なぜいま山を「買う」ことがブームなのか

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ウィズコロナを背景に、キャンプブームが加速するなか、注目されている山林購入。人気Youtuberがプライベートキャンプ場のために山を購入したことも話題になりました。山を買う理由は、プライベートキャンプ場だけでなく、投資や自然保護のためなど様々です。
山林購入の魅力について、『山を買う』より抜粋して紹介します。

山林を所有する魅力とは

2020年あたりから、山林を所有することは難しくはないと各種メディアでも紹介され、山林の売買を扱う不動産業者には問い合わせが激増している。深夜番組でもキャンプ用の山を購入するバラエティ番組が放映され、注目を集めている。「山が欲しい」というニーズは、「山登りがしたい」よりも低い。にもかかわらず、山を欲しい人は増えている。その魅力はなんだろうか? 山林を購入した人たちにインタビューをすると、おおよそ次のような理由を挙げてくれた。

山を所有する理由

  • 自分の山があるという満足感、安堵感
  • プライベートキャンプ場として使える
  • キャンプ場開設・運営による事業展開を目指して
  • 資産づくり、投資としての楽しみ
  • 自然環境保全として(水源や山の植生を守る)
  • 里山づくり(山仕事の楽しさを味わえる)
  • セカンドハウス的場所(サードプレイスとしての活用)
  • 憩いの場所(自然とふれあう場)
  • 山を育てる楽しみ
  • 山林は価格が安く、固定資産税も安い

山林を購入する目的は人それぞれだが、共通しているのは自然が好きであることだ。まず、宅地と比べて圧倒的に地価が安いので、手を出しやすい。例えば都心の23 区内のマンション(70平方メートル、築10年)の相場価格を上位からみると、1位が港区で約6000万円から1億3000万円、10位の台東区で約3800万円から約7500万円、23位の江戸川区でも約3100万円から4200万円ほどにもなる(出典:HowMa マガジン「【2020年最新版】東京23区のマンション相場価格を徹底レポート!」)。こうした宅地の価格と比べると、山林の場合は数十万円から数百万円を出すだけで簡単に3000坪以上の土地を購入することができるため、非常に割安に感じてしまうのである。したがって、賃貸物件に暮らしながら、マイホームより先に山林を購入する人もいる。

また、いまはキャンプを前提にした山林購入者が注目されているため、売買市場が活況になってきている。買い手も見つかりやすく、売り手も売りやすい状況だ。一度購入して売りに出すと次の買い手が待っている人気の山林もある。

山林を所有すると大きな満足感というか、安堵感を持つ傾向があるようだ。山林バンクの代表である辰己昌樹さんに取材したときに、広さによって満足感が違う話をしてくれた。「東京の方で、1万坪以上の山林を購入されたほとんどの人は、購入後に自分の山を訪ねることはないようです。どうしてなのかわかりませんが、満足して仕事に集中できるようになったという人がいました」

山主となった満足感が、精神的なゆとりになって仕事への集中力につながったのだろう。こればかりは、広大な山林の所有者にならないと理解できない心境かもしれない。

一方、個人的なキャンプ用として購入した人たちは、各自の山林の特徴である植生や沢や全体の景観、アクセスなどを総合的に評価している。そのため実用的に利用していることで満足度も高い。キャンプ場の開設や運営を目指す人たちは、特に時間をかけて山林を選んでおり、各自のビジョンを掲げて整備する傾向にある。実質利用できる広さや周辺環境に魅力を感じている。

