登山中の突然死をもたらす「虚血性心疾患」、その症状と対処法 専門医/市川智英先生に聞く(第2回)

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登山の最中に、予兆もなく病気を発症し、そのまま命を落としてしまう例が近年じわりと増えている。この原因の多くが「心臓病」となるが、その原因、対処法について、循環器専門医の市川智英先生に話を伺った。

 

病気による遭難は、少しずつ数を増やしている。しかも自覚症状のないまま登山中に発症し、そのまま死に至る「突然死」に結びつく例も少なくない。2017年から2020年までの長野県では、37人もの登山者が、登山中に病気を原因として突然死した可能性があるという。そしてその大部分が、心臓病を発症した結果と考えられている。

そこで今回は、突然死をもたらすそれら心臓病の種類や症状、そしてファーストエイドについて、循環器専門医の市川智英先生にお話を伺った。

★前回記事/増加傾向にある「山の突然死」、登山者の心臓突然死の予防法

 

山で突然死が起きるとき

突然死は、自覚症状のない一見健康そうな人が、発症後24時間以内に命を落とすことだ。登山では、どのような場面で発症するのだろうか?

登山を開始してしばらく経った、午前10時から11時頃に発症する場合がほとんどです。日帰りだと頂上の手前辺り、縦走の場合は登山初日の、稜線に抜け出る頃でしょうか。
まだ体力に余裕があり、苦しいと感じても無理がきく、そのようなときが危ないと言えるでしょう。


意外なことに、発症しやすいのは体力的に余力があるときだという。逆に、疲れ切って体力に余裕がない場合はどうだろうか?

疲労が溜まっているときは、突然死することは少ないのです。心臓に対する急激な負荷をかけるほどの動きができないためでしょう。
危険なのは、心臓の動きが急に激しくなるとき。心拍数と血圧が一気に上がり、心臓の血管の負担を大きくなる状態が良くないのです。


心臓病の人というと体が弱っているイメージがあるが、決してそうではなく、発症しやすいのは急斜面を力強く登っていくような人だとという。体力に自信がある人であっても、注意が必要だ。

岩場などを一気に登ると心臓に対して急激な負荷がかかる

 

突然死をもたらす「虚血性心疾患」とは?

その突然死をもたらす心臓病の多くは、「虚血性心疾患」と総称される病気だという。市川先生に、その虚血性心疾患について解説していただいた。

『虚血性』とは、血管が狭くなったり、詰まったりしてその先の血液が不足した状態のことを言います。
心臓の中にはたくさんの血液がありますが、心臓自身は、その血液を受け取ることはできません。心臓の周囲に張り巡らされた冠動脈という血管が、心臓を動かすための筋肉に血液を送っているのです。その冠動脈が虚血性になった状態が『虚血性心疾患』で、狭心症と心筋梗塞の2つがあります。

心臓を動かす筋肉に血液を送る冠動脈


冠動脈が狭くなったり、詰まったりするのは、主に動脈硬化によって引き起こされます。動脈硬化とは、心臓から体に血液を送り出す動脈の血管の中に、人の顔にできるニキビと同じような脂肪の塊が生じる状態です。このニキビのような脂肪の塊を、プラークと呼びます。

動脈硬化は体のあちこちに、例えば脳血管などにも発生する可能性がありますが、冠動脈に発生した場合は虚血性心疾患を引き起こす原因になるのです

正常な血管に動脈硬化が生じる


冠動脈に生じた動脈硬化のプラークが膨れ上がり、血液の流れを大きく阻害するようになると、胸の痛みや苦しさを感じます。これが狭心症です。

狭心症の場合、痛みはあるものの血液は流れているので、後遺症は残りません。

動脈硬化が進み、プラークが大きくなって狭心症を発症する


一方、そのプラークが破れることもあります。するとそこに血栓が生じ、血流を止めてしまうのです。これが心筋梗塞です。

心筋梗塞の場合は血流が止まるので、発症した部位から先の心臓の筋肉は壊死してしまいます。壊死した筋肉は元には戻らないので、後遺症が残ってしまう、とても恐ろしい病気です。

プラークが破れて血栓を生じ、血流を止めることで心筋梗塞が発症する


冠動脈の中にできるプラークが、心臓突然死の原因になるという。プラークができた時点で痛みを感じるなどし、早目に異常を知ることはできないのだろうか?

