九州自然歩道2,100kmをスルーハイク! 最終回 九州自然歩道を歩き終えて

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九州自然歩道を約2ヶ月半かけて歩いてきたロングトレイルハイカーの齋藤正史さん。2,100㎞の道のりを踏破して考えたこととは……。九州自然歩道への提言を寄せた。

 

齋藤正史(さいとうまさふみ)

齋藤正史(さいとうまさふみ)

1973年生まれ。山形県新庄市出身。ロングトレイルハイカー。

アメリカにあるロングトレイル、アパラチアン・トレイル(2005年)、パシフィック・クレスト・トレイル(2012年)、コンチネンタル・ディバイド・トレイル(2013年)を踏破し、ロングトレイルの「トリプルクラウン」を達成。日本国内でロングトレイル文化の普及に務め、地元山形ではロングトレイル整備の活動も行う。

 

九州自然歩道はどんな道だったのか?

九州自然歩道をぐるっと一周、2か月半かけて約2100㎞という距離を歩いてきたのだが、そもそも、僕にとって九州を訪れたのは初めてだった。

初めて見る九州の景色は、東北に住み、東北の自然を見慣れた僕にとって、魅力的な景色だった。テレビやインターネットで見ていた地名を実際に歩くのは、想像していた以上に楽しい道のりだった。

また、コロナ禍でありながら、劇的な出会いやめぐり合わせも数多くあり、今回の九州自然歩道の旅を思い出深いものにしてくれた。

しかし、全体的に、実際に歩いてみると難しいところが多かった。その原因をいくつか挙げていきながら、これから九州自然歩道を歩いてみたい、という方のヒントになればと思う。

長崎県で見た石畳のルート

 

1.最新の地図がない

現時点で、一番新しいと思われるルートを示しているのが、「九州自然歩道ポータル」にあるオンラインマップなのだが、ここで提供されているルートは、あいまいな個所が多かった。少なくとも2011年に噴火し、現在も立ち入り禁止となっている霧島錦江湾国立公園内の新燃岳が、「利用できるルート」として掲載されているのだ。

ふさがれている場所が多い。民有地か公の土地かもわからない。柵の先に道はなかった

 

2.歩くための情報が無い

「九州自然歩道ポータル」は、九州自然歩道の「緊急情報」が掲載されているのだが、2019年5月の、熊本県菊池渓谷の通行止めの情報だけしか出ていない。実際に歩くと、「令和2年7月豪雨」(2020年)や、それ以前に発生した災害等で通れない道も数多くあった。事前に歩く市町村や県の登山道情報を確認した方が安全かもしれない。

流されたままの高千穂峡周辺ルート/通行止めに苦戦。予め情報があれば・・・

 

3.歩いていいのか、判断が難しい

九州自然歩道を歩いていて特に多かったのが、イノシシや鹿除けの柵の存在だった。開閉できる柵を設置している場所もあるが、多くが開閉できない柵で遮断されていたのだ。ほかにも、九州自然歩道の示すルートが、明らかに民家の敷地内を通っている場所があった。公有地に勝手に柵を設けているのか、民有地に合法的に柵を設けているのか、通りすがりのハイカーでは判断が付かないし、強行突破することはできない。ほかにも、九州自然歩道の示すルートが、明らかに民家の敷地内を通っている場所があった。

民家の敷地内を抜けるルート。知らなければ通れない/看板があることさえも分からない状態

 

4.最新の情報が無い

最新の情報が全くないので、「令和2年7月豪雨」の被害の大きかった人吉エリアでは、山道を20km進んでから、工事現場の人に通行止めを知らされ、また20kmを歩いて戻り、迂回させられたことがあった。また、登り口では、豪雨被害がなく、通行できたのが、反対側の登山口付近では、豪雨被害で大きく登山道が流されて通行止めになっていたというケースもあった。

道標は新しいが、密な竹林で通れない


2011年に、機運が高まり、動き始めたと思っていた九州自然歩道の再整備は、実際にはあまり行われていなかったのだ。さらに10年の経年によって、歩けない道が増え、看板が朽ち果てていった。「令和2年7月豪雨」は、さらに加速させたのかもしれない。

 

今、九州自然歩道を歩くには

九州自然歩道は、そもそも舗装路歩きが多い。故・加藤則芳さんが大隅半島を歩かれた際に、舗装路歩きが多いと感じて、ルートの再構築を提案した、と聞いたことがあった。

「九州自然歩道」は、登山道では、有名な山の登山道であれば、山頂までは歩けるケースが多い。ほかは、舗装路歩きが多く、観光地を通るルートが多いので、迂回を前提にすれば、現状でも歩くことは可能といえる。

そこで、海外のトレイルを歩いてきた僕の経験から、ひとつのアイディアを提案したい。

天草松島の絶景

天草松島の絶景


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以前、ニュージーランドのトレイル「テアラロア」を歩いている時に、フランス人のカップルに出会ったことがある。「テアラロア」もまた、日本の長距離自然歩道に近く、舗装路やハイウェイがルートの一部になっている。彼らは、舗装路は歩かずに、ヒッチハイクや公共交通機関を使用して移動してしまい、自然歩道だけを歩いて、スルーハイクしていた。