投資で購入した人の場合は、長期保有による蓄財のためと同時に山を育てるという意識を持つようだ。山林は国土を形づくるものだと前に説明したが、山を育てるという発想は、国土をよい環境にしていく、適した山林をつくるという考えが底流にある。投資という面では、日本の林学の創始者とされる本多静六博士(東京帝国大学教授)は、地価の安い山林を買い続けて、木材の高騰とともに巨万の富を得たことで広く知られている。明治時代に山林に投資した本多博士は、ドイツ留学時の恩師(ルーヨ・ブレンターノ博士)から勤倹貯蓄して投資し、独立した生活をすることを勧められる。本多博士は恩師の言葉どおり、株式、山林、土地に投資し、日露戦争後の木材の値上がりで百万長者になった。ここまでなら投資家としての成功談で終わるが、本多博士は東大を定年退官後、所有する山林を処分して学校や育英団体に寄付し、奨学資金とした。その社会貢献の精神に胸打たれ、本多博士のように多くの山林に投資をしながら、植林し山を育てることが人生の楽しみになっている人もいる。具体的に投資による定期的な収入を期待する人は、電力会社の送電線のための鉄塔設置使用料や携帯電話基地局設置による使用料が入る山林に魅力を感じている。

自然環境保全を意識している人にとっては、山林を維持することが目的になり、所有していることで満たされる。山林を守ることは、水源の涵養、水資源の貯留、洪水の緩和、水質の浄化といった機能性を保全することになり、ひいては地球温暖化対策にもなると大きく期待している。こうした山林の機能性にメリットを感じている人も多い。

また、里山づくりなど、山道の整備や沢の流木の撤去のほか、草刈りや間伐など日々の手入れに喜びを感じる人もいる。山林の中で過ごせることにも魅力があるようで、この点に限ってはセカンドハウスを設けたい人や憩いの場として魅力を感じる人にも共通している。

キャンプにしても登山にしても、山で過ごす時間が「非日常」であることも魅力的であるのは間違いなさそうだ。また日々山で過ごすことに魅力を感じるケースもあり、こちらは「日常」としての山を楽しんでいる。例えば、家、職場(学校)以外に第三の居場所(サードプレイス)としての山の存在である。アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグが、より創造的な交流が生まれる場所として挙げたのがサードプレイスである。サードプレイスとは、もともとは無料あるいは安い料金で、食事や飲料が提供されており、アクセスがしやすく、歩いていけるような場所で、習慣的に人が集まってくる、フレンドリーで心地よい居場所だとされる。日本では、一個人としてくつろげる居場所としての意味合いで使われることも多い。山林をサードプレイス(=くつろげる居場所)に見立て、ソロキャンプやプライベートキャンプができる場として安らぎを感じている。キャンプでの焚き火や森林浴によって五感が研ぎ澄まされ、ストレスが解消されたり、心の平穏が取り戻せたりする効用を挙げる人が多い。

山を育てることに魅力を感じる人もいる。環境保全や山林に投資する人たちも何気なく「山を育てる」と口にする。山を育てるとは簡単に言えば、植林して何十年もかけて立派な木々を育て、生物多様性のある山の環境を整備することだろう。木々の成長に自分の人生を重ねている印象もあるが、理想の山林を少しずつつくっていく楽しみが山を育てるという表現に結びつくのだろう。

こうして見ると、山の魅力は様々で幅広いことがわかる。

 

『山を買う』

実際に山を買った人たちの話を紹介しながら、山を買うブームの考察や山林購入を取り巻く諸問題も解説。
山を買うことのさまざまな情報をまとめた気になる一冊です。


著者:福崎 剛
発売日:2021年2月19日
価格:本体価格1000円(税別)
仕様:新書判224ページ
ISBNコード:9784635510738
詳細URL:www.yamakei.co.jp/products/2820510730.html

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【著者略歴】
福崎 剛(ふくさき・ごう)
鹿児島県生まれ。東京大学大学院修了(都市工学専攻)。日本ペンクラブ会員。登山歴は、アイガー、マッターホルン、モンブラン、エトナ火山など。メドック・マラソンを5回完走したボルドーワイン騎士(コマンドリー・ド・ボルドー)。マンション管理問題から、景観保全のまちづくり、資産価値の高い住宅選びなど、都市計画的な視点でわかりやすく解説。『マンションは偏差値で選べ!』(河出書房新社)、『本当にいいマンションの選び方』(住宅新報社)など、著書多数。

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