不用意に近づいてはいけない!「クジラの死体が爆発」超衝撃の事実

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日本一クジラを解剖してきた研究者・田島木綿子さんの初の著書『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること』が発刊された。海獣学者として世界中を飛び回って解剖調査を行い、国立科学博物館の研究員として標本作製に励む七転八倒の日々と、クジラやイルカ、アザラシやジュゴンなど海の哺乳類たちの驚きの生態と工夫を凝らした生き方を紹介する一冊。発刊を記念して、内容の一部を公開します。第4回は、ストランディングしたクジラに不用意に近づいてはいけない衝撃の理由について。

 

 

クジラは爆発する

一生涯見ることが叶わないだろうと思っていた珍しい種類のクジラが、2007年8月、北海道苫小牧市の海岸にストランディングした。ヒゲクジラの仲間に分類される「コククジラ」である。

コククジラは、体長12メートルほどのクジラで、沿岸域を好む。浅瀬の泥の中にいるカニやエビなどのベントス(底生生物)を主食にしているのだ。

かつては北半球の大西洋と太平洋に棲息していたが、ヒトの乱獲によって北大西洋の群は絶滅し、現在は北太平洋だけに棲息している。世界的にも生存が危ぶまれているクジラの一つである。

私たち博物館スタッフも、すぐに北海道へ向かった。苫小牧市は札幌から約70キロメートル南下した太平洋に面した場所である。この季節のコククジラにとって、餌場となるロシア沿岸海域に北上するための移動経路であろうと推測された。

苫小牧市の海岸に到着すると、すでに著名な研究者の方たちが何人か到着されていた。その中に、当時、日本鯨類研究所に所属されていた石川創(はじめ)さんもいた。

石川さんは、私と同じ旧日本獣医畜産大学出身の獣医師だ。長年にわたり、調査捕鯨の団長として、南氷洋や沿岸捕鯨に参加し、ストランディングの現場を何度も経験されている大先輩である。

この日は夏場であったことも重なり、コククジラの腐敗は早かった。
もともと、体長12メートルもの大型クジラの場合、皮下の脂肪層が非常に分厚く、30センチメートルほどにもなる種もいる。

生きている時はこの脂肪層のおかげで体温を保持することができるのだが、死んだ後はこの脂肪層が仇となり、体温が外に放熱されず、体内の腐敗がどんどん進む。そのまま放置しておくと、体内に大量に繁殖した細菌がガスをどんどん発生し、風船のように体が膨張して爆発することもある。

この話を、科学博物館を訪れた子どもたちにしたことがある。
「ええっーー!」「クジラが爆発するの?」と、大盛り上がりだった。

大人たちはなかなか信じてくれないが、実際に大型クジラが市中で爆発する映像が、インターネットの動画サイトに複数アップされている。海岸にストランディングしたクジラに、不用意に近づいてはいけないことを実感するためにも、機会があればぜひご覧いただきたい。

爆発の予兆は、専門家が見ればすぐにわかる。死後に溜まったガスが体内に充満してくると、体の膨張に伴って、胸ビレが上がっていく。その上がった角度によって、腐敗の進行具合が推測できるのだ。

このときのコククジラは、発見から2日目で胸ビレがすでにバンザイをしていた。

つまり、腐敗が進行し、爆発寸前までガスが溜まっていることを物語っていた。もう少し時間が経っていたら、病理解剖を断念せざるを得ないほど内臓はトロトロに溶けていただろう。危うく千載一遇のチャンスを逃すところであった。

解剖調査の〝1刀目〞は、私が担当することになった。パンパンに膨らんでいるクジラの体表に、まずヘソの位置で脂肪の厚さを測るため、刀を入れた途端、内部からの圧で弾けるように、パンッ、パンッと音を立てて皮膚の切れ目が広がり、切り進めていくとそこからシュルシュルシュルと腸があふれ出てきた。

「うわあーーっ!」

と叫びそうになったが、このときは石川さんをはじめとする大先輩たちが周りに集まっていたので、努めて冷静にふるまう。飛び散ったクジラの体液と脂にまみれながら、黙々と解剖作業を続けた。

ストランディングした個体を解剖するのは、何度経験しても非常に緊張する。
解剖手順は頭に入っているはずだが、ふとした気のゆるみなのか注意力散漫なのか、重要な情報や標本を取りこぼしたり、手を切ったりしてしまう。気づいたときには時すでに遅し、後悔先に立たずとなる。

とくに今回のような希少な種であればなおさらである。一つでも多くの情報や標本を採集して、後世に残す。博物館職員として、研究者として大きな責任を感じる。

 

※本記事は『海獣学者、クジラを解剖する。』を一部掲載したものです。

 

『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること~』

日本一クジラを解剖してきた研究者が、七転八倒の毎日とともに綴る科学エッセイ


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著: 田島 木綿子
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【著者略歴】
田島 木綿子(たじま・ゆうこ)

国立科学博物館動物研究部研究員。 獣医。日本獣医畜産大学獣医学科卒業後、東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻にて博士課程修了。 大学院での特定研究員を経て2005年、テキサス大学および、カリフォルニアのMarine mammals centerにて病理学を学び、 2006年から国立科学博物館動物研究部に所属。 博物館業務に携わるかたわら、海の哺乳類のストランディングの実態調査、病理解剖で世界中を飛び回っている。 雑誌の寄稿や監修の他、率直で明るいキャラクターに「世界一受けたい授業」「NHKスペシャル」などのテレビ出演や 講演の依頼も多い。

海獣学者、クジラを解剖する。

日本一クジラを解剖してきた研究者・田島木綿子さんの初の著書『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること』が発刊された。海獣学者として世界中を飛び回って解剖調査を行い、国立科学博物館の研究員として標本作製に励む七転八倒の日々と、クジラやイルカ、アザラシやジュゴンなど海の哺乳類たちの驚きの生態と工夫を凝らした生き方を紹介する一冊。発刊を記念して、内容の一部を公開します。

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