「さぁ、沢登りを始めるぞ!」の前に、必要な装備と始め方を提案

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「さぁ、沢登りを始めるぞ!」と考えても、一体どのように始めたらいいのだろうか。ガイドや講習会での第一歩が安全でオススメだが、個人が取り組む場合も含めて、沢登りへの導入を考えてみる。

 

まずは沢登りに必要な装備を知っておこう

沢登りは、谷や沢を水の流れに従って遡っていく登山です。登山道などが作られてはいないので、沢の中を、流れの中を、ルートを見つけて行く登山です。

★前回記事:川から谷、谷から沢を遡行して水源を究めて山頂に立とう! 「沢登り」のススメ

これから沢登りを始めよう! と思った場合、どうしても必要な装備があります。それは沢登り用のシューズ、ヘルメット、そして登攀用具です。

現在の沢登りの履物は、軽登山靴に似た渓流シューズ、またはウェットスーツと同じような素材で作った足袋に、ポリプロピレンや羊毛ウールのフェルトの底を張り付けた物を使うのが最も一般的です。沢登りといえばかつては足袋+ワラジ(後述)だった関係上、かつでは足袋タイプが主流でしたが、最近は靴底のクッションや足の保護の優位性から、現在は少しずつ渓流シューズが主流となっています。装備として必ず必要なのは、この渓流シューズと考えてよいでしょう。

二番目に、ヘルメットが必要でしょう。山の中では上部から落ちた岩や木は、全て谷に集まります。両岸が切り立ったゴルジュや谷底を遡行するうえで、技術だけでは避けられないのが落石です。また、徒渉での転倒や滝登りでの転落から頭を守るためにも登山用のヘルメットの装着は必須となります。


さらに、積極的な滝登りや、高巻や徒渉での安全確保のためには、ハーネスをはじめ若干の登攀用具も必要となります。当然、30m程度のロープも必要となり、これらを使いこなす技術も必要となります。――と言いだすと、簡単に始められるかと思っていた沢登りが、なんだか自分には縁のない物に思えてくるかもしれません。

コラム: 最強!?の沢登りシューズ「ワラジ」

昔は沢登りでの足元のシューズといえば「草鞋(ワラジ)」でした。藁で編んだ草履の形の履物に藁紐で足に固定できるように作られていました。登山用具店だけではなく釣り道具店にも売っていて、丹沢など沢登りが盛んだった山域では、早朝に登山口で購入できました。

ワラジは消耗品で一日に一足は必要で、無理に履いているとバラバラになってしまいます。ただし、濡れた岩だけでなく、苔や水垢と呼ばれる岩のヌメリにも強く、沢登りの履物としては最高の物でした。

現在、ワラジを使って沢登りをする人は少数派です。ワラジは、良質な藁を“藁打ち”といって木で丁寧に打ちすえて柔軟性を持たせてから手作業で編み上げて作られています。現在、こういった作業を行ってワラジを作れる人が極めて少なく、少しずつ使われなくなりました。

現在でも、ワラジは釣具店などで購入は可能です。興味があれば、その性能を試してみてはいかがでしょうか?

 

講習や経験者との同行が基本だが、個人で始める場合は?

一般登山道では、「自分の身は、まず、自分で守る」心構えと、最低限の注意を払っていれば問題は起きることは少ないでしょう。一方、沢登りでは、自分たちの創意工夫でルートを決めて力量にあわせて登っていく冒険を絶えず行う必要があります。

したがって最初の沢登りでは、経験者や山岳グループの先輩、または山岳ガイドの講習会などで、基本を習いながら始める場合が多いと思われます。こうした先達の指導を受けて、基本装備の装着や、沢の安定的な遡行の方法を習っておくのは、結局は早く技術が身に着く近道となるでしょう。履物(沢登り用シューズ)以外は、先輩から借りられるメリットもあります。

それでも、やはり自力で少しずつ、沢登りを始めたい人は、どうすれば良いのでしょうか?

1つは、目指す沢の選択から始めます。本格的な沢登りをいきなり、始めるのではなく、まずは渓流遊びの感覚で、登山道や、場合によっては林道などの下を流れる谷から遡行を経験してはどうでしょうか?

