畦地ファン待望の一冊 『山の足音 山のえくぼ』

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評者=三宅 修(山岳写真家)

山の足音 山のえくぼ

著:畦地梅太郎
発行:山と溪谷社
価格:990円(税込)

 

文庫の枠を超えた文庫出現。巻頭に13点の別刷り版画作品をズドンと並べて畦地梅太郎の選りぬき版画作品集とした編集ぶりに感動。作品と作者への敬意と愛情にあふれた思いきった本造りになっている。

本文の内容は、四国遍路の山から、北アルプスのゴールデンコースに至るまで。大正から昭和にかけて、日本の登山史から落ちこぼれた庶民の山登りの姿を独特の畦地調でつづっている。現代のアルピニズムとはかけ離れた次元の、深みのある内容に満ちた文章だ。さらに、随所に入れたカットが秀逸である。

太い万年筆で「標準語を話したり書いているつもり」と言い訳しながら畦地さんが渡してくれる原稿用紙には、本職の版画作品と同じ重みがあった。それに、伊予の方言のほうが都会育ちのわたしには耳ざわりがいいのである。畦地さんが文章を寄せた山の文芸誌『アルプ』を出版した創文社の大洞正典さんが同郷で同年だったので、二人の会話をよく聞いたものだが、お互いに遠慮なしの方言に何か音楽を聴くような楽しさを感じたものだ。
そんな時、畦地さんは「わたし」ではなく「わし」と言う。それはいかにも額縁からのっそり現われた「やまおとこ」らしい響きがあり、このましい。

名誉欲、金銭欲などから超越した淡々とした心境の生涯をつらぬいた畦地さんらしい文章が、若者たちでも手に入れやすい文庫として再生するのも、めでたいことではないか。

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山と溪谷2021年5月号より転載)

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