マタギの精神を後世につなぐ『自然との共生を目指す山の番人 奥会津最後のマタギ』

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評者=田口洋美

自然との共生を目指す山の番人 奥会津最後のマタギ

著:滝田誠一郎
発行:小学館
価格:1540円(税込)

 

 本を読み終えた時、とても清々しい余韻に包まれた。著者のまなざしも自然体なら、そのまなざしに向き合う登場人物たちの姿もまた自然であった。何よりも、そこには未来があった。

 21世紀初頭、世の中がジワジワと動き始めている。少子高齢化、限界集落、都市一極集中、格差社会、そしてコロナ禍。人々の生き方への多様な模索が大きな社会的転機を作り出している。変わろうともがき始めている時代の予兆というものはこのように人と人の関係のなかに萌芽するのかと今更ながらに気付かされる。

 本書は福島県大沼郡金山町に暮らすマタギ、猪俣昭夫さんの日々を追った日常のスケッチ、ドキュメントである。猪俣さんといえば2015年に公開されたドキュメンタリー映画『春よこい~熊と蜜蜂とアキオさん~』(安孫子亘監督作品)を思い出す人も少なくないだろう。また一方ではマタギといえば伝統的な狩猟者、すでに過去の人々、そうイメージする人も少なくないに違いない。しかし、この本で語られるのは、過去の伝統を背負いながらも未来を見据えている21世紀マタギとその仲間たちの姿なのである。

 猪俣さんというキャラクターが発するオーラに呼び寄せられた若者たちが、彼の日常に生き生きとした彩を添える。その日常の姿が丁寧に描写されている。

猪俣さんの視線の先にあるのは、半農半猟漁ともいうべき日常で感じとってきた自然の変調である。狩猟、川漁、山菜やキノコの採取はもちろん、日本ミツバチによる養蜂、畑で耕作する赤カボチャ、現場での観察と発見だ。

「最近はほとんど腐れ雪になってきた。腐れ雪というのはザラメ状の雪で、ぬかるんです。山の中でもそういう雪がほとんどになってしまった。温暖化というと一言で終わってしまうんだけど、全体としてはかなりまずい状況なんじゃないかと」。さらに猪俣さんは当然動物の行動も変わってきていると指摘する。「去年なんかは1月の7日、8日ごろに山の中で10頭くらいのクマの足跡を見ました。年明け早々から歩くクマも1、2頭くらいはいますけど、10頭もの足跡を見たのは初めてです」

 地域の自然が変化していくなか、金山町の人口は減り続けて国勢調査資料によれば高齢化率(総人口に占める65歳以上の人口の割合)は59・7%と福島県で1番、日本全国でもトップクラスである。すでに世帯数の減少であった過疎化を通り過ぎ、今は戸数減少のポスト過疎化、縮小社会に入っている。

 ところがそこに若者が移住し始めている。地域おこし協力隊(総務省の制度で人口減少や高齢化が著しい地方自治体が意欲ある地域外の人材を採用し、農林漁業や地域住民支援などの活動を委嘱する制度)出身の若者たちの定着という現象である。まだ数としては決して多くはないが、猪俣さんの周りにマタギ見習いとして定住した八須友磨さんと満山千鶴さんが紹介されている。

 二人とも猪俣さんのオーラに引きつけられて金山町にやってきた。猪俣昭夫という一人のマタギの生き方に惚れて、移住し、まさに人生をかけた日々のドラマは実に興味深い。二人の若者は決して伝統的なマタギだけに魅力を感じているわけではない。そこに新しさを発見しているのである。その新しさというのは、若者が定着できるような生業の複合体モデルを猪俣さんが作り上げてきたからである。そして伝統的なマタギのストイックさと地域産業の開発、さらにドローンやスマホなど現代のさまざまなツールを狩猟の現場に取り入れようとする、新しいマタギ像の構築でもあった。本書はマタギという生き方を未来に開こうとするドキュメントなのである。

 

評者=田口洋美

1957年生まれ。東北芸術工科大学教授。狩猟文化研究所代表。「ブナ林と狩人の会:マタギサミット」主宰幹事。『新編 越後三面山人記-マタギの自然観に習う-』(ヤマケイ文庫)ほか。 ​​​

山と溪谷2021年7月号より転載)

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