動脈硬化の血管やプラークが痛くなることはありません。また、プラークが血流を塞いでいたとしても、ある程度までは自覚症状は全くありません。

痛みや苦しさが現れるのは、血液の流れのおおむね75%以上が阻害されるようになってからです。狭心症の場合、プラークが大きくなってきても、運動量が少なければまず気づかないでしょう。その状態では、血流の75%までを阻害していないからです。

しかし山で急な坂を登るなどすると、心拍数や血圧が上がります。大きな段差を登るときなどは、脚の筋肉などにたくさん血を送らなければいけないので、心臓は活発に動いて、血流を増やそうとします。そうなると、大きなプラークがある血管では増加した血流を流すことができず、75%以上を阻害してしまいます。すると心臓の筋肉を動かすための血液が不足して、胸が痛みだすのです。

心筋梗塞の場合は、大きくなったプラークばかりが破れるわけではありません。狭心症を引き起こさない、軽度の動脈硬化の小さなプラークが破れて詰まることもあります。その場合は事前の症状がなく、いきなり血管が詰まって心筋梗塞を引き起こします。引き金になるのは、やはり急激な運動による、心拍数や血圧の上昇です。

しかし、ある程度の動脈硬化が生じている人は、心筋梗塞になる前から、動くと苦しいという症状が出ている場合もあります。とは言え、その段階では少し休むと痛みはひきます。そのため、心臓病が進んでいると気づかないことも多いのです。


体の中で病気が進んでいても、事前にはっきりとした痛みはないとのこと。したがって、自覚症状から病気を知ることは困難だという。そして力強く体を動かす人ほど発症しやすいというのは、確かに予防しにくい病気だと言える。

 

痛みだしてから20分で判断をする

予防が難しいのであれば、発症後に適切に対処して、命を落とすことを防いだり、後遺症を軽減することはできないだろうか? 例えばテレビドラマなどで、登場人物が心臓病を発症するときはうっとうなってうずくまり、激しく苦しむことが多い。そのように激痛で全く身動きができないようでは対処は困難に思えるが、実際はどうなのだろう?

自力下山の可能性や、救助要請のタイミングについても市川先生に伺った。

狭心症や心筋梗塞の痛みは、状況によって違いはあるのですが、何となく胸が重苦しいとか、押さえられているような感じになることがほとんど。ドラマで見るような、激痛ではないのです。普通のペースで歩き続けるのは難しいでしょうが、うずくまったまま苦しむ人は、あまり見ません。

急登を登りきった後に、押さえつけられるように胸が痛みだしたら、まずは安全な場所に移動してから10~20分程度体を休めてください。心拍数が落ち着くとともに、苦しさがなくなってきたとしたら、それは典型的な狭心症の症状です。痛みがひいたら、様子を見つつ動き出して良いでしょう。ただし、行動続行ではなくて下山することを強くお勧めします。

体を休めても痛みがひかず、20分以上胸痛が続くようであれば心筋梗塞を疑います。心筋梗塞が起こると、心臓の筋肉では壊死が始まっています。無理に体を動かすことで、その壊死は加速します。したがって収まらないような痛みが20分以上続くようでしたら、救助要請をしてください。

ポイントは、まずは安静にすること。そしてその状態で20分間待って、痛みが続いているかどうかを確かめること。これが救助要請を必要とする、致命的な心筋梗塞かどうかを判断するためには重要だという。

しかし登山者には、我慢強い人が多い。特に経験が豊富で体力に自信がある登山者ほど、痛みがあったとしても体が動くうちは救助要請はせずに、自力下山することにこだわる傾向がある。

確かに心筋梗塞の痛さは、頑張れば動けるくらいの苦しさであることがほとんど。ですが発症したら、時間との戦いであり、一刻も早く医療機関に向かえる方法を選択すべきです。この状態で無理をする人が突然死したり、後遺症を残すことになるのですから、絶対に動かないほうがいい。

心筋梗塞に対する山の中でのファーストエイドは、楽な姿勢にして保温し、意識がしっかりしていれば水分を与える程度と、できることは限られます。


後遺症の拡大を防ぐには、時間が大切だと強調する市川先生。例え歩ける状態であっても、冷静に体調を見極めることが大切だ。そして危険と感じた場合には、ただちに救助要請をしたほうが、悔いも残らないだろう。

 

突然死の最終的な死因は心室細動

心臓の筋肉が壊死していく心筋梗塞だが、その時点ではまだ意識もあって、体も動くとのこと。それが突然死に至るまでに、体にはどのような変化が起きるのだろうか?

