高尾山をもっと楽しむためのロングコース。南高尾セブンサミッツ縦走から高尾山ハートルート
「高尾山は初心者向きの山だから中級者の私はもう卒業!」なんて思っている人にぜひお勧めしたいのが、東高尾山稜から南高尾山稜をつないで高尾山に至る縦走コース。尾根上にそびえる7つのピークを越えて大垂水峠を陸橋で渡り、一丁平から高尾山山頂をめざすロングコースだ。全長約16キロと長丁場ではあるものの、完走できれば低山とは思えない強い達成感を得られることだろう。そして高尾山の奥深い魅力をあらためて再認識するにちがいない。
今の季節。早春の登山道は若葉の淡いグリーンと桜の薄いピンク色に彩られて登山者の来訪を待っている。遠くに白く輝く富士山を目で追いながら、健脚者向けのコースにチャレンジしてみてはいかがだろう。
高尾山の地図をよく見ると、山頂をグルリと取り囲むように尾根が延びているのがわかる。東側に南北に連なる尾根が東高尾山稜、南に位置する尾根は南高尾山稜だ。この尾根上には、東から草戸山(くさとやま)、榎窪山(えのくぼやま)、泰光寺山(たいこうじさん)、入沢山(いりさわやま)、中沢山(なかざわやま)、金毘羅山(こんぴらやま)、そして大洞山(おおぼらやま)の7座がある。
地図上に、ほぼ等間隔に並んでいるこれら7つの山を総称して、私は「南高尾セブンサミッツ」と呼んでいる。標高300m台の草戸山から500m台の大洞山まで、少しずつ背を伸ばしながら続いている7つの峰を越えていけば、ピークハントの楽しさと縦走気分を味わうことができるだろう。
南高尾セブンサミッツ
- 1.草戸山(354m) 標高の数字から「一年山」との愛称も。山頂に展望台がある
- 2.榎窪山(420m) 地味な山頂だが、東高尾と南高尾の要に位置。
- 3.泰光寺山(475m) 巻き道に逃げると登頂できない。激登後の達成感はここがいちばん
- 4.入沢山(490m) 頂上からは高尾山方向の展望が開ける。分岐がわかりにくいので注意
- 5.中沢山(494m) 山頂には観音像が祭られている。明るくこぢんまりとした頂上
- 6.金毘羅山(515m) 頂上には大きなベンチと机があり、ランチスポットとしてもオススメ
- 7.大洞山(536m) セブンサミッツ最後の山にして最高峰
体力に自信があるのなら、高尾山口駅をスタートして南高尾セブンサミッツを縦走したのち、高尾山を越えて駅に戻る周回コースにチャレンジするといい。高尾山を時計まわりにちょうど1周。全長約16キロの軌跡を地図に落としてみると、ハートの形が描かれる。薬王院がハートのヘソで、榎窪山が底にあたるわけだ。自分の足跡がハートを描いていたことに気づけば、長い距離を歩き通した充足感とともに、ちょっと幸せな気分が味わえるかもしれない。
そもそも一日に8つの山に登ってしまうコースは全国的に見ても珍しい。そして山のデジタルスタンプ「ヤマスタ」利用者なら、一度に10個以上ものスタンプがゲットできてしまうのだ。無料のスマートフォンアプリ「ヤマスタ」をまだ登録されていない方は、これを機会にヤマスタを始められてはいかがだろうか。
なお、体力に不安のある方には、大垂水峠を起点にして高尾山口へと下ってゆく逆コースをおすすめする。山と溪谷社のガイドブック『アルペンガイド 高尾山と中央線沿線の山々』では、そちらのコースを推奨しており、セブンサミッツの全踏破には変わりはないのだから・・・。
モデルコース:南高尾セブンサミッツ縦走
行程: 高尾山口駅・・・草戸山・・・榎窪山・・・泰光寺山・・・入沢山・・・中沢山・・・金毘羅山・・・大洞山・・・大垂水峠・・・一丁平・・・高尾山・・・高尾山駅・・・金比羅台・・・高尾山口駅(約7時間) ※学習の小道(大垂水峠~大垂水峠分岐)は現在は通行止めだが、通行可能となれば一丁平をパスすることも可能。
関連リンク:
日当たりの良い南向きの尾根をたどって南高尾セブンサミッツを踏破
スタートは高尾山口駅。駅前でケーブルカー乗り場方面に向かう人の流れに背を向けて国道20号を渡る。道標に従って住宅地を通り抜ければ、5分とかからずに緑の濃い山道に入ることができる。ここはすでに高尾山の喧騒とは無縁の世界だ。
しばしの急登で四辻に到着。ここからアップダウンの多い東高尾山稜の尾根歩きが始まる。右手を注意して見ていると、木々の狭間から高尾山ケーブルカーを見ることができるかもしれない。ケーブルカーの黄色い車両がゆっくりと目の高さまで登ってゆく姿を見ていると、自分が着実に高度を稼いできたことに気づくはずだ。
道は幅もたっぷりあって歩きやすく、周囲の樹相も広葉樹と針葉樹が交互に現われて飽きることはない。冬枯れの季節にはヤブツバキやアオキの赤い実が道の左右にアクセントを添えている。これから初夏にかけて、道の周囲はパステルグリーンの若葉と淡いピンクのヤマザクラに彩られる。明るい冬の雑木林も快適だが、草花の命が躍動する春もまた絶好の登山シーズンといえるだろう。
草戸山の頂上には展望台があり、相模原方面の景色が大きく開ける。木々のすき間から新宿副都心のビル街やスカイツリーを探し出すことも可能だ。草戸山は、かつて標高が365mだったことから(今は364m)、地元では“1年山”と呼ばれ親しまれてきた。町田市の最高峰としても知られており、大戸方面から気軽に登ることのできるハイキングコースが延びている。南高尾の7つの峰のなかでは最も人気の高い頂上だ。