当時の僕は、歩いて踏破したのだが、実際には、交通事故に遭うハイカーがいたし、ハイウェイを通ると「交通事故も多いから歩かない方がいいよ」と声を掛けられることもあった。

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舗装路は、車のための道で、人が長く歩くには不向きだ。九州自然歩道の現状を考えれば、道路区間で公共交通機関がある場合にはそれらを使用し、交通公共機関が無い場合や、景色の良い場所は歩いていく、というスタイルが良いのかもしれない。

通れないと思われる場所を地図上から想定し、自分でルートを考え、無理に藪に入らず歩く……。ある意味、ハイカーが自由にプランし、自由に歩く、ワイルドなスタイルのトレイルとして歩き、九州の自然や地域に触れてみる、というのはいかがだろうか。

番所鼻自然公園付近からの開聞岳

番所鼻自然公園付近からの開聞岳

 

九州自然歩道を再生するために

オープンから40周年を迎えた九州自然歩道だったが、知る人もほとんどなく、イベントなども行われることがなかった。管理は十分にされておらず、看板は朽ち果て、歩道の一部は消失していた。

唯一、更新されていない情報だけが、自然歩道があったことを示している。オープン当初、そんなことになるとは、想像していなかっただろう。

今は、九州自然歩道がオープンした時代背景とは大きく変わっている。

それでは、九州自然歩道はどう再生したらよいのだろうか。今の道を再生させたい、と意見も聞くのだが、全線を復活させるには相当な力が必要になる。

天草四郎記念館

天草四郎記念館


2013年、「みちのく潮風トレイル」のルート設定時に、岩手県・大船渡で自然保護官をされていた久保井さんが、九州に転勤になっていて、3箇所で一緒に歩く機会があった。歩きながら、色々と話をしていた中で、九州自然歩道を現実的に再生する手段や、未来を見る方法を考えた。

アメリカの3大ロングトレイルのひとつ、コンチネンタル・ティバイド・トレイル(CDT)には、歩くトレイルとは別に、バイク(自転車)ルートがある。また、西オーストラリアにある、ビバルマン・トラックは、自転車ルートと徒歩ルートが同じ道を辿る箇所がある。

今回、九州自然歩道を歩いていたところ、サイクリストに会うことが多かった。特に鹿児島県ではサイクリング専用の道路を見かけたり、道の駅などで自転車用のスタンドを設置している場所を見かけたりした。

そして浮かんだのは、自転車用のルートがあってもいいのではないか、ということだ。それは、独立して自転車用のルートを作るのではなく、ハイカーとサイクリストが同じ道を共有できないか、というアイディアだった。

幸い、九州自然歩道は舗装路が多い。山地を通る場合、サイクリストは迂回ルートを行く。ハイカーは、登山道を行く。そしてまた合流し、再び同じ道を進む。自転車で九州を一周する人と、歩いて九州を一周する人が同じ道を行くなんて素敵ではないか! また、自転車ルートと徒歩ルートが共用されることで、整備するボランティアの方も、費用も一緒にできる。しかも、2つが一緒になることで、全体の利用者が増える。管理する、県や市町村としても、利用者の増加が見込めれば、予算が付けやすくなるのだと思う。

加藤則芳さんは、「九州自然歩道は、磨けば光る素晴しいトレイル」と言っていた。

10年前、加藤さんが環境省の神田さんに話したように、九州の地域の方々、行政の関係者、ロングハイキングやサイクリングを愛好するみなさんに、僕も呼びかけたい。「九州の自然、歴史、文化をつなぐ象徴的ネックレスとして一緒に再興しましょう」と。

鹿児島県江口浜からの夕景

鹿児島県江口浜からの夕景


県ごと、市町村ごとにだっていい。そこからスタートしてはどうだろうか。

九州自然歩道の再生には、地域の方々や、ハイカーの地道な協力が必要になるし、市町村や県、環境省の理解と補助が必要になる。九州全体では難しくても、ちょっとずつなら可能性は高くなるだろう。

再生が進んでいけば、ハイカーやサイクリストが共存して、同じルートを楽しみ、そこで地域の皆さんが交流し、笑顔で言葉を交わす・・・・・・。10年後に50周年を迎える九州自然歩道で、そんな光景が当たり前になることを期待したい。

(完)

プロフィール

齋藤正史(さいとうまさふみ)

1973年、山形県新庄市出身。ロングトレイルハイカー。
2005年に、アパラチアン・トレイル(AT)を踏破。2012年にパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)を踏破。2013年にコンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)踏破し、ロングトレイルの「トリプルクラウン」を達成した。日本国内でロングトレイル文化の普及に努め、地元山形県にロングトレイルを整備するための活動も行なっている。

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