命を落とすのは心筋梗塞そのものではなくて、壊死した組織が放出する有害物質によって引き起こされる、不整脈によることがほとんど。中でも多いのが、事実上の心停止である心室細動です。


心室細動というのは、不整脈の一種。心臓の血液を全身に送り出す心室がブルブルと細かく震えて、血液を送り出せなくなってしまった状態だ。この心室細動に陥ってしまった人を救うには、AED(Automated External Defibrillator、自動体外式除細動器)が使用される。

医師や看護師でない、一般の人でも使用可能で、公共の施設などにはほぼ設置されているし、大きな山小屋にも置かれている。日本赤十字社などが主催する講習会で、使い方を学んでいる人も多いだろう。

AED使用法の講習会はぜひ受講しておきたい


同行者や近くにいる登山者が、胸の痛みを訴えたあと20分以上が経過し、心臓が止まったと思われた場合には、AEDを使うのが良いのではないか?

心室細動を起こした人には、AEDはとても有効で、心臓の動きを取り戻すことができる可能性が高まります。もし近くに山小屋などがあり、AEDが用意できるのならば、できるだけ早く使用してください。心筋梗塞の部位によっては、1回のショックで心臓の動きが戻ります。戻らない場合でも、AEDの指示に従って処置を続けてください。

ただし実際は、AEDが近くにない場合がほとんどでしょう。そうなるとAEDがない状態で心臓マッサージをしても、効果はほとんど期待できません。心臓マッサージそのものには心室細動を停止させる(心臓の動きを取り戻す)効力はなく、脳への血流をできるだけ維持することが目的で、あくまでAEDを使用するまでの時間稼ぎと考えて下さい。救助者の安全が確保されている限り心臓マッサージは行うべきですが、それのみでは救命は望めないため、基本はすみやかに救助要請をして、医療機関への搬送を急ぐべきです。


なお、救助を待っている間にも、心臓が止まる可能性はある。そのため救助要請をした場合でも、近くに山小屋があるのならばAEDは用意したほうが確実だ。

 

登山者検診の勧め

このように、心臓突然死をもたらす虚血性心疾患は、元気な人であっても自覚症状がなく発症するし、発症した場合も山でのファーストエイドは困難だ。定期的に健康診断を受けていたとしても、一般の健診は生活習慣病の発見を主な目的としているため、心臓病を知ることは難しい。

そこでお勧めしたいのが、市川先生が松本協立病院で行なっている登山者検診の受診だ。CPXと呼ばれる心肺運動負荷試験と心臓超音波検査をメインとする、体力を客観的に評価すると同時に、心臓病の発見も目的としている、登山者のための検診だ。

筆者は先日、その登山者検診を実際に体験してきた。次回はその様子をレポートする。

 

プロフィール

木元康晴

1966年、秋田県出身。東京都山岳連盟・海外委員長。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅢ)。『山と溪谷』『岳人』などで数多くの記事を執筆。
ヤマケイ登山学校『山のリスクマネジメント』では監修を担当。著書に『IT時代の山岳遭難』、『山のABC 山の安全管理術』、『関東百名山』(共著)など。編書に『山岳ドクターがアドバイス 登山のダメージ&体のトラブル解決法』がある。

 ⇒ホームページ

医師に聴く、登山の怪我・病気の治療・予防の今

登山に起因する体のトラブルは様々だ。足や腰の故障が一般的だが、足・腰以外にも、皮膚や眼、歯などトラブルは多岐にわたる。それぞれの部位によって、体を守るためにやるべきことは異なるもの。 そこで、効果的な予防法や治療法のアドバイスを貰うために、「専門医」に話を聞く。

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