気象学者・江守正多さんに聞く。 2050年脱炭素への道と『ドローダウン』[2] コロナ禍からの復興策としての「グリーンリカバリー」

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毎年のように豪雨災害をもたらし、「待った無し」の地球温暖化対策。2050年までの脱炭素に向けて、具体的には何をすべきで、どう進めて行けば良いのでしょうか? 風力発電やソーラー発電に留まらない100の効果的で実現可能な方法を紹介した本がいま、注目を集めています。『ドローダウン』(山と溪谷社)の監訳者で、国立環境研究所・地球システム領域 副領域長の江守正多さんにお話を伺いました。

文=岡山泰史(山と溪谷社)

 

点滴やスプリンクラーによる灌漑で1.3ギガトンのCO2が削減できる。『ドローダウン』 P137より(GettyImages)

 

江守正多(えもり・せいた)
国立環境研究所・地球システム領域 副領域長。専門は地球温暖化の将来予測とリスク論。IPCC第5次・第6次評価報告書の主執筆者。著書に『地球温暖化の予測は「正しい」か?』、『異常気象と人類の選択』ほか。

 

いまは悲観論から希望への大きな転換点

岡山:江守さんが解説文を寄稿された『地球に住めなくなる日』ですが、温暖化をどうやったら止めることができるか、その希望を託すために書いているという点は同じですが、どちらかというと全体に悲観論の方が強いように思います。タイトルもそうですが、希望もあるが、悲観論に傾いているという印象です。

それに対して、先生の解説部分はもっとフラットな書き方だったわけですが、温暖化に対して悲観的だったり、「経済成長とどっちが大事なんだ!」という議論に陥ってしまったり、「自分ごと」としてもなかなか腹に落ちてこないという人がまだまだ多いと思うんですね。無関心層も相変わらず多いようです。

アマゾンではいまでも焼畑により放牧地を開墾している。熱帯林の再生によりCO2は61ギガトン削減可能だ。『ドローダウン』 P212より(NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)

そういうなかで、江守さんは温暖化への理解や、それを防ぐ意味を伝える活動もされているわけですが、研究者としても、ここ10年、20年の流れをどう見ていて、そのなかでの『ドローダウン』の位置付けや評価をお話いただけないでしょうか。
人びとは悲観論の立ち位置から少し動いてきているのでしょうか?

江守:国際的なアジェンダとしての気候変動は、1992年に気候変動枠組条約ができて、ゆっくりと進んできたんですよね。最初の頃は先進国と発展途上国の対立があり、「先進国の責任だろう。率先して対策すべきだ」という新興国・途上国の立場がずっとあったわけです。

そこから紆余曲折して2006年にアル・ゴアの「不都合な真実」が出て、アルゴアとIPCCがノーベル平和賞をとって、いったんすごく盛り上がり、「これはもう気候変動対策をみんなやるでしょう」みたいな感じになりました。日本でも洞爺湖サミットが2008年にあり、温暖化対策は社会の雰囲気としてすごく盛り上がったんですよね。

それがリーマンショック、世界金融危機が起きた2008年、2009年あたりから様子がおかしくなり、2009年のCOP15コペンハーゲンが不調に終わる。日本は10年前の2011年に東日本大震災と原発事故が起こり、それどころじゃなくなる。そこでガクッと関心が落ちるんですよね。

だから日本の場合は希望、絶望というより、気候変動については無関心がこの10年ずっと続いていたかなと思います。ただ国際的には話し合いを再構築していって、2015年のパリ協定がその頂点になると思うのですが、僕自身、パリ協定が合意されるまではすごく悲観的でした。

岡山:そうなんですね。

江守:東日本大震災と原発事故を見てしまって、日本社会の雰囲気のなかで僕が考えたことというのは、気候変動についても、「大丈夫だ」とどこかで思っていたとしても、ほんとうに最悪の事態がこういう風に現実に起きてしまうかもしれない。そういうことを考えると、すごく悲観的な気持ちになっていたんです。対策の議論の方もあんまり進んでいないということがありましたし。それがパリ協定で、世界が「排出ゼロを目指そう」と宣言した。2度とか1.5度で温暖化を止める、そのためには今世紀中に排出ゼロを世界で目指さなければいけないということを、世界が合意したことが僕自身にとっても大きな希望になりました。世界の雰囲気もそういう方向に変わって、パリ協定でパッと明るくなったような気がするんですよね。