草戸山をあとに稜線をたどると、左手に城山湖が見えてくる。湖畔の土手に、ひらがなで「しろやまこ」と植栽で書かれているのがほほえましい。
急なアップダウンを何度も繰り返し、登り着いたところが榎窪山。展望もなく、地味な頂ではあるが、ここは縦走路のなかで重要な位置を占めている。東高尾山稜はここで終わり、この先、尾根は西へと向かう。言わば東高尾山稜の終点であり、南高尾山稜のはじまりなのだ。
三沢峠を過ぎてしばらく進むと、突如、道の正面にフクロウのモニュメントが現われる。風倒木にチェーンソーを使って造られた作品で、フクロウの足元には鷲が描かれている。このあたり一帯は、地元のボランティアグループの方々が道の整備を行なっていて、杉や檜の風倒木などを使って作られたベンチが至るところに設置されている。ここから先、登山道におけるベンチ密度は、おそらく日本一ではないかと思われる。枝をフックにしたユニークなザック掛けも好評で、この先のベンチで何度も出てくるので楽しみにしよう。
フクロウの広場からしばらくおだやかな道が続くが、やがて正面に壁のような急な階段が現われる。左に巻き道が続いていて心が揺れるが、ここはぜひ直登したい。一気に登りつめたところにセブンサミッツ3番目の山・泰光寺山の山頂標識が待っている。頂上にはベンチがあり、その先は、さきほどの急だった登りがうそのように明るくおだやかな道が続いている。
泰光寺山からいったん下り、西山峠の先をしばらく行くと、左手に「語らいのベンチ」が現われる。周りを木々に囲まれていながら、そこだけ平地を造成したようなおあつらえ向きの休憩スポットになっている。このあたりは入沢山への登山道分岐点でもある。縦走路を右に離れ、踏み跡を尾根沿いに登れば、立派なベンチのある入沢山山頂に着く。入沢山の山頂部は北側が開けていて、城山と高尾山がよく見える。あまりのゴールの遠さに落胆しないように・・・。ここはまだ全行程の半分程度なのだから。
なお、山頂からそのまま尾根どおしに縦走したいところだが、ここから西側は私有地で立ち入り禁止になっているため、往路を縦走路の分岐まで戻るようにしたい。
語らいのベンチから先は、しばらくスギやヒノキの人工林が続く。視界の効かないトラバース道をしばらくたどり、左手が明るく開けると、今回の縦走路で一番の展望スポット、「見晴台」に到着する。津久井湖を前景にして丹沢の山並みが正面にそびえており、大室山の右隣に小さく富士山が顔を出している。ベンチで休みながら、今コース一番の大展望を堪能しよう。
明るい広葉樹の尾根道のアップダウンを繰り返したのち、縦走路と別れてほんのわずか、急な登りを過ぎれば中沢山の頂上に着く。セブンサミッツ5番目のピークで、こじんまりとした山頂には観音様が祭られている。
6番目のピークは金毘羅山。山頂には手作りの立派なテーブルとイスが並び、頂上を背にして座ると高尾山を正面に眺められる。すっかりおなじみになったザック掛けもズラリと並び、ランチスポットとしてもぜひ、オススメしたいところだ。
南高尾セブンサミッツ7番目の山は、最高峰の大洞山だ。展望はあまり期待できないが、頂上直下には桜の巨木があるので花の季節を楽しみにしよう。山頂の看板には、今回たどった道の説明が書かれている。ここは「関東ふれあいの道」に指定されており、この先、城山を経て高尾山口までの道は「湖のみち」と名付けられているとのことだ。
登山道はここから大垂水峠に向かって急降下となる。縦走路中いちばんの下りになるので、次の登り返しにそなえて慎重に足を運ぶといい。
大垂水峠には陸橋がかかっており、車の走る国道20号を上から渡ることができる。渡り切って右に向かう階段が一丁平への登山道だ。山道が林道に出たところで学習の歩道との分岐となるが、学習の歩道方面は現在(2021年3月)、通行止めとなっているため、分岐から一丁平に向けて防火帯歩道を登ろう。道は山火事の延焼を食い止めるための切り開きにつけられているため、道幅は広く、歩きやすい。
たどり着いた一丁平はすでに奥高尾縦走路の一角。行き交う登山者が急に増えて驚かれるかもしれない。
ここからモミジ平を経て高尾山山頂までは1時間弱。春には桜、秋にはモミジが楽しめる散策路だ。おおぜいの人でにぎわう高尾山頂に着いたら、富士山の展望に別れを告げて一号路をのんびりと下るようにしよう。
プロフィール
萩原浩司(はぎわら・ひろし)
1960年栃木県生まれ。青山学院法学部・山岳部 卒。
大学卒業と同時に山と溪谷社に入社。『skier』副編集長などを経て、月刊誌『山と溪谷』、クライミング専門誌『ROCK&SNOW』編集長を務めた。
2013年、自身が隊長を務めた青山学院大学山岳部登山隊で、ネパール・ヒマラヤの未踏峰「アウトライアー(現地名:ジャナク・チュリ/標高7,090m)」東峰に初登頂。2010年より日本山岳会「山の日」制定プロジェクトの一員として「山の日」制定に尽力。
著書に『萩原編集長危機一髪! 今だから話せる遭難未遂と教訓』、『萩原編集長の山塾 写真で読む山の名著』、『萩原編集長の山塾 実践! 登山入門』など。共著に『日本のクラシックルート』『萩原編集長の山塾 秒速!山ごはん』などがある。
今がいい山、棚からひとつかみ
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