チングルマは実は木だった! 最もポピュラーな高山植物のチングルマの意外と知られていない生態

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登山者の間で最も知名度の高い高山植物の1つがチングルマ。美しい花の姿はもちろん、愛らしい綿毛姿も登山者の目を引くが、その詳細は意外と知られていないことも多い。

 

今年は北海道大雪山の旭岳と北アルプスの白馬岳に登ることができた。それぞれ別の依頼された仕事だった。旭岳山麓の姿見と、白馬岳山麓の白馬大池では、どこまでも続く白いチングルマの花の絨毯を見た。チングルマの新鮮な花に「山はいいなあ!」とひさしぶりに思った。

大雪山姿見平、チングルマの小道


チングルマは、北海道から日本アルプスまで、広く高山に分布する、バラ科の高山植物。花も実も美しく、数も多く、よく目立ち、高山植物の中でもよく知られた植物だが、実は謎多き高山植物なのである。

まず、チングルマは落葉広葉樹だ。落葉広葉樹とは、秋になると葉っぱを落とす木のこと。そう、チングルマはあんなに小さいが、立派な木なのである。「いや、どうみてもあれは草でしょう」と言われる気持ちもよくわかる。なんといってもチングルマは高さ20cmほどで、背が低いからだ。

そこで、チングルマには悪いが、花や葉をどけて、枝をよく見てみよう。すると、細いながらも、年を重ねた、古びた樹皮に覆われた木の幹があるのに気がつくだろう。もし幹を切れば(切ってはいけないが)、顕微鏡でしか見えない細かな年輪があるはずだ。

雪どけすぐの新緑のチングルマの林を下から望む、細いのは去年の花茎。木というのがわかるだろう


チングルマの生えている高山帯は、冬になると超低温の季節風が吹き荒れ、高山植物以外のほとんどの植物は厳しい冬を生き残ることは難しい。しかし、高山植物は雪の下で寒い冬に耐えている。雪は冷たいようでいて、優秀な断熱材でもある。気温がマイナス15度になったとしても、雪の下の地面近くの温度は0度程度と比較的暖かい。厳しい冬の環境に耐えるため、冬には雪の下で暮らせるように、チングルマは上に伸びるのをやめて、横に横に伸びるようにしたのだ。

高山帯には背が高い木はなく、光を奪い合う競争がないので、高く伸びる必要はない。チングルマは横に這うように伸びて、広く大地を覆うことで太陽光線を受け、光合成をおこなう。そして、枝を伸ばして、さらに花を咲かせるようになる。花が咲くまでに何年もかかるはずである。チングルマは木であるから寿命は長く、何十年もかけて広く伸びる。

そうすると、写真でみられるような、チングルマの花がいっぱい咲いている大群落のようなものは、もしかしたら数本のチングルマの木を見ているにすぎないのかもしれない。チングルマの大群落というより、チングルマの森林と言った方が正確なのだ。そうなるともちろん、チングルマは冬には葉は落ちるので、冬の間はチングルマの木立ということになる。なお、秋になれば紅葉だってする。

これが1~2本のチングルマの木。根元に木の幹が見える


次に、チングルマの花についても考えてみよう。チングルマの花を知っている登山者に「チングルマの花色を知っていますか?」と問いかけると、きっと多くの登山者は「チングルマ、知ってるよ。花は白色でしょう」と答えるだろう。しかし、花色は白色であると言うのは、実は正確ではない。

チングルマの花弁をよく見てみよう。確かにほとんどは白色だが、付け根の部分だけは黄色いのだ。黄みがかっているのではなく、はっきり黄色で色が違う。この黄色の部分はハチやアブなどの訪花昆虫に、「花粉はここにあり、花蜜はその奥にたっぷりあるよ!」とチングルマが自ら教えるためのもの。植物学的には蜜標やガイドマークと呼ばれている。チングルマは、昆虫にわかりやすく、効率的に花へ訪れてもらいたいのだ。チングルマは花色も凝っている。

チングルマの花のアップ、花弁のつけ根が黄色


チングルマは花が終わると種になる。これは木だろうが草だろうが、全ての植物がそうである。花が終わると、チングルマの雌しべの付け根にあった子房部分が大きくなって種になり、種の上からもともと雌しべだったものが長くなり、どんどん長い毛をぐるぐる伸ばし、チングルマの綿毛となる。

雨の日のチングルマの綿毛と果実


赤っぽいチングルマの綿毛が風に揺られている様子は、日本アルプスや北海道の8月中旬以降の高山を歩いたことのある登山者なら誰でも見たことがあるはずだ。この種から伸びる綿毛が風に飛ばされることによってチングルマの種子は遠くまで運ばれる訳だが、タンポポの綿毛と違い、チングルマの種子は相当強い風が吹かないと飛んでいかない。だから筆者も、ふわふわとチングルマの種子が飛んでいく様子を見たことがない。

チングルマの名前の由来は、この綿毛がついた種子の様子を、小さな幼児である「稚児」が遊ぶ「風車」に見立てたものである。チゴグルマのはずが、なまって「チングルマ」になったというものである。

若い果実はまだ綿毛が広がっていないで、くるくる丸まってる


知れば知るほどおもしろい高山植物のチングルマ。高山に登ってチングルマの花を見ることがあれば、「本当に木なのかなあ?」「花の中央部は本当に黄色いのかなあ?」とか考えて歩くと楽しい。まだまだチングルマには、それぞれ人なりの発見があるだろう。よく観察しながら歩くと、登山の楽しみはさらにふくらんでいくだろう。

どこまでも続く大雪山チングルマとキバナシャクナゲの森

 

プロフィール

髙橋 修

自然・植物写真家。子どものころに『アーサーランサム全集(ツバメ号とアマゾン号など)』(岩波書店)を読んで自然観察に興味を持つ。中学入学のお祝いにニコンの双眼鏡を買ってもらい、野鳥観察にのめりこむ。大学卒業後は山岳専門旅行会社、海専門旅行会社を経て、フリーカメラマンとして活動。山岳写真から、植物写真に目覚め、植物写真家の木原浩氏に師事。植物だけでなく、世界史・文化・お土産・おいしいものまで幅広い知識を持つ。

⇒髙橋修さんのブログ『サラノキの森』

髙橋 修の「山に生きる花・植物たち」

山には美しい花が咲き、珍しい植物がたくさん生息しています。植物写真家の髙橋修さんが、気になった山の植物たちを、楽しいエピソードと共に紹介していきます。

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