そのあと2017年にトランプ大統領がパリ協定の離脱宣言をして、一回あやしくなって(笑)。ただそうこうする間にも対策技術として、太陽光発電、風力発電、バッテリーとかがどんどん安くなって、もうビジネスで対策がペイできるようになっていって、そのトレンドがどんどん拡大してきているんですよね。

岡山:そうですね。

洋上風力はいま世界的には、最も価格競争力がある発電だ。『ドローダウン』 P26より(GettyImages)

江守:それでアメリカもパリ協定に復帰して、中国も2060年に脱炭素だといって、日本も2050年までの脱炭素宣言をして、再び明るい希望が持てる状況の中にあるのが今なんだと思うんですよね。

だからこのドローダウンの希望のメッセージは、今の流れのフェーズにマッチしていて、ぐっと後押しするというか、そんな感じがします。

岡山:非常にわかりやすくまとめていただいて、僕も腑に落ちました。

江守:『ドローダウン』もアメリカで書かれた時、トランプ離脱であやしい頃の出版だったし、『地球に住めなくなる日』もそういうアメリカがパリ協定を離脱した状況で、グレタさんが出てくるより少し前に書かれているので、その意味で危機感、絶望感が若干強めになる感じがしますけれども。
今、少しそのトンネルを抜け出したところに我々はいるんじゃないかと思います。

岡山:時代の空気が当然、作品にも反映されることがあるのかもしれませんね。

江守:そうかもしれないですね。
『ドローダウン』がアメリカで出版された時、分断されたアメリカの中で、
「それでもこうやればできるんだから」という、さっきいったプラグマティックな方向性を示すことだったのかもしれないし、だけど今このタイミングで日本語に翻訳されて、日本においてはもっと前向きに希望が見えてきた。その中で、これが読めるという、少し違うフェーズで日本にはやってきたのかもしれないですけどね。

岡山:少し遅れたことが幸いしたというか。

江守:そうですね。おもしろいですよね。

 

気候変動問題の現在地点

岡山:世界が一つの環境をテーマに結集するというと、オゾンホールの時に世界で協調して、予想以上に早く対策が進んだということがありましたけれども、温暖化にしてもここにきて国連、銀行、脱石炭火力の「ダイベストメント(投資撤退)」ですとか、社会的責任投資、 ESG投資(環境や社会、ガバナンスに対して積極的な取り組みをする企業に投資すること)まで、ありとあらゆるフェーズで温暖化抑制のための動きがあります。それがコロナ禍で、止まるのではなく、世界的にはむしろ加速しています。

その一つとして「グリーンニューディール」(環境関連への大規模な公共投資により雇用創出や経済復興を目指す政策)に大きな注目が集まっています。いまのこの社会状況をどう捉えていますか?

江守:まずオゾン層の問題に触れてみたいと思うんですけど。フロン類のCFCガスがオゾン層を破壊し、紫外線がたくさん降ってきて、人体や生物に悪影響があることがわかり、モントリオール議定書ができて、CFCが規制されることが比較的速やかに行なわれました。地球環境問題への対処がうまくいった教科書的な事例と言われています。

これはやはり、オゾン層の場合、CFCという特定の物質の問題であって、かつ比較的簡単に代替物質が実用化したことで、うまく対策が合意できました。そのあとに、オゾン層破壊と地球温暖化を対比させた議論はいくつかあったのですが、気候変動・地球温暖化対策がなぜ難しいかというと、オゾン層の場合、代替フロンが実用化したので対策できたけれど、気候変動の場合それがないじゃないか、という言われ方をしばらくしていたんですよね。

集光型太陽熱発電はエネルギー貯蔵の面からも注目されている。『ドローダウン』 P46より(Reuben Wu©2016)

つまり、化石燃料を今すぐ代替するとしてもエネルギーをまかなうことができないというのが、しばらくの議論のトーンだったわけです。ところが最近、太陽・風力・バッテリーが安くなってくると、「代替できるじゃん」という話になってくるわけですよね。今そういうフェーズにあると思うので、まさに気候変動も「この取り組みをどんどん拡大していけば対策できるよ」ということをみんなが認識したと。

だから、オゾン層の問題ほどそれが速やかには来なかったけれど、時間をかけてそのフェーズにやってきたことが、今の気候変動問題の現状なんだと思います。


コロナ禍からの復興策としての「グリーンリカバリー」

江守:どうしても気候変動問題は、化石燃料の問題、どう代替するかというエネルギー問題に焦点が行きがちで、実際にボリュームが大きいのでそのことが中心になり、僕自身もそればかりを調べたり考えたりしていたんです。けれどこの『ドローダウン』は、エネルギーは大事だけど、それは一部だよねと。食、資源、女性の教育、人口問題など非常に多角的に対策が出てくるところがおもしろくて、僕にとって非常に勉強になったんです。いろんな対策が出てきたことが、「安い再エネ」と並んで、20年前になくて今あるものだと思っているのです。

いまコロナが世界最大のイシューになっていて、ロックダウンで排出量が減ったんだけど、そのままの社会システムだとコロナが終わったあとまた増えてしまうので、それでせっかくだからなんとかしようというのが「グリーンリカバリー(緑の復興)*」なんですよね。(*コロナ禍で痛んだ経済を環境面への大規模投資等で復興させる政策)

自転車専用道路などのインフラに投資することは、CO2を2.3ギガトン削減するインパクトがある。『ドローダウン』 P169より(GettyImages)

ただ、「グリーンリカバリー」とヨーロッパは言っているのだけど、日本でも会議では話題に出るけれど、お金は使われていないし、中国では2020年後半はすでに、前年度を上回る排出量になっています。結構、実際は「ダーティーリカバリー」が進んでいる部分があるので、そこはよく見ていかなければならないようですね。

岡山:EUでは1.8兆ユーロ(約224兆円)を予算化するという報道がありました。バイデン政権でも4年で2兆ドル(約210兆円)を投資すると表明しています。一方、日本はグリーンリカバリーに対してどれほど予算が割かれているかわからないんですが、まだそこまで議論が進んでいないのが現状ということでしょうか。

江守:そうですね。
コロナ対策予算ではないですけれど、脱炭素宣言で予算が動きますので、その分、日本はいま大きな新しい流れにきていると思います。

『DRAWDOWNドローダウン― 地球温暖化を逆転させる100の方法』

世界をリードする科学者と政策立案者の綿密な調査に基づく、地球温暖化を逆転させる最も確実な100の解決策


『DRAWDOWNドローダウン― 地球温暖化を逆転させる100の方法』
著: ポール・ホーケン
監訳: 江守正多
訳: 東出顕子
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価格:3080円(税込)
仕様:A5判432ページ
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【著者略歴】
ポール・ホーケン(Pawl Hawken)
アメリカの環境保護活動家、起業家、作家、活動家。 複数の環境ビジネスを立ち上げ、自然資本研究所(NCI)を設立し、生活システム、経済開発、産業生態学、環境政策に関する執筆や提言を積極的に行なってきた。 また、社会的責任ある企業を紹介するテレビ番組の制作とホストを務め、115か国、1億人以上に放送された。 2014年、地球温暖化を逆転させる方法を調査する非営利団体Project Drawdownを設立。 主な著書に『ネクスト・エコノミー―情報経済の時代』(TBSブリタニカ)、『ビジネスを育てる』『祝福を受けた不安―サステナビリティ革命の可能性』(バジリコ)、『自然資本の経済―「成長の限界」を突破する新産業革命』(日本経済新聞出版)がある。 

プロフィール

江守正多

国立環境研究所・地球システム領域 副領域長。地球環境、特に地球温暖化・気候変動の研究グループに所属。気候変動の将来予測、気温が何度上がるか、大雨がどう増えるかといったリスクをコンピュータシミュレーションで予測する分野の研究を主に、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第5次・第6次評価報告書の主執筆者でもある。最近は温暖化対策も含めた議論に参加することが増えている。著書に『NHKスペシャル 気候大異変―地球シミュレータの警告』(NHK出版)、『地球温暖化の予測は「正しい」か?』(化学同人)、『異常気象と人類の選択』(角川マガジンズ)ほか。

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