はじめて登る3000mの山。挑戦者のつもりで謙虚に挑んで、本物の高山の姿を知ってほしい

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「3000m級の山」は、登山を始めた人たちにとって、大きな目標となる。もし、まだ訪れたことがないのであれば、この夏にぜひ目標にしてほしい。その難易度やリスクを、よく知ったうえで目指せば、素晴らしい世界が待っている。

 


いよいよ梅雨明けです。太平洋高気圧が勢いをつけて、梅雨前線を北に押し上げ、最も安定した夏空が期待される気圧配置です。「梅雨明け十日間」と呼ばれ、夏山登山が楽しめる貴重な時期と言われています。

日本にも森林限界を大きく越えた高山があります。岩と雪のイメージが強い剱岳や立山、天空を突き刺す見事な山容が有名な槍ヶ岳や穂高岳、豊富な雪渓とお花畑で知られる白馬岳を含めた後立山連峰などがある北アルプス。また、日本第2位と第3位の標高を持つ北岳と間ノ岳を筆頭に、赤石岳や荒川三山など高い標高と大きな山容を持つ重厚な南アルプス。そして「もう少しで3000m」の中央アルプスと八ヶ岳。この時期、3000mクラスの山々が私達の訪れを待っています。

登山を始めたばかりの初心者は「槍ヶ岳? あんな尖がった山・・・ワタシにはまだ絶対に無理です!」や、「いつか、登りたい将来の目標」と考える人が多いのですが、本当にそうでしょうか? 例えば、首都圏の登山初心者の最初の目標となることの多い、東京都最高峰・雲取山と、北アルプスの象徴とも言うべき槍ヶ岳を比べてみましょう。

雲取山で最も安定した登山道の刻まれた奥多摩湖畔・鴨沢からの登山を例に考えると、鴨沢の標高が約550m。雲取山山頂が2017mで標高差は約1600m。一方、槍ヶ岳は上高地の標高が約1500m、そして槍の穂先が3180m。その標高差は1700m弱。

雲取山が鴨沢から登り易い安定した登山道が続くとはいえ、ほとんどの登山者は登り5時間半程度の時間を要します。山頂からさらに200m程度降りて、雲取山荘までが1日の行程となるのが一般的です。一方の槍ヶ岳は、多くの登山者は初日に横尾か槍沢まで歩いて宿泊、2日目に山頂に立って山頂付近の山小屋に宿泊、翌朝下山する2泊3日の行程が最も一般的な登り方です。

雲取山は日帰り、槍ヶ岳は夜行1泊2日(明け方から上高地を歩きだして山頂付近の山小屋まで一気に登り切り、翌朝、山頂に立ちってその日のうちに下山)という日程の「猛者」もいますが、これは一般的ではありません。単純な標高差や一日の行動時間だけで考えれば、奥多摩湖畔から1泊2日で雲取山登山が可能だった登山者の体力ならば、槍ヶ岳に挑むことは、そんなに冒険ではないように思えます。

 

森林限界に出て知る、山の厳しさと荘厳さ

それでも槍ヶ岳の登山の厳しさを挙げるとすれば、それは「標高の高い山」であることです。高山の持つ激しさや厳しさがある、と言えるでしょう。日本の本州の山の多くは標高2500m前後で森林限界を迎えます。この標高前後で、山肌を覆っていた木々は姿を消し、ダケカンバ、ミヤマハンノキなどの高山の樹木も疎らになり、ハイマツなど限られた地を這うような植物に限られてきます。

森林は、山に降った雨を葉から幹、根元から落ち葉の堆積の中に吸収して天然のダムとなって山肌を守っています。また、山の強い太陽の光を遮り、吹き付ける風から山と登山者を守っているのです。それが絶えた森林限界以上の標高では、晴れれば照りつける太陽が、悪天候では叩きつける強い雨や吹き付ける風が登山者を襲い、厳しい自然環境の中を登らなくてはなりません。面積の7割近くを森林で覆われている日本の山では、標高の高い山を訪れて初めて「森に守られていた」ことを感じるはずです。

一方で、3000mの山は、森林限界で遮るもののない展望を見せ、真夏でも残る豊富な雪渓と共に、峻険で見事な高山の山を見せてくれます。私が初めて上高地から穂高岳を目指した時、梓川河畔を辿りながら見上げた明神岳から前穂高の岩と雪の作り出す光景や、横尾から見える屏風岩、涸沢への道で現れる前穂高・奥穂高などの「本物の高山」の姿に接して、文字通り打ちのめされました。「日本にも、こんな山があったんだ!」との強烈な想いは、今でも忘れられません。


美しく、激しい山の姿は、登山者にも違った試練を与えます。樹林に恵まれた山では、木々の葉を隔てて注いでいた陽の光は、森林限界を越えた山では直接に登山者に注ぎます。槍ヶ岳なら、槍沢から徐々に少なくなっていた木々は、いつしか無くなり、大曲のお花畑の中の登りから陽射しは容赦なく背中に照りつけます。グリーンバンドで初めて出会う槍ヶ岳の雄姿に感動する瞬間も、岩の堆積の中に付けられた道は吹く風も直接、登山者の頬を打つでしょう。

登っている時に高度の影響を直に感じることは少ないはずです。それは一歩ごと激しく呼吸し、心臓を鼓動させて酸素を体内に取り込み、全身に血液で運び続けているからです。しかし標高を1000m上げる毎に、酸素分圧は約1割前後下がっていきます。3000mを越えれば下界の7割程度の酸素となっています。その中で激しい登山を続けていることになるので、初めて訪れた高山であれば、山小屋での宿泊の際に、食欲不振や頭痛、ふらつきなどを感じることもあるでしょう。

これらを知った上で、挑戦者のつもりで謙虚に挑むなら、3000mを越える山や3000mに近い標高の山も、きっと登れることと思います。初めての挑戦なら、日程に余裕を持たせ、確実に少しずつ標高を上げられるプランをたてること、あまり高い標高で初日の宿泊を予定しないことが、上手に「高い山」に登る上で大切です。休憩の際には、意識的にお腹の底から深く呼吸することを心がけ、普段の登山以上に水分摂取を心がけます。呼吸の中で失われる水分も少なくないことを忘れないでください。


もう一つ、今年、忘れてはいけない事はコロナ禍での3000mの山となることです。山小屋は宿泊人数を抑制し、コロナ以前の余裕ある対応は難しいと考えられます。アブローチの交通機関も1回の利用人数を制限し、移動もスムーズにいかない場合も見られます。事前に間違いのないプランをたてて、登山計画をたてることがいっそう求められています。

夏の高山の魅力、それは真っ青な空にグイグイと登っていく入道雲であり、天空を突き刺す山容です。また大きな重厚な山容であり、広大なお花畑であり、岩と雪の作り出す雄大な景色であり、足元に広がる雲海や、朝夕の太陽の作り出す素晴らしい世界があります。今年こそ、ぜひ、挑戦してほしい3000mの山々です。

プロフィール

山田 哲哉

1954年東京都生まれ。小学5年より、奥多摩、大菩薩、奥秩父を中心に、登山を続け、専業の山岳ガイドとして活動。現在は山岳ガイド「風の谷」主宰。海外登山の経験も豊富。 著書に『奥多摩、山、谷、峠そして人』『縦走登山』(山と溪谷社)、『山は真剣勝負』(東京新聞出版局)など多数。
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