山小屋管理人としての終わりと始まり。新天地は尾瀬の古き山小屋

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“尾瀬のおへそ”とも言うべき見晴地区に佇む「原の小屋」。60年以上の長きにわたり営業を続けているこの山小屋に、2020年、新しい管理人がやってきました。本連載では尾瀬のこと、人のこと、山小屋のことなど、新管理人から日々のたよりをお届けします。

“尾瀬のおへそ”とも言うべき見晴地区に佇む「原の小屋」。60年以上の長きにわたり営業を続けているこの山小屋に、2020年、新しい管理人がやってきました。本連載では尾瀬のこと、人のこと、山小屋のことなど、新管理人から日々のたよりをお届けします。

文・写真=髙妻潤一郎


南アルプスの北岳の中腹、白根御池も11月に入ると池が全面結氷して冬の訪れを知らせる。私たち北岳の各山小屋の管理人たちも、半年間に及ぶ山小屋の営業を終えてそれぞれの自宅へと戻っていく。

私も家内やスタッフたちとともに最後の別れを小屋に告げて、静かに下山をした。通年であれば「また来年の春に」と小屋閉めの安堵感で下山をしていくのだが、今回は最後の下山となり、これまでの年月を振り返りながら小屋を後にした。「終わったな」「終わったね。御池の神様ありがとうございました」。夫婦の会話は短くともその言葉の裏には15年間という長い時間が込められていた。

私たちはいままで、夏のシーズン中は小屋の業務で他の地域の山登りはほとんど出来なかった。それで差し当たって2020年は北アルプスや東北の山々、はたまた九州の山を温泉巡りしながら山登りを楽しもうかと計画を立てていたのだ。しかし、そんな予定も山と溪谷社のY氏からの突然の電話で一変。「社長が直接、お願い事があるので一度会社に訪ねて来てほしい」そんな内容の電話だった。

山小屋の業務は小屋を閉めた後も意外とあり、下界での残務は半月ほど続いたため、山と溪谷社に足を運べたのは半月以上が過ぎてしまっていた。

北岳をバックに

北岳をバックに二人で最後の写真。15年間も白根御池小屋にいて、最初で最後の記念写真
北岳をバックに二人で最後の写真。
15年間も白根御池小屋にいて、
最初で最後の記念写真

 

なんと、社長からのお話は山と溪谷社の子会社である「原の小屋」の管理人を引き継いでもらえないかとの内容であった。うれしい半面、私たちは困惑していた。新たな人生設計を思い描きはじめていた中で、また山小屋に入るということ。しかも、準備期間なし、前任者からの引き継ぎもなし、となるとかなりハードルが高い状況だ。それから1カ月以上、夫婦で悩みに悩んで、何度もミーティングを重ねた。

尾瀬と言えば私の師匠である山岳写真家の白簱先生とともに随分と通ったエリアである。特に檜枝岐村には毎月のように訪れていた時期もあるほどだ。そのため私たち自身にも知り合いの方や定宿があるほど、なじみの場所ではある。どうしよう、先生ならなんと言うか?

しかし残念な事に、時を同じくして2019年11月に先生がお亡くなりになり、先生からのアドバイスは聞けない。私も葬儀に参列させていただき、先生と最後のお別れをする中、生前に先生が白根御池に宿泊された時に、私に対してこんな言葉をかけていただいことをふと思い出した。「髙妻、こういった弟子のありかたもあるな。おまえは写真ではなく小屋を管理するという立場で南アルプスと向き合っていけばよい。そして写真はまた、撮りたいと思う時が必ず来る。その時はまた撮ればよい」と……。

先生のライフワークには「南アルプス」と「尾瀬」は大きなテーマの二つであった。「尾瀬と南アルプスとの異なった個性が明確につかめてくると同時に、(中略)ふたつの山は私にとって、絶対に不可欠な山であった」そんなコメントを写真集の中にも記している。よし! 私も「南アルプス」と「尾瀬」の両方の山に関わり、どちらのエリアでも山小屋管理の仕事をしよう。

いま頃天国では、私を南アルプスに導いた先生の友人でもある故塩沢久仙さんと二人で「髙妻は、今度は尾瀬だな。どうかね。塩沢君」などと打ち合わせをしているような気がするのだ。

サプライズクッキー

昨シーズン一緒に働いたスタッフたちが私たち夫婦のためにサプライズで作ってくれたクッキー
昨シーズン一緒に働いたスタッフたちが
私たち夫婦のために
サプライズで作ってくれたクッキー

山と溪谷2020年5月号より転載)

 - 尾瀬 - 原の小屋 OZE ・ HARA NO KOYA

尾瀬「原の小屋」

本州最大級の高層湿原、尾瀬ケ原が広がり、日本百名山にも数えられる燧ヶ岳と至仏山の2座を有する特別保護地区、尾瀬国立公園。原の小屋は、ブナの原生林が広がる燧ヶ岳の山麓、6軒の山小屋が集まる福島県檜枝岐村見晴地区(下田代十字路)にあります。長きにわたり、厳しい冬の風雪にも耐えてきた重厚な建物の中は、静かで温かい山の時間が流れています。


宿泊料金と予約について

山小屋直通電話:090-8921-8314
http://www.oze-haranokoya.com/
https://www.facebook.com/haranokoya/

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本州最大級の高層湿原、尾瀬ケ原が広がり、日本百名山にも数えられる燧ヶ岳と至仏山の2座を有する特別保護地区、尾瀬国立公園。原の小屋は、ブナの原生林が広がる燧ヶ岳の山麓、6軒の山小屋が集まる福島県檜枝岐村見晴地区(下田代十字路)にあります。長きにわたり、厳しい冬の風雪にも耐えてきた重厚な建物の中は、静かで温かい山の時間が流れています。


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プロフィール

髙妻 潤一郎

1964年、愛知県生まれ。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド ステージⅢ。アルパインツアーサービス(株)、山岳写真家の故白簱史朗氏の助手を経て、2005年から15年間、南アルプスの山小屋の管理業務に携わる。2020年尾瀬・原の小屋の管理人に就任。
http://www.oze-haranokoya.com/

- 尾瀬 - 原の小屋 管理人便り

“尾瀬のおへそ”とも言うべき見晴地区に佇む「原の小屋」。60年以上の長きにわたり営業を続けているこの山小屋に、2020年、新しい管理人がやってきた。本連載では尾瀬のこと、人のこと、山小屋のことなど、新管理人から日々のたよりをお届けする。

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