独立峰には信仰の山がなぜ多い? 誰かに教えたくなる、山の不思議をひもときます

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最新号の『山と溪谷』2021年4月号は、日本中の独立峰の魅力に迫る内容だ。特集「日本の独立峰45選」から、今回は思わず誰かに教えたくなる山の不思議をひもとくコラムを紹介しよう。

最新号の『山と溪谷』2021年4月号は、日本中の独立峰の魅力に迫る内容だ。特集「日本の独立峰45選」から、今回は思わず誰かに教えたくなる山の不思議をひもとくコラムを紹介しよう。


文=大関直樹、イラスト=岡田成生

文=大関直樹
イラスト=岡田成生

『山と溪谷』2021年4月号

山と溪谷2021年4月号山と溪谷2021年4月号

特集「日本の独立峰45選」
・第1部「北日本の独立峰」
・第2部「東日本の独立峰」
・第3部「西日本の独立峰」
第2特集「簡単山ごはん ワンクッカーレシピ&テクニック」
特別企画「山の絵を見る目」


発売日:2021年3月15日
価格:本体価格1200円(税別)
ページ数:200
商品ID:2820901032

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[ 教えてくれた人 ] 鈴木正崇さん
すずき・まさたか/1949年生まれ。慶應義塾大学名誉教授。2011年より日本山岳修験学会の会長を務める。専門は、文化人類学・宗教学・民俗学。著書に『山岳信仰』(中公新書)、『女人禁制』(吉川弘文館)など。

独立峰はなぜ信仰の対象となりやすい?

日本三名山(富士山、白山、立山)は山岳信仰の盛んな山だが、このうち立山を除く2座は独立峰である。また、富士山の次に標高の高い独立峰の御嶽山も、中世から信仰が続いてきた山だ。では、なぜ独立峰には信仰の山が多いのか?

「山は、古くから山麓の農民にとっては水をもたらし、海辺に住む人々にとっても航海の安全に欠かせない存在でした。ただし、独立峰だから信仰の対象となったわけではありません」と日本山岳修験学会会長の鈴木正崇さん。

日本人は日々の暮らしを支えてくれる山に対して畏敬の念を抱いてきた。そういった信仰の山には、大別すると次の4つの特徴が挙げられるという。

なかでも独立峰は、遠くからでもよく目立ち、形も美しいことから信仰を集めやすかったのではと考えられる。

独立峰はなぜ信仰の対象となりやすい?


信仰の山に見られる特徴

◇ 里に恵みの水をもたらす
山に降った雪は春になると雪解け水として里の水田を潤す。そんな恵みの水に感謝し、里の人々は山を崇拝した。古くから山岳信仰が盛んな山の周辺は、米どころが多い。鳥海山や出羽三山と庄内平野、立山と富山平野、白山と加賀平野などがその代表である。

◇ 姿かたちが象徴的で美しい
日本の山の多くは里に近く、山麓の人々は常に山を眺めて暮らしていた。なかでも、独立峰のようにどこから見ても均整がとれた山は、その美しさから信仰の対象となりやすかった。また、牛や鳥などの動物の姿に似ている山も、神が宿ると考えられることが多かった。

◇ 生活を豊かにする生産力がある
山の恵みは水だけではない。クマやシカなどの獲物、キノコや山菜、薬草なども与えてくれた。ほかにも、森林は家を建てるときに必要な建築資材や薪炭などのエネルギー源としても活用することができ、人々の暮らしを支える重要な存在として大切に扱われてきた。

◇ 死者の行きつく場所である
死者の霊魂は山に上ってゆき、年忌供養をするうちに浄化され、三十三回忌には神になり、神と一体化した先祖の霊は近くの山から子孫を見守る、と日本では考えられてきた。里に近く特徴的な山は、こうした死者の行きつく場所として畏怖された。


独立峰×山岳信仰よもやま話

◇ 海から見える独立峰は重要だった?
独立峰を崇めていたのは、山中で修行をする修験者や山麓で水の恩恵を受ける農民だけではない。漁民や船乗りなど海で生きる人々にとっても重要な存在として信仰の対象だった。

衛星通信機器や魚群探知機などの機材もなく航海技術が未発達だった時代、彼らは海上から山や岬を目標にして船の位置を確かめていた。この技術は、「山アテ」や「山タテ」といわれ、マスターしなければ航海ができないといわれるほど重要なものだった。

独立峰はなぜ信仰の対象となりやすい?


