川から谷、谷から沢を遡行して水源を究めて山頂に立とう! 「沢登り」のススメ

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暑い夏の低山は熱さで快適な登山は難しいが、沢に入れば一挙に爽快な気分を味わえるはずだ。普段では決して見ることのできない景観に出会える日本独自の登山スタイルの世界を、この夏に向けて覗いてみてはどうだろうか? 今回は沢登りの魅力をお伝えする。

 

日本ならではの登山形式「沢登り」

川から谷、谷から沢を遡行して水源を究め山頂に立つ「沢登り」。澄んだ水と、美しい流れを持つ、日本独特の登山形式だと言われています。沢に沿い、時には沢の中に入り、水流を辿っていく沢登りは、これから夏にかけて最も快適な時期に入ります。

かつては本格的な登山を志す人が必ず行った沢登りですが、実は今、あまり人気がありません。それどころか、あまり知られていません。「沢登りって何だろう?」という登山者も多くなってしまいました。

近代的な登山が日本でも始まった頃、山仕事や林業、水源調査などの道が刻まれている山以外では、山頂を目指す時に最も間違いなく目標を目指せるのは谷筋でした。例えば、困難を極めた初登頂だったと言われている北アルプス・剱岳の場合、雪渓ではありますが、谷筋である長次郎谷からでした。また、奥秩父の甲武信岳の場合は、登山道が整備されるまで最も代表的な登頂ルートは笛吹川東沢でした。

「あの谷は、〇〇山から流れ出している。あの谷を辿れば〇〇山に登れるはず」・・・最初の沢登りは、こんなふうに始まったのではないでしょうか?

ただし、谷には水流で削られて、両岸が屹立したゴルジュがあったり、大小の滝があったり、釜があったりして、難路となります。こうした1つひとつの困難を乗り越えて遡行を続けて行く中で、素晴らしい渓谷美と出会い、悪場を越えて行く登山、それが沢登りなのです。

 

高巻くか、直登するか・・・。その選択も醍醐味

沢の中には当然ながら登山道はなく、指導標もペンキのマークもありません。そして多くの沢では、左右の岩壁が迫り、屹立して滝や釜が現れることになります。沢登りを行う人は、それぞれの志向と考え方で、沢を遡行していくことになります。

志向と考え方とは――、例えば目の前に現れた滝をどう乗り越えて行くか、それぞれの登山者のによってその選択は異なってきます。その選択とは「直登」と「高巻」です。

直登とは、滝の左右の岩壁の中で攀じ登れそうなルートを水線沿いに登っていく方法。高巻は落差が大きく、目立ったホールドも少なく手ごわいと感じた場合、いったん流れから離れて滝の横の傾斜の緩い個所を選んで越えて行く方法です。

直登は、傾斜のある滝を時には滝の水を浴びながら登っていくので爽快ですが、技術がないと登れません。滝の落差が大きかったり、ツルツルに磨かれていたりする場合は、岩登り同様の登攀能力が必要で、ロープ操作などの技術を要する場合があります。

一方の高巻は、一見、困難を回避して上流を目指すように見えますが、流れの横の斜面の様子が確実に判るわけではないため、もしスリップした場合は水流までの落差が大きくなり、ルートを読む能力が求められます。そして水流へと再び戻るためには、下降点を見つけて安全に降れるルートを捜します。

また、釜の場合は、流れの作り出している釜の脇をトラバースして通過するのを「へつり」と呼び、釜を避けて越えて行くのは滝同様に高巻となります。

 

私の沢登りの原点――、川苔山の逆川の思い出

私が沢登りをはじめたのは、ごく自然に登山の延長としてでした。初体験は中学校1年生の9月に奥多摩で人気の川苔山の逆川(さかさがわ)を遡行したのが最初です。キッカケはその年の5月に川苔山登山を行った時のことで、川乗谷コースの登山道の下に沢登りに挑む登山者の姿を見て、強く憧れたからです。

地形図で沢の出合を見つけ出し、次々と現れる滝を全て直登して越えていく――。当時は登攀能力が高かったわけがなく、ただ滝を真っ直ぐに越えて行く以外のルート取りしかわからなかったので、緊張と、時には高度感に怖気づきながら少しずつ、確実に遡行を続けました。終わり近くなってから現れる10m幅広の滝、20mの大滝と大きな滝も直登して、少なくなっていく水流を追い、登山道に出て夕刻の川苔山へ――。これが私の最初の経験です。

当時の沢登りは足袋にワラジを履いていくのが最も一般的な装備でした。川苔山の山頂に立ち、当時の沢登り登山者が行っていたのを真似て、ワラジを脱ぎ、登山靴に履き替え、山頂脇の木に世話になったワラジをぶら下げました。

山頂にいた、たくさんの登山者に、「このすぐ下の谷には無数の美しい滝があり、澄んだ水があり、深い釜があり、僕たちは、それを勇敢に越えて山頂に立った」と、大声で伝えたいくらい、誇りと達成感に満ちていました。しかし、そんな事はせずに、もう一人の仲間と「やったね!」と小さくうなずき合ったものです。

当時、13歳の少年が同い年の山好き同士で相談して沢登りに、深い考えを持つことなく挑戦できたのには、当時のガイドブックの影響が大きかったと思います。1960年代後半に発行された『アルパインガイド奥多摩・大菩薩嶺』(山と溪谷社/横山厚夫著)では通常の登山コースと共に併記して沢登りルートが掲載されていました。川苔山も川乗谷コース、鳩ノ巣駅からのルート、川井駅からの大丹波川沿いの道、東日原から三ッツドッケ、蕎麦粒山を越えて来る縦走路と併せて、逆川、真名井沢、火打石谷などの沢登りルートが、特段の区別なく掲載されていました。

無知だった少年登山家? たちは、毎週のように登山道を登り続けると「この沢登り・・って言う登山も、楽しそうだな」と、いとも簡単に登山道を乗り越えてバリエーションに向える素地があったのです。

 

味わってほしい独特の冒険の世界

繰り返しますが、沢登りには登山道も案内の標識も無く、沢の出合を示すマーク一つついていません。登山道からの登山は一定の緊張感を持って注意を払えば、誰でも山頂へと向かうことはできるはずです。それに対して比較的容易とされる沢登りコースであっても、行く手に次々と現れる滝や釜、急流などは訪れた者の創意工夫なしには越えていくことは難しいです。

ただ、沢に入れば考えられなかった美しい滝や流れ、角を一つ曲がる毎に現れる瑞々しい風景があります。これから少しずつ、高くなる気温と暑さの中、この爽快な沢登りと言う登山に、ぜひ、挑戦してみることをお勧めします。そこには独特の冒険の世界が待っています。

次回は、実際に未経験者向けに「沢登りの始め方」をお伝えしたいと思います。

プロフィール

山田 哲哉

1954年東京都生まれ。小学5年より、奥多摩、大菩薩、奥秩父を中心に、登山を続け、専業の山岳ガイドとして活動。現在は山岳ガイド「風の谷」主宰。海外登山の経験も豊富。 著書に『奥多摩、山、谷、峠そして人』『縦走登山』(山と溪谷社)、『山は真剣勝負』(東京新聞出版局)など多数。
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