沢登りの遡行図本(沢登りのルート図。沢の出合の見つけ方から、滝や釜の位置や、攻略方法が記載された物)で歴史のある白山書房が「ウォーターウォーキング」という本を出していて、車道や登山道などの、いつでも遡行から逃げられる安定した谷で、徒渉や、簡単な滝登り、釜の攻略などを楽しく体験できるルートを紹介しています。

丹沢では水無川中流や大滝沢の下部や中流、奥多摩では秋川支流の矢沢や小坂志川の下部など、小さな滝登りや、釜の通過、徒渉などを体験することが可能です。「これなら行ける」と思ったら、少しずつ、上流の沢へロープなどでの安全確保の方法を学びながら進んで行くと確実に沢登りを行えるようにできるように思います。

沢登りルートを紹介した本の中で、沢登りのグレード(難易度)を示す指標として大きな要素を占めるのが「その沢の安全地帯(登山道や安定した尾根ルート)からの隔絶性」があります。一見、1つひとつの滝や、ゴルジュが難しい沢でも、すぐ近くに登山道や、極端な場合は車道があれば、「これは、僕には無理。中止、撤退!」と決めてもサッと登山道に逃げられる沢、ちょっとしたケガなどで遡行がつらくなった時も撤退の容易な沢は、沢登りのような冒険的な要素が必ず伴う登山の場合、取り組みやすいと言えます。

ただし繰り返しますが、最初の一歩は、できれば技術的な困難の少ない沢で、取り組み方、準備の仕方から指導を受け、沢での基本的な身のこなしや、滝や釜の処理などを先輩や、ガイドから習うのが望ましいのですが、自分たちで工夫して始める際には、無理のない経験の積み重ねを心がけてほしいです。

コラム:山田ガイドが教える「取り付きやすい沢」

★丹沢・水無川中流

戸川林道を竜神ノ泉から水無川に入り、戸沢山荘下までの中流域を遡行する。小滝の登り、釜の「へつり」、高巻等が経験できる。水無川本谷、源次郎沢、新茅ノ沢などの沢登りのメッカ・水無川中流の沢歩き体験が可能。


★丹沢・中川川中流

大滝橋沿いの林道終点付近からマスキ嵐沢出合までの谷歩き。横に登山道があるが、谷にはナメ滝が連続し、10m、15mの美しいナメ滝もある。安全に沢登りが体験できる。この経験を積んで、マスキ嵐沢などの沢登りへと進もう。


★奥多摩・秋川・小坂志川中流

・南秋川の笹平から小坂志林道を最初の橋付近まで歩き中流域の谷を体験する。水量豊かな美しい流れが続き、小さいながらゴルジュや小滝登りも体験できる。林道終点までの遡行だが、「これ位なら、充分、行ける!」と思ったら小坂志川上流に挑戦するのも良い。ナメ、釜が続き、甲武相県境尾根の連行山の東側に登り着く。支流の湯場ノ沢、ウルシケ谷沢は、もう一歩進んだ「沢登り」次回は、挑戦してみよう。


いずれの谷もロープなどを積極的に使用する沢ではない。ただ、ここでロープを使っての渡渉や、滝登りでの確保などを実践してみてはどうだろう。この谷歩きをステップに次は本格的沢登りに進んでみよう。

 

最後に一つお願いがあります。沢登りでの単独行は極力避けて欲しいことです。沢では、ちょっとしたスリップや転倒、思わぬ落石などで負傷した場合や、歩行が困難になった際に、一人では脱出が極めて困難となります。谷筋では携帯電話の電波も通じず、訪れる遡行者も稀です。僅かなトラブルが致命的な事態に陥りやすいことを、これから沢登りを始めようという人は肝に銘じておきましょう。

沢登りはスリリングではありますが、自分で工夫してルートを見つけて自分なりの力量で登る・・・、という登山本来の楽しみに満ちています。ぜひ、この初夏から挑戦してほしい登山です。

プロフィール

山田 哲哉

1954年東京都生まれ。小学5年より、奥多摩、大菩薩、奥秩父を中心に、登山を続け、専業の山岳ガイドとして活動。現在は山岳ガイド「風の谷」主宰。海外登山の経験も豊富。 著書に『奥多摩、山、谷、峠そして人』『縦走登山』(山と溪谷社)、『山は真剣勝負』(東京新聞出版局)など多数。
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