◇ 女人禁制だった理由とその衰退
日本では古くから女性が山に登ることを禁じる考え方があった。「女性は月経や出産による血の穢れがあり、山の神が怒って天災をもたらす」と考えられていたのだ。しかし、江戸時代に富士講が盛んになると、女人禁制を破って富士山に登る女性も現われた。

1832(天保3)年10月下旬、江戸深川生まれの町娘の高山たつは、男女平等を唱える富士講の先達、小谷三志に率いられて富士山山頂をめざした。雪が舞うなか、登頂に成功したたつは、人の目を欺くために髪を切り男装していたという。しかし、正式に女人禁制が解禁されたのは72(明治5)年で、40年後のことだった。

独立峰はなぜ信仰の対象となりやすい?


◇ 世界でも珍しい? 日本の山岳信仰
山を神聖な場所として崇拝する山岳信仰は、世界中の国で見ることができる。しかし、日本の山岳信仰のように山に登ることで神や仏と一体化するという考え方は、とても珍しいものだという。たとえばヨーロッパでは、山は悪魔が棲む危険な場所とされており、山に登るなど考えられないことだった。西ヨーロッパ最高峰のモンブランも18世紀ごろまでは「呪われた山」と呼ばれていたそうだ。

今やドイツやイギリス、フランスなども日本と同じく登山大国といわれているが、アルピニズムが誕生した近代以前から山に登るという山岳信仰があったのは日本だけなのである。

独立峰はなぜ信仰の対象となりやすい?


◇ 江戸時代に大流行した富士講
日本で最も高い独立峰である富士山は、戦国時代までは人々の畏怖の対象であり、修験者しか登ることのできない山だった。しかし、江戸時代になり庶民の生活が豊かになると、富士山へ登拝することを目的とした富士講(グループ)が誕生。富士山を信仰する仲間同士で旅費を集め、くじに当たった代表者が富士山に登ったという。富士講は、江戸八百八町すべての町に講があるといわれるほど、爆発的に流行した。その理由は、富士山は江戸の町からはよく見えたので、庶民に身近で親しまれていたこと。商売繁盛や健康祈願など、多くの現世利益の願いをかけたことが挙げられる。

独立峰はなぜ信仰の対象となりやすい?

冒頭で述べた富士山や白山、御嶽山だけでなく、岩木山や鳥海山、飯綱山、日光男体山など、日本には数多くの霊峰とされる独立峰がある。なぜ、それらの山が信仰の対象となったのか、その背景に注目すると知らなかった山の一面を楽しめるかもしれない。

今回紹介したのは、4月号特集「日本の独立峰45選」のほんの一部。本編ではさまざまな独立峰の魅力を紹介しているのであわせて楽しんでほしい。

『山と溪谷』2021年4月号

山と溪谷2021年4月号 山と溪谷2021年4月号

特集「日本の独立峰45選」
 ・第1部「北日本の独立峰」
 ・第2部「東日本の独立峰」
 ・第3部「西日本の独立峰」
第2特集「簡単山ごはん ワンクッカーレシピ&テクニック」
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発売日:2021年3月15日  価格:本体価格1200円(税別)
ページ数:200 商品ID:2820901032
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プロフィール

山と溪谷編集部

『山と溪谷』2024年5月号の特集は「上高地」。多くの人々を迎える上高地は、登山者にとっては入下山の通り道。知っているようで知らない上高地を、「泊まる・食べる」「自然を知る・歩く」「歴史・文化を知る」3つのテーマから深掘りします。綴じ込み付録は「上高地散策マップ」。

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From 山と溪谷編集部

発刊から約90年、1000号を超える月刊誌『山と溪谷』。編集部から、月刊山と溪谷の紹介をはじめ、様々な情報を読者の皆さんにお送りいたします。

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