北の山の画文集 文庫判で復刊『原野から見た山』

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評者=鈴木伸介

原野から見た山

著:坂本直行
発行:山と溪谷社
価格:990円(税込)

 

文庫化されて日の目を見た本書は、1957(昭和32)年に朋文堂から出版、その後茗溪堂から復刻されて以来2度目の復刊である。コンパクトサイズになったものの、独特の存在感は変わらず、前2回の箱入り上製本よりも手になじみ読みやすい。画文集の楽しみが横溢し、骨太の絵と直行節とも言える文章にはまってしまう。前掲本の2冊を入手するには、古書市場を探索する以外なく、直行ファンはもとより、山の画文好きの読者にも待望久しい一冊だ。

坂本直行といえば、六花亭製菓の包装紙の図柄でも知られているが、注目すべき一つは、幕末の志士坂本龍馬(直柔)直系の血筋の人であることか。近代日本の夜明けを、身をもって切り開こうとした龍馬と、未開の北の大地を開墾しようと果敢に挑戦した直行には脈々と坂本家の血が流れている。龍馬は折に触れ、姉や他藩の藩士に宛てた書簡に、蝦夷地を開拓し新国を築く夢を語っている。時代は下り、龍馬の兄・権平(直方)から四代目に当たる直行が、北大で学業を終えた後、南十勝地方へ入植し、戦前戦後三十年余にわたって大地と格闘を繰り返した姿は、正に龍馬の志を体現したと言える。

余談になるが、龍馬命でよく知られる歌手・俳優の武田鉄矢は、末裔の画家、直行までも把握し、気に入りの絵を入手所蔵しているのは流石である。

知人、友人に乞われて「歩々の会」が結成され、自然の中を共にスケッチ旅行会で歩き回っていた。直行の描くスピードがあまりに速く、絵画ポイントを移動する際に後を追うのが大変だったと述懐する人もいる。直行は山特有の天候の急変を察知していたからに違いない。

当画文集には、「原野」を冠する文章が4本記載されている。12行にわたる「原野の歌」は昭和初期、20代で入植した直行の心情を余すところなく吐露している。野生動物、立ちはだかるカシワなどの樹林、果てしない未開の寒冷地。直行は荒寥と寂漠と書き、勇気と愛着が僕をささえると書く。救われない孤独感を山に励まされ、筆で描いて奮い立たせて生きた。自然と人間の間にも絆があることを示している。

この画文集には、朴訥で直截、温かみがあり、ユーモラスで愉快な絵と文が綾なし、直行の苦闘と挑戦に思わず拍手を送りたくなる。先行きに不透明感、閉塞感がある現代の我々に、限りない勇気と大きな希望を与えてくれる。

巻頭文「僕の山の絵」にも書かれているように、本格的登山は中学(旧制)のときの日本百名山の一峰、羊蹄山からで、スケッチは山行きと表裏一体、時には一日50枚も描いたというから、集中力とスピードは驚くほどである。表紙に鮮やかに描かれている初冬の日高山脈。開拓集落から朝夕見つめ続けていたヒマラヤ襞を思わせるその姿に、心は憧れのヒマラヤの高峰へ昇華していった。画家として一家を支え始めたあと、還暦を越えて都合3回も渡航し、念願の地で絵筆を揮った。一部始終は逐一新聞紙上等でレポートされたが生前出版は叶わず、後に旧知の友人達の編集を経て、2011(平成23)年に『はるかなるヒマラヤ』として刊行されている。巻末には長男・登氏による坂本直行伝が掲載され興味深い。

広大無辺な原野で苛酷な開拓生活を送り、後に画家として自立し、国内に飽き足らずはるかヒマラヤまで出掛けた直行は、山岳画家、農民画家という名称を意識することなく、好きな道を大股で歩み切った感がある。

現在、直行作品は、六花亭が運営する帯広近郊、中札内村の「坂本直行記念館」や、北海道大学内の「北大山岳館」、および八ヶ岳南麓山梨県北杜市の「日野春アルプ美術館」で鑑賞できる。

 

評者=鈴木伸介

1944年、北海道生まれ。日野春アルプ美術館館長。大学卒業後に上京。音響メーカーに2年勤めた後、大学図書館の司書として30年間働く。司書時代に山や、山の文芸誌『アルプ』と出合い、山の本やアルプで活躍した画家らの作品収集を始める。97年、山梨に日野春アルプ美術館開館。 ​​​

山と溪谷2021年5月号より転載)

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