物語、知恵と工夫で生き抜く姿

社会活動も生活も大きく制限せざるを得ない今、身近に咲く花の美しさに心癒されることはないでしょうか。植物学者の稲垣栄洋さんが、身近な花の生きざまを紹介する連載。美しい姿の裏に隠された、花々のたくましい生きざまに勇気づけられます。

編集部おすすめ記事