都心から約1時間、最古の一等三角点・鳶尾山。かつての山伏修行の修験場・八菅山。そして水田が広がる尾山耕地へ

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遠出しにくい社会環境の中でも、心身の健康を維持するためにも、山歩きを楽しみたいもの。遠くの「いい山」を目指さなくても、少し足を伸ばすだけで、素晴らしい自然や景色を堪能できるもの。その1つに神奈川県の鳶尾山(とびおさん)がある。

 

なかなか遠出がしづらい昨今、近場の里山を見直してみるのはいかがでしょうか。今回は私が暮らす神奈川県県央部の「いい山」として、最古の一等三角点のひとつが残る鳶尾山(とびおさん)と、古くは修験の山として知られた八菅山(はすげさん)を繋ぐ低山縦走ハイキングコースをご紹介します。

本厚木駅よりバスに乗り、鳶尾団地で下車。スタート地点は高台の住宅街にある天覧台公園です。その名の通り明治14年に時の天皇が行幸された地であり、天覧所と書かれた大きな石碑が残されています。出だしからいきなりの階段でゲンナリしますが、すぐに明るい尾根が続く快適な登山道へと変わるのでご安心を。

登山口となる天覧台公園の入り口。階段を登りきれば、軽快な稜線はすぐ


公園から15分ほどで金毘羅宮跡へ。案内板では「跡」という表記ですが、令和に入ってからお社が再建されたようで、鳥居の朱色が目にも鮮やかです。この神社は慶安三年(1650年)に創建されたもので、江戸の金毘羅宮より150年古く、相模国・武蔵国においても最古の金毘羅神社なのだそうです。心外和尚という方が病者の介護並びに疫病の平癒祈祷のために建立したのが始まりということで、もちろん、私もコロナ退散を祈念しました。

令和になってから再建された最古の金毘羅宮が鳶尾山にはある


続いての見どころは展望台。森の中から唐突に緑とオレンジの構造物が現れた時は驚きますが、高さ17mの展望台の上部は視界を遮るものがなく、西には大山や相州アルプス(高取山から経ヶ岳の連なり。この辺りでは「西山」と呼ぶそうです)、東や南には横浜や江ノ島など神奈川各地の町並みが遠望できます。

実はここ、夜景ファンから人気を集めるスポットでもあるそうです。しかし夜は寂しい所なので、デートにはちょっとお勧めしづらいですね・・・。

かなり存在感のある、鳶尾山の展望台。夜景スポットだが、夜に行くには少し寂しい場所にある

 

最古の一等三角点&桜の名所の鳶尾山から八菅山へ

さて、展望台が建つ小ピークから鞍部に下り、しばらく登り返すと鳶尾山の山頂(235m)に至ります。眼下にきらめく中津川の清流もさることながら、ここでぜひチェックしておきたいのが「三角点」。鳶尾山の一等三角点は日本全国で10万ほどある三角点の中でも日本最古のひとつであり、明治15年(1882年)に地形図の整備計画によって作られた「相模野基線」を一辺とする三角形の形成に利用され、近代測量の進展に大変重要な役割を果たしたものだそうです。また、鳶尾山の山頂付近一体は桜が植樹されており、「鳶尾山桜の名所」としても知られています。

春は桜の名所となる鳶尾山山頂。冬は冬枯れしていて展望が素晴らしい
 

展望台から丹沢方面を望む。真ん中の高い山は大山だ
 

日本最古の一等三角点の1つである鳶尾山頂の三角点。三角点ハンターは見逃せない


山頂を過ぎてほどなく、アスファルトの林道が横切る「やなみ峠」に出ます。この林道を南西方向に下山するのが鳶尾山のルートガイドとしては一般的ですが、今回は反対の北東方向へ八菅山を目指して歩きます。峠からおよそ15分で「八菅山いこいの森駐車場」に到着。ここには無料で入館できる「あおぞら館」があり、八菅山周辺で見られる動植物などが展示されています。

その後、「どんぐりの小路」などファンシーな名前の遊歩道を歩いて八菅神社本殿へ。かつては八菅山七社権現と呼ばれ、役の小角(えんのおづぬ)縁の修験の山でした。源頼朝による大日堂の寄進、足利尊氏による社頭の再建、徳川家康による社額の提供など、そうそうたる歴代の権力者達による支援を受け、一時は神社を管理するために置かれた別当寺である光勝寺のほか、院や坊を50以上持つ一大霊場となったそうです。

かつては修験者で賑わったという八管神社の入り口

往時の雰囲気を今に残す、八菅神社の本殿。周囲は自生のモミの木が美しい


しかし明治期の神仏分離令・修験宗廃止令により現在の八菅神社として発足。修験者達は還俗し、周辺地域へ帰農することになったそうです。現在でも所々に残る梵天塚や経塚、教城坊塚などの祭祀遺跡から往時の雰囲気が偲ばれます。

参道を下って舗装路に出ると本日のハイキングは終了。中津川に架かる八菅橋を渡り、一本松バス停から本厚木駅に戻ります。

モデルコース:天覧台公園から鳶尾山、八菅神社へとハイキング

行程:
鳶尾団地バス停・・・金毘羅宮・・・鳶尾山・・・八菅山いこいの森駐車場・・・八菅神社・・・八菅橋・・・一本松バス停

⇒モデルコースはこちら

※国土地理院の地形図に掲載されている八菅山から弊山地域(北東側)へ下りるルートはかなり荒れています。途中、道標もなく道迷いや転滑落の危険があるため、一般利用はお勧めできません。

 

里山の自然を満喫できる尾山耕地へ足を伸ばそう!

時間があれば足を伸ばしていただきたいのが「尾山耕地」です。八菅神社の参道を後ろにして鳥居を左に曲がり、自動車用だと思われる「この先行き止まり」という看板を横目に沢沿いの未舗装路を下ると、目の前に南北700m、東西100mほどの水田が広がります。ここが尾山耕地です。

尾山耕地は、神奈川県の天然記念物に指定される八菅神社の社叢林(しゃそうりん)と共に多様な生態系を擁しており、過去には本州や神奈川県で絶滅したと思われていた生物が再発見された事例もあるそうです。農作業をする方の邪魔にならないよう気をつけつつ、あぜ道から貴重な動植物を観察してみてはいかがでしょうか。

尾山耕地で見つけたコオイムシ。全国版レッドデータブックには準絶滅危惧種に指定されている


現在は公園として整備されている八菅山一帯は、“山っぽさ”を今ひとつ感じづらいエリアです。顕著なピークがない(そもそも八ヶ岳と同様に「八菅山」という山頂は存在しない)ため、登山そのものの魅力は薄いように感じられるかもしれません。また、神社や展望台が建ち桜の植樹が行われている鳶尾山に関しても深山の雰囲気はありません。

しかし、古来からの人と山との関係性を感じ、人の手が入ったことによる自然環境の豊かさを垣間見ることは、奥山にはない里山ハイキングならではの魅力と言えるでしょう。しゃかりきに山頂を目指すだけでなく、ぜひ、“よそ見”をしながらのんびり歩いてみてください。きっと身近な山にも新たな発見が待っているはずですよ。

プロフィール

川上哲朗

日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ、旅程管理主任者。(株)風の旅行社で主にネパールトレッキングの企画・販売を担当。
コロナ禍において山のライター、シラス漁師、鮮魚店の売り子、ポニーのお世話などの副業を始め、あらためて自分の好きなことを仕事にする喜びを感じている。1985年生まれの子育て世代。ペットは深海生物のオオグソクムシ 。

今がいい山、棚からひとつかみ

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