1週間の中に四季があり、1日の中にも四季がある。秋の山の魅力と楽しさ。そして独特の厳しさ、怖さ

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短い山の夏が終わり、山が最も色鮮やかになる秋を迎えようとしている。しかし、夏と同じ気持ちで計画し、入山すると痛い目にあうこともある。山岳ガイドの山田哲哉氏は、ほかの季節以上に慎重な情報収集と装備の充実が求められるという。

 

夏山から秋の山への天気の移り変わり

秋の山・・・と聞いて思い浮かべるのはどんな風景でしょうか? 澄んだ高い空であったり、空高く流れる巻雲であったり、夏山より遥かに優れた展望だったりするでしょう。

なぜ、秋の山は展望が良いのかと言えば、空気中の水蒸気が少なくなるからです。大気中の水蒸気は気温によって変わり、気温が高ければ高いほど水分は水蒸気として空気中に存在できます。水蒸気が豊富に含まれた大気の下では、視界としてはちょっとスッキリしない事が多いのです。

夏山では涼しい朝は澄み切った展望が広がるのに、太陽が上がり暖かくなると景色は少しずつ霞み出し、ポカリポカリと雲が浮かぶようになるのは、このためです。秋の訪れと共に、急に空が高く感じられ、晴れた日には一日中、展望が楽しめるようになるわけです。

秋らしい青空が広がった北アルプス(写真/なにわの槍ヶ岳さん)


なお、季節は一挙に夏山から秋へと変わるわけではありません。夏山の天候を左右するのは太平洋高気圧の力です。太平洋高気圧が安定的に張り出してシッカリと覆っている時は夏山の天候は安定しています。

一方、夏も後半に入ると、天気図の上では高気圧が頑張っていても、上空に少しずつ寒気が入ってきます。すると積乱雲が発達したり、上昇気流の起こる午後にはガスが漂い、不安定な天候となったりします。そして、徐々に大陸の高気圧の力が強まって日本の山々が太平洋高気圧と大陸の高気圧の狭間に入ると、その間に前線が形成されて秋雨の季節が始まります。

今年のお盆前後(2021年8月中旬)、最も夏山が賑わいそうな時期に、本州中部の山は低温と悪天候が続きました。これは大陸の高気圧が季節外れの張り出しを見せたためで、日本列島は東西に伸びる前線の影響下に入り、豪雨を含む悪天候が続きました。

夏山の最後は、秋雨前線の停滞で終わるのが通常の季節の展開です。そして、大陸の冷たい高気圧が張り出し、同時に南北で動いていた天候の変化が周期的な西から東への移動性高気圧と低気圧の動きに変わると、本格的な秋山の季節が訪れます。

 

一週間の中でも四季があり、一日の中にも四季がある

秋の登山――、とりわけ高山での登山を考える際に最も気をつけなければならないのは、下界との季節感覚のズレです。南北アルプスでは9月の末にはミゾレなどの降雪の可能性があり、10月に入れば降雨と降雪の可能性は半々、山頂付近では初冠雪を見るようになります。

上高地から眺める雪・紅葉・緑の三段紅葉(写真/シロヤシオ さん)


こうした降雪のおかげで「山麓付近は緑、中腹は紅葉、稜線から上は白い雪山」という、秋の山の最も美しい姿が見られることもありますが、ときには大きな悲劇となることもあります。例えば、1989年10月8日の立山連峰での10名中8名が遭難死した事故、または2006年10月7日に祖母谷温泉から白馬岳に向かう途上の4名死亡の遭難事故です。

いずれも低気圧の通過で降雪が始まり、三陸沖に進んで発達した低気圧と強い大陸の高気圧により一時的に強力な冬型の気圧配置が出現し、強い風雪下にさらされての事故でした。いずれも「体育の日」前後の連休での遭難事故であり、この時期に登山する者は、改めて思い起こすべき事故です。

常識があり、分別のある、慎重な登山者でも「体育の日」前後の山の状態については、想像が及ばない世界かもしれません。僕の住む東京に限って言えば、まだ、街路樹は緑のままで、葉の目立った色の変化も起きていない季節です。「1000m登れば5~6℃気温が下がるから、我が家が18℃なら・・・、『えっ? 3000mの稜線は氷点下もありうるか・・・?』」と判断できる人が、訪れることができる場所なのです。

この時期、入山している期間の間に四季があるとも言われます。例えば――、初日は身を震わせる風&ミゾレが降る中を登り、翌朝は少しずつ天気が回復して、日中には陽射しが出て半そで姿で歩きたくなる陽気になる、ということもあります。

また、一日の中にも四季があるとも言われます。例えば――、歩き出した朝は薄氷の張った木道で尻もちをつき、凍った岩の頭を恐々と歩いていたのに、昼間は強い陽射しを受けて風が気持ちよかった、ということもあります。

初冠雪の山に驚きの声を上げ、風に舞う紅葉に感動する。予想もしなかった自然の変化への驚きの中に、秋の山の魅力があります。

 

天候判断を十分に行い、どんな事態にも対応できる準備を

秋の山に登る際には、まず、好天時を選んで予定を組むことです。秋雨前線の横たわる時期は微妙な前線の南北の動きで、天気予想は難しくなりますが、周期的な東西の気圧の変化の時期に入れば、天候判断はずっと容易になるはずです。移動性高気圧の到来の時期を見定めて予定を決めていくことが大切です。

山小屋の予約制が定着し、宿泊人数を制限している現在、早めの予約が必要でしょう。キャンセル料などの問題がありますが、秋の山は悪天候の時は予定を強行しない習慣をつけたいです。

同時に山の条件の変化に対応した準備が必要です。強い雨、吹雪、最も扱いにくいミゾレなどに対応する服装の準備、さらに降雪にも対応できる軽アイゼンやチェーンスパイクの用意などが必要です。また、森林限界以下の山であっても、気温の大きな変化への準備が必要です。

もうひとつ大切なことは、秋の山に共通する最大の注意点である日照時間です。秋に入ると日々、急激に短くなることを計画段階で考えておくことです。11月下旬になれば午後5時には完全に真っ暗、谷筋では4時には心細くなるような状態です。3時には完全に行動が終了する予定を、計画段階で立てておく必要があるでしょう。

繰り返しますが、秋の山は、好条件の時は展望に優れ、紅葉や初冠雪の山とも出会え、夏の様に汗だくで歩く事も少なくなり、四季の中で最も快適に山が楽しめる時期ですが、そんな登山をするためには、天候の情報や、目的とする山の状態の把握といった、他の季節以上の慎重な情報収集と、装備の充実が求められます。シッカリした準備で、最もステキな季節・・・秋の山を楽しみたいです。

 

プロフィール

山田 哲哉

1954年東京都生まれ。小学5年より、奥多摩、大菩薩、奥秩父を中心に、登山を続け、専業の山岳ガイドとして活動。現在は山岳ガイド「風の谷」主宰。海外登山の経験も豊富。 著書に『奥多摩、山、谷、峠そして人』『縦走登山』(山と溪谷社)、『山は真剣勝負』(東京新聞出版局)など